風吹咲良は大人になりたいっ! ~性格最悪のお姉さんハーレムで共同生活をする羽目になってしまった合法ショタはあの手この手で修羅場を回避したい~

夕凪セレカ

十七歳児を拾いました

序章

第1話 その時、歴史は動いた

 ――緋閃が走る。

 アスファルトを踏み抜き、轟音を響かせ、なお衰える事はない。逃げ惑う一台のハイエースを、土煙を巻き上げて追い回す。既にエンジンからは悲鳴が上がり、既に余裕のない状況であるのは明白だ。にも関わらず、未だ、捉えていなかった。

「……ねぇ、まだ殺っちゃダメかしら」

 苛立ちを含んだ声は、風を切る音に掻き消される。ゆったりとしたスカートを持ち上げ、桜色の髪を風にたなびかせる彼女は、異国の姫のように淑やかだ。ただ一つ、時速数十キロをゆうに超える速さで走り抜いている事実さえ除けば。

「駄目です。オーダー通り、確実かつ最速で生捕りにしてくださいね」

 透き通った声が、それに応えた。追跡者の頭上に、僅かばかりの重みが掛かる。彼女は羽一枚程度のそれを正確に察知し、追撃の手を緩めた。

「面倒臭い。全員まとめて殺しましょうよ」

「私に仰られましても。袋小路に追い詰めてくださいよ、役目でしょ」

 頭上に乗った少女が、その慇懃無礼な態度を崩すことはない。眩いまでに陽を受ける白金髪プラチナブロンドをかき上げ、じっとその車体を見据える。

 時速にしてたかだか数キロ、軽口を叩き合う猶予を逃亡者は見逃さなかった。これ幸い、と言わんばかりに、ハイエースはぐんと速度を上げた。エンジンが勢い良くいななきを上げ、驀進ばくしんする。

「おやおや、これはこれは」

「馬鹿一組、地獄行きね」

 女たちは追跡の速度を緩める。勝ちを確信したかのような、性根の悪い笑みを浮かべ。一馬身、二馬身と距離を離されていく中――転機は起こる。


 突如として、地面が割れた。


 道は両断され、対岸がせり上がり、壁となる。

 キキィ、と鋭い音を立てて止まろうとするも既に遅く、車は派手に断面へ衝突する。無惨にも大破した車体へ、追い討ちをかけんと飛び込む女。

 勝敗は、誰の目にも明らかであった。

 哀れにも退路と足を絶たれた逃亡者達も、その膂力りょりょくの前になすすべもなく――その後、駆けつけた警察により処理された。単なる日常の一つとして。


 ――そう、ここまでであれば。


「あ、ちょっと。危ないんで、車には近寄らないでくださいよ」

 一人の若い警官が、声を荒げる。

 ことの中央には、白金髪の少女が佇んでいた。声の主を正面から見据えた彼女は、不満げな顔で口を開く。

「あなた如きに指図されるいわれはありませんが?」

「消防が来るんで、それまで待ってください」

 へぇ、と返し、そのまま車の方へと歩み寄る。まるで何かに取り憑かれたかのような行動に、警官は首を捻る。彼らの知る限り、少女は現場に興味を示さないのが常であった。即ち、異常事態である。

 この不可解な行動を前に、頼ったのは――もう一人、桜の髪の女だった。

「……ちょっと、花桐はなきりさんからも何か言ってください」

「嫌よ、面倒臭い」

 花桐、と呼ばれた彼女は、素気なく答えた。どこからか持ち込んできたウイスキー瓶を手にしながら、既に一人酒盛りを始めている。いつもの事ながら、まるで仕事以外をする気がない。どこからともなく、重いため息が漏れた。

「大体、そういうのに限って止めたらキレるんだから」

「そう言われましても、危険なものは危険ですから……」

 もちろん、目の前で酒を煽り倒している女も同様か、それ以上に危険なのだが……不幸なことに、若警官がそれに気づくことはなかった。

「……止めりゃいいんでしょ。お代はきっちりいただいていくから」

「ありがとうございます」

 女は忌々しげに舌打ちをし、次いで身体中をじろりと睨め付ける。そうして、まぁ及第点か、と呟き――次の瞬間、思いっきり胸ぐらを掴んだ。

「じゃ、精々美味しくなってきなさいね」

「へ?」

 警官の視界は、反転する。

 その身体は、軽く振り回されていた。圧倒的な力に抵抗する術もなく、無抵抗な人形のように引きずり倒される。頭は路面と擦れ合い、だらだらと血が噴き出し――その次の瞬間、射出された。

「言い忘れてたんだけど、ミディアムレアくらいで出てきてくれる?」

 その言葉に応えた人間はいない。

 ある程度残っていた警官達は、この美女の本性を知っていたので、遠巻きに見ていた。あぁして気に障った誰かが、突発的な暴力の犠牲になるのは珍しくもない。少女は何やら大きな包みを大事そうに抱き、どこかへと電話をかけている。先程までの相棒が起こした一部始終には、関心を一欠片も向けていない。

 そして肝心の若警官は、空を切りながらハイエースへと突き刺さった。もがき出ようとする努力も虚しく、車からは火柱が上がる。最早、助からないことは誰の目にも明らかだ。ごうごうと燃え盛る音が場を包む。

玲奈れなちゃーん」

「つまみ食いと立ち食いはご法度ですよ。義務教育でそのくらいやりましたでしょ、まさかご存知でない?」

 パチン、と軽やかな音が響いた。

 突如、警官達の目前に、見るも無惨な姿に変わり果てた若警官が現れる。衝撃を受け止めた頭は、ほとんど原型を残していない。肉が抉れ、あらぬ方向へと腕が曲がっている。しかしながら、奇跡的にまだ生きていた。虫の息で、という枕ことば付きで。

「あらかじめ彼の救急車は手配しておきましたので、我々はこれで」

 凍りついた空気をよそに、彼女たちは去っていく。

 サイレンの音に包まれて――そうして、警官たちは元の仕事へと戻っていった。


 一方、その頃。

「玲奈ちゃん、それ何?」

 犠牲を増やした張本人たちもまた、帰路についていた。

 玲奈と呼ばれた少女は、ゆるりと振り返る。細身の体にはよく目立つ、大きめの包みだ。毛布の上から、ガムテープを厳重に巻いてある。明らかに只事ではない、物々しい雰囲気を放つそれを、火災の混乱に乗じて運び出していた。

「ふふ、拾ってきちゃいました。見ます?」

「見る見る」

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、ベリベリとガムテープを剥がしていく。とっておきの宝物を見せびらかすように。口に出すことはなくとも、もったいぶっているのは明らかであった。

 最も花桐は、それ程までに喜ばしいことなのだろう、とさして気に留めることもなかったが。

「じゃっじゃーん」

 それを見て、目を見開く。


 果たして、そこにあったのは――否。

 そこにいたのは、人間であった。


 その少年、よわいにして五歳程度。

 もちもちとした弾力のある肌と、さらさらとした灰色の髪には、汗ひとつかいた素振りがない。それどころか火照っている様子もなく、傍目には精巧なマネキンのようだった。すぅすぅ、と安らかな寝息を立てているが――それでも、人間味を感じさせないほどに整った顔立ちであった。

「……へぇ。やるじゃないの」

「警察に持ち逃げされては敵いませんからね。いやぁ、ナイス暴力」

 玲奈は、少年をあやすように抱きかかえなおす。

 本来であれば、被害者や関係者として警察に引き渡すべきなのだが――生憎、この女達にそこまでの道徳的規範や良心ひとのこころは存在していなかった。

「で、この子はどうするのかしら?」

「まぁ、順当に考えれば親元行きでしょうね。人助けはさておいても、罪を重ねるのは本意ではありません」

 にやにや笑いが重なる。

「まぁ、普通ならそうよねぇ。でもぉ?」

「こんなにも愛らしい存在、手放すのがもったいないとは思いませんかぁ?」

 大げさに猫を被ったような声が響く。

「ふふっ。そうよねぇ、折角なんだもの」

「ですので、私どもの仲間入りです。幸運ですねぇ、世界最高峰の美少女われわれの寵愛を一身に受けられるんですから」

 どちらともなく、笑い声が重なって――哀れにも少年は、本人の知れぬところで運命を定められていた。

 最早こうなった時点で、二人の脳内には同じ答えが用意されていたのだ。あとはどう周囲を納得させるか、それだけが問題であった。しかしながら、そんなものは問題に直面したその時にどうにかすればいい、とこれまた同じ思考であった。


 桜が咲き始める、春の日のこと。

 人知れずに、運命は動き始めた。

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