第62話 ものすっごい才能に、目覚めてしまった!
かくして――またしても、自然の中に身を置き直した。
目の前で全裸玲奈さん、もとい白銀の巫女が動き回っているが、蝶々のようなものとして気にしない事にする。
幸いにして、股にあるべきものがないのを除けばほぼ男に近いような体つきだ。女性らしさはまるでないが、見事な流線美である。
綺麗だなぁ、とため息はつくけど。どちらかと言えば、ものすごい良くできた彫刻とかを目の当たりにしたような感想になってしまう。
だから、慣れれば問題はない。
むしろ、綺麗、で精神が統一されている気はする。
……むしろ、これがえっちだと言われると、ちょっと相手の神経とか変態性を疑ってしまうかもしれないくらいだ。
「オリジナルの時点で、そういった造形美を強く意識していますので。分霊たる私も必然的にそう作られています」
特に褒めはしなかったけど、そんな事を思っていたら、胸を張って自慢してきた。
さっきまでのロボット臭さはどこに行ったのか。元々茶目っ気を出そうという雰囲気はあったから、それがうまく嵌まっているのだろうか。表情にも声色にも出てこないけど、なんとなく嬉しかったんだろう。
或いは玲奈さんに汚染された可能性もあるけど、そこはあまり考えないでおく。
「……」
改めて。
少しだけ、心細くはなくなったので、見回してみるが――さして、景色自体は変わっていない。
まぁ、時間にして数分だろう。あまり所長が見ているところでお喋りするというのも考え物だ。
ただでさえ、陽が沈んだか昇ったかくらいの判別しかつかない森なのだから、そうぽこぽこ変わるはずもない。
……というか、特に注意が飛んでこなかったというのは不思議だ。まさかとは思うけど所長、本当にいないとか?
まぁ、道場に何か忘れ物をしたとか、少し心をへし折った相手の顔を見に行ったりとか、そういう細々したことをしている可能性はあるか。
最初から、私は君の後ろにずうっと立っていたよ咲良くん、という可能性も捨てきれないので、真面目にはやらなくちゃいけないけど。
精神統一。或いは瞑想。
まぁ、心の雑念を取り払いましょうということだ。その結果としてどうなるのかはさておきとして、ひとまずこうやって、静かに振り返るというのはいいかもしれない。特に、最近はドタバタ続きだったし。
「……でも、なぁ」
今でこそ巫女が佇んでいるけど、それ以外に生き物がいるような気配がしない。
いや。音はする。確かに、何かしらがいるような音はするのだ。
でも、それ以外は、まったく気配がない。鳥がどこかへ行くこともなければ、無惨に死に絶える虫もいない。警戒とか、そういう声色にならないのだ。
「レコードみたいだな……」
まるで、はじめから用意された映像を、延々と流しているかのような。
森にしたって、絵画のように完成されきっているというか……現実感が、ろくにない。なんとなく夏のような葉の色をしている。この時期はまだ新緑の時期にもかかわらず、だ。
「……まさかな」
とても嘘くさい。現実なのに。
まるで、絵画の中にぽんっと置かれたみたいだ。
玲奈ちゃんパワーで一から作り上げました、ホラホラ素晴らしいでしょ――という代物ではない。それなりに所長も知っているところを鑑みると、相当昔から自然とこのままなんだろう。
なんとなく、むず痒い。
人が寄りつかないのも、まぁ分からなくはない。例え超最強の危険生物が住み着いていなかろうが、違和感まみれである。春なのに秋の虫が鳴いているとか、そういう矛盾がないから余計にたちが悪い。
「……なんか、なぁ」
なんというか、とても不自然な自然である。
一瞬くぐり抜けるだけなら、そんなところまで着目しないと言われればそれはそう。というか、どこかに抜けるったってその辺の山に抜けるだけだろうし……まず、普通は出入りしなくたっていい場所だ。
だけども。
少し腰を据えると、粗がどんどん見えてくる。
自然に侵食された場所に住んでいたから、余計だろうか。こういうときに、玲奈さんみたいにぐわーっと都合良く書き換える異能が欲しい。いや、アレは異能じゃないのかな? どっちでもいいか。
……まぁ、使い方を一歩間違えたら逆環境テロになってしまいそうだけど。
というか、自然の有り様に真っ向から反していないか、と言われそうだけど……そもそも、樹木くらいしか存在しない自然がそうそうあってたまるか。
苔一つ生えていないんだぞこの自然。
「……むぅ」
箱庭にしたって、少し季節感がない。
純粋に気に食わない……と言えば少し乱暴ではあるけど、あんまり落ち着かない。
駄目で元々とはいえ、こういうのを、自分勝手にどうこうするのはいいんだろうか。
「オリジナルによる復元作業が執り行われます」
……じゃあいっか。
というか、なんでそんな事で玲奈さんが出てくるんだ。いっちょ噛みとかしてないだろうな。
少し、ぐっと力を篭める。
ぎゅっと目をつぶって、あるべき姿を思い浮かべて。
苔むした岩に、絡む蔦。天高く伸びていく木々。全てが皆、太陽の光を一身に受けようと、葉を伸ばす。
生まれたての虫たちが草を食み、そしてそれを狙う親鳥。少しだけ鳴くのがへたくそな雛鳥。全てが皆、生き延びようと、必死になっている。
夏が来れば、雛たちも巣立ち、下手くそな狩りをして生きていくだろう。
秋が来れば、わずかに生き残った虫たちが、次へと子を残すだろう。
結局、そのほとんどが冬には終わってしまうけど。
でも、いずれまた来る芽吹きへと向けて、手を伸ばしている。
「……それが」
それが、自然というものだ。
圧倒的に過酷で、めちゃくちゃで、理不尽で、それでもしっかり秩序だった場所。僕にとっての、故郷のような。
「……」
腰掛けた岩が、じとりと湿り気を帯びる。
少し掴んだ土に、手応えを感じる。
改めて、目を少しだけ開く。
少しだけ漏れた光が、ずいぶんな薄緑に染まっていた。まさしく新緑の色だ。
――これは、もしや。もしかして、期待してもいいやつ、なのか?
そう言っても、答えてくれる人はさしていない。巫女にしても、無駄に口を出すのはやめたみたいだし……そもそも所長は、はじめから何も言ってくれない。
「……えいっ」
少しだけ勇気を出して、目を開く。
ほとんど、昔を思い出して作り出した景色。本当に何でもない日に、少し学校をさぼって遊びに行った、そんな記憶からできている。
お母さんには当然ながらそんな事を言った筈もなく、まぁまぁ後ろめたい光景だ。
「ふわぁ……!」
でも。
生き物の気配はまるでなかったけど、昔そのままの景色だった。
木々は若葉を生やし、地面には苔と柔らかな草たちが生えて。少しだけ脚がしびれたので立ち上がると、岩までもが苔むしている。
そうして薄ぼんやりした陽の光が、若葉の合間から地面に落ちて――時たま風が吹く度に、光までもがちらちら揺れる。
そうそう、こうでなくっちゃ。
「これは――」
「どうですかっ。凄いことできちゃいましたよ!」
少しだけふわりと浮き上がった巫女は、どうやら困惑しているようだった。
足元を見ると、いい具合に食べ頃のワラビが生えてきていた。なるほど、踏みつけるのを避けたのだろう。
……流石にまだ食い意地は張ってないと思う。生ではあんまり食べたくないし。
「状況のスキャンを完了。オリジナルより命令を受諾――咲良さん」
「はいっ!」
まさかまさかの大才能。
ものを創り出す――とまでは行かないけど、作り替えてしまったんだ。
我ながら驚きだったけど、きっとこれも異能だろう。こんなこともできちゃうなんて。
僕ってもしかして、すごかったりして!
「後ろに所長来てますよ。なんか抜き身で刀持ってますね」
あっ。
どうしよ。完全に忘れてた。
そもそもこの人達、僕を強い子にするのが目的――ってことは一貫してるわけであって。ここまでできたら褒めてくれたりしないかな……。
「駄目じゃない、甘やかしたら。咲良くんのためにならないよ?」
「召喚シーケンスを開始――無理チャートを組む方に問題があるんじゃないですか? ねー全身脳野郎。でも私の方が賢い」
そして、巫女に急に特徴的な語彙力が生えてきた。
いや、もはやただの変質者と化した玲奈さんだ。なんか妙にいやらしさが出てくるから服は着て欲しい。
「……指導方針の決裂かぁ。まぁいいかな、殺し合う方が分かり合いやすいもの」
「えーっ十年付き合ってて義理も人情も理解もないんですか? たまげたなぁ、死んでくれ」
……そして、早々に喧嘩を売り始めている。
なんて言えばいいんだ。腕っぷしで止めようにも、僕の力じゃどうしようもないわけで。
「……ぼ、僕のために争わないでくださいっ!」
言葉で止めるにしたって、まぁこんな月並みな言葉になるわけで。
「今はただの殴り合いの話をしています」
「これは教育方針を決める聖戦だからねぇ、ふふ」
かくして。
いちばん大人げない大人二人の、本気の喧嘩が始まってしまったのである――!
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