第24話 もう、流れを断ち切れ

「ふうぅぅ……」

 前屈みに俯いた身体をドカッと背凭れに預ける。

 突然のお誘いが、突然のお別れ。

 幾度か経験してきたが、今回はやけにダメージが重い。悩みぬいた先に実った恋だからだろうか。

「あー、うー、くーっ!」

 店内に人気ひとけが無いのを確認し、天を仰いで顔を覆う。

 フラれた……フラれたんだよな、俺。

 それなのに、最後に見たきみの顔が離れない。

 別れを切り出した側特有の済まなそうな顔をしてると思ったのに。

「何で俺以上に、フラれたみたいな哀しい顔してんだよ……」


「確かに不思議だけど、僅かでも未練があるなら、お兄さんも追いかけた方が良いんじゃない?」

「うわぁーーーっ!」

 唐突に斜め後ろから声が掛かり、飛び上がる。

 何者かと振り返れば、茶髪の兄ちゃんが隣の席につき、頬杖をつきながらニヤリと笑って俺に語りかけてきた。

 いや、地味に怖いんだが。

「さっきのお姉さんね、泣きそうな顔でタオル握りしめながら頭抱えてさ、何度も何度も深い溜め息ついてたんだよね。別れ話なら納得なんだけど、あれ、果たして本心なのかな? お兄さん、思い出してみて。様子が違うところ、無かった?」

 違いなんて、服装くらいだ。

 あれが普段着というならば、これまで無理矢理俺に合わせた服を着続けていたという残酷な事実しか見つけられない。

「他には、無いのかな。仕草とか、癖とか」

 照れた時の耳たぶプニプニは当然ないし、笑顔が硬いのは内容的に必然だし、視線だって―――。

「あ……ずっと、俯いてた」


 きみは、対面の時だけだなく、隣に並んで歩くときも必ず俺の目を見て話していた。

 それこそが、俺が惚れた最大の要因だから。

 なのに、終始俺を見ようとはしなかった。

 何故にしっかりと目を合わせなかったのか。

 そりゃ、後ろめたいから、だろ?

 もしかして、別れたいのは嘘だから?

 確かに、嫌いになった、好きな人ができた、愛想が尽きた、とは言ってなかった。


「いやいや、自惚れ過ぎだろ」

「さぁ、どうなのか。忘れ物が有るみたいだし、届けながら聞き出す、ってのも有りかもね」

 指差す先のテーブルの端に見慣れたハンドタオルがひっそりと置かれていた。

「兄ちゃん……これ、口を付けてないから飲んで」

 コーヒーを隣りのテーブルに置き、急ぎきみを追いかける。帰宅ラッシュの人混みでごった返しても、アクションを起こせば独特の着信メロディできみの居場所を聞き分けられるはず。

 いや、必ず見つけ出す。

 胸ポケットから出したスマホを操作する。

 繋がれ、繋がれ、この儚い糸。

 このまま手を離せるわけがない。

 俺だって。

 全部を出しきらないままでは終われないんだよ!


「ふぅ……やれやれ、世話が焼けるヤツじゃのぅ。また練り直しかとヒヤヒヤしたわい。はっ! もしやこれは『クソつまらんものを書いてんじゃねぇ』という全知全能の読者かみ様からの警告では……うぎゃぼえぇぇ! どどど、どうしよう! ワイの存在が消されてまうーーっ!! エライコッチャ、急いで帰って構想を練らねばばばあぁぁぁ―――……あ、あれ、ボク、寝落ちしてた? へ、何でコーヒーが二つ有るの? こ……怖っ!」


 ◆ ◆ ◆

 

 まだだ。

 せめて、人気ひとけのない通路まで堪えるんだ。

 でも、もう無理。

 涙が溢れて前が見えない。

 幸いにも、駅の商業ビルに直結するシティホテルへと続くデッキは人影も疎ら。

 隙間の暗がりに紛れて嗚咽を漏らす。

 何とかなると思ってた。

 いや、何とかしたかった。

 でも、企めば企むほど空回りして上手くいかない。素直に言えれば良かったが、その勇気も出せない。そしてとうとう、自らついた嘘は呆気なく承諾され、終わった。

 これで、いいんだ。これで……全部。


 ブルブルブル、とスマホが震える。

 忘れ物が有る、何処に居るのか教えてくれ、とのメッセージに、近くのゴミ箱に捨ててくれと頼み、カバーを閉じる。

 どこまでも優しいひと。

 お願いだからそっとしておいて。


 トゥルリ〜、トゥルルン、トゥルリリ〜ン♪

 他者とは異なるように設定した着信音が鳴る。

 暫く放置するも途切れる様子も無い。

 仕方なく相手を確認し、通話を始める。

「……何ですか?」

『トーコ、飯食った? バイト代が入ったから奢るよ。いつもお世話になっているお礼っす♪』

 脳天気な声が腹立たしい。

 余計に泣きたくなる。

『おーい、聞いてる? 北口に来てよ。もう少しで渋滞を抜けるから、十五分後には着くし』

 嗚咽を聞かれまいとスマホの手を降ろす。

 弾みでスピーカーがオンになる。

『どうしたんだよ、声が遠いんだけど。返事しろっ……もしかして、泣いてんの? トーコ、急いで迎えに行くから待ってて』

「声が大きいよ、レイジ……」

 お願いだから、みんな放っといて。

 そう心の中で叫んだ瞬間、左腕を突然掴まれ驚いて振り返る。

「いえ、それには及びません。俺が責任持って送り届けるのでご心配無く。では、通話を切ります」


 息を切らせたあなたが強引に返答をし、スマホを操作していた。

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