第57話 一難去って、また一難

 要約すると、完全に僕達のせいであった。

 発端はとつぐさんで、直接人格を歪めたのはまりえさんである。どういうわけか復讐意欲を噴き出させたので、徒党を組んで襲いかかった。

 しかし、それにしたって疑問は残る。

 何故、わざわざ僕達に不利な歪め方をしたのか。

 そして。

「どうして、急にそんな事できたんでしょう……結構いましたよね?」

 これだ。

 一ヶ月で、三十人を集めたその手腕。

 色々とスキャンダルはあったのだし、確かに時期は悪かったのかもしれない。それにしたって、たかが一人の復讐に、そこまで人がポンポン集まるものなのだろうか。

 反対する人も、それなりにいたと思うのだけど。

「今しがた現場から報告が上がりましたが……物置小屋の方の死者は、二十二名。身元が確認できたのは全員、警察への叛逆を宣言した人間でした」

 思った以上だった。

 どういうわけか死にに死んで、その死体をあそこに放り捨て続けて、それでもまだ三十人程度はいる。足して五十人以上だ。

「……その、死因は?」

「鑑識を呼びましたが、まぁ見たところ銃創……撃たれて死んだんじゃないでしょうかね」

 そして、更に嫌な予感がよぎる。

 拳銃というのは、そうポンポン持ち歩けるものではない。

 警察だとか兵隊さんは、そういうお仕事だから常に持ち歩ける。まぁ、これは例外だ。

 まりえさんは元々軍人だし、一応免許は持っているので犯罪にはならないらしい。なので、例外である。

 正直、銃なんてどこで買うのか見当もつかないし……。


「それって、その。誰に撃たれたか、とか分かったりするんですか?」

 一応、ダメ元で聞いてはみた。

 なんとなく、銃弾の大きさが違うのはわかる。僕の知っている銃と、まりえさんが持っている銃は、そもそも全然違うけど……そういうので、分かったりしないだろうか。

「誰に、まで分かってたら我々は失業待ったなしでは……?」

「……確かに」

 そして、当然のようなツッコミが飛んできた。

 透明で、少し冷たい声。玲奈さんだ。

 そりゃあ分かっているけど、一々的確すぎるので、なんとなく馬鹿にされているような気がする。

「線条痕で発射元の銃までは割り出せますけどね。そうじゃないと野良キチとヤクザの区別もつきませんし」

「……近いことはできるんじゃないですか」

 銃そのものが転々としているのならさておき、今回は皆がマイ拳銃を持っている。全員が全員、警察だからだ。

 つまり、その辺はどうとでもなる、という事になる。

「はは……しかし、死体の損壊が酷いのもありましてね。鑑識を待つしかありませんな」

「まぁ、普通ならそうですね」

 とはいえ、それなりに時間は必要なのだろう。

 ……というか、銃弾が残っているかも怪しい。

 全部腐って、どろどろになっているかもしれないし……そもそも貫通していたら、銃弾が残っていない可能性もあるわけで。その辺りを、完全に失念していたわけである。

「イベント的な待ち時間がめちゃくちゃダルいので、今回はダイDIEジェストをご用意しました」

「えっ」

 そこにこの発言である。

 資料を放り出された方も、目を白黒させていた。というか、僕ですら意味がわからない。

 まさか、席を外している間に調べてきた……とか、そういうことでもなさそうだ。手も足も、服も綺麗なままである。

 というか、どこからその紙が出てきたのか。

 玲奈さんはもしや、全ての黒幕だったりするのか……という、ちょっとした疑念がむくりと湧いてくる。

 最も、だとしたらこんな怪しまれそうなことはしなさそうだが。

「鑑識にかければ概ね同じデータが得られます。真相はぼかしておきますが、証拠はそちらで全部かと」

「あ、あぁ……ご協力感謝します。先生方にはお世話になりっぱなしですな」

「我々にも専守防衛の心構えくらいはありますから」

 顔色一つとして変えることなく、そう言って。

 玲奈さんは、用事は終わったとばかりにさっさと立ち去ってしまった。その背中を追って、走る。


「……ったく、余計な仲間意識なんて出しやがって……」

 そうぼそっと呟いていた言葉が、喧騒を突き抜け、耳に刺さった。

 視界のすみっこに入った黒い影が、ぴくりと動く。

 瞬間、冷え切った空気が、肺の奥底にまで突き抜けた。

 足を動かすのさえ、突っかかって重っ苦しいような、あの冷えた空気だ。沼に嵌められたような、嫌な冷気から、必死で逃げる。

 よく見慣れた、あの白金色の髪へ。呑まれるような粘度の中で、しかしそこだけは安全だって気がした。

「警部」

 掠れた声には、温かみがない。

 冬の日にも容赦なく叩きつける吹雪のように。人間味というものが、およそ欠如した、冷たいもの。

「我々にも意思はあります。月夜ばかりと思わぬよう」

「ッ……女男の癖に、度胸だけは一人前か」

「口だけはご立派ですね。親御さんも草葉の陰で涙されていますよ」

 確かに聴き慣れた声のはずなのに。

 それが、所長の声だということを、理解できなかった。

 ただただ、迫り来る冷えから、死に物狂いで逃げる。


 ――頭のどこかでは、理解したくなかったのだと思う。

 あんなにも優しい人が、実のところ、こんなにも冷え切った人なのだ、と。


 体がどこかおかしくなったように、息が苦しい。

 まるで、身体が思い通りに動かない。

「どうしたんですか?」

 それでも、なんとか手は伸ばせた。

 長い髪の、その先を、引っ掴んで……そこで、身体が崩れ落ちる。

「咲良さん!?」

 力が、入らない。

 立たなくちゃいけないのに。足が、全然、動かない。

「いやっ……何やってるんですか! 持ちこたえてください、ねぇ!」

 どうしよう、心配されてる。

 ただ、疲れ果てただけなのに。大丈夫ですよ、って言わなくちゃいけないのに。

 呼吸の仕方が、わからない。どくどく動く心臓の、収め方もわからない。

 どうやったら、声を出せるんだっけ。

 げほげほとむせるばっかりで、全然、言葉にならない。

「これ以上ランダムイベ踏む余地はないはず……落ち着いて、落ち着け私。外傷はないから……」

 そう口走った顔は、真っ青になっていて。

 どうにか、膝の上に抱き起こされて。柔らかな、甘い匂いで、少しだけ息を吐いて。

「……あぁ、よし分かった」

 ――そこで、視界が暗転した。


 そして。

 気絶したということは、セットで目覚めもあるわけで。

 よりによって。

 玲奈さんは、何かを悟ってしまったようで。

 残念ながら。

 こういう状況で、めでたしめでたし、と終われたことなど、たったの一度もないわけで。


 まぁ、何が言いたいかといえば。

 数時間ぶり本日二度目で、また誘拐されたのである。


 しかも、今度は身体中が凝りに凝って動かない。回復速度には自信があるのだけど、それでも間に合っていない。

 特に、脚はひどいものだ。

 相当勢いよく転んだのか、じんじん膝が痛む。ちらりと見てみたら、膝小僧の目立つところに結構大きな絆創膏が貼られていた。

 木造建築としか言いようのない屋根が、一点を除いた視界いっぱいに広がっているから、病院に連れられたというわけでもなさそうだった。

 一日で二回も誘拐されるなど、都会の治安は一体どうなっているのか。

 そんな悪態をつきたいところだったけど、口の中はからっから。畳の上だからか、背中もかなり痛い。声を出す以前に、少し不快感が襲ってくる。

 最もそれは、部屋全体に漂う白檀の香りのせいもあるだろう。

 まるで僕が死んだかのような扱いである。


「……よかったぁ。起きてくれた……」

 最も、一番何かしら言うべきだったのは。

 どういうわけか所長の膝枕で眠っていたことに他ならない、と思うのだけど。

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