第23話 お見舞い、物申す
海辺の国営公園が紅く色づく、昼下り。
巡回で訪れたきみの職場で、いつものようにコーヒーをいただく。きみは不在のようで同僚ちゃんが淹れてくれたのだが、もの凄ーーーく突き刺さる視線に耐えきれずに思わず口を開く。
「あの……ワタシ、何かやらかしました?」
所長はニコニコと笑うばかりで援護する気配は全く無い。なるほど、タイマン勝負を受けろ、と言うことか。女子相手に些か気が引けるが仕方ない。
受けて立つ!
「柏葉さん。その
ぐはぁぁぁ!
所内に三人しか居ないのを良いことに先制攻撃を仕掛ける同僚ちゃんから痛恨の一撃を喰らい、敢え無く撃沈。
マズイ、ここが筒抜けなのをスッカリ忘れてた!
というか、この圧に耐えかねて口を割らざらるを得なかったのだろうと推測。
俺が不甲斐ないばかりにすまない、と猛反省し、
「大切に……したいです」
同期との一件で知ったきみからの想いを味方につけて俺の決意を同僚ちゃんに告げる。当然ながら、謎の男の存在を掘り起こさぬよう努めながら。
「ありきたりな狡い言い方、余計に腹立つ。態度で示さないのならば、その都度、伝えてるんでしょうね?」
「ワ、ワタシなりに尽くしてるつもりですが……そうではない、感じですかね?」
「知るか、ボケ! ボッチのわたしに
胸ぐらを掴んでグラグラ前後に振りまくる。
「まあまあ、落ち着きなさいって」
主観で言えば目に余る程の興奮にも拘らず、所長は微笑みを湛えたままで同僚ちゃんを
そして、思いもよらぬ質問を投げかけてきた。
「ところで、夏見さんの風邪の具合はどう?」
「……はい?」
目が点の俺に、二人が驚愕と憐憫の情を向ける。
「大概にするのはお互い様って事ですか、所長」
「気遣いが過ぎるのも考えものだけど、彼女なりに心配させたくなかったんだろうね。責めないでやってよ、柏葉くん」
「あの……いつから、ですか?」
五日前から喉の痛みが続き、一昨日の晩に発熱して丸一日を過ごし、今朝になって漸く平熱に戻ったとの報告を受けたそうだ。
幼い頃から身体が丈夫で風邪マメな弟が羨ましかった、と食事の席で笑っていたのを思い出し、これが滅多にない状況なのだと理解する。
「彼女の業務は丁度閑散期に入ったし、念の為に明日まで休息を与えたから」
所長が済まなそうな顔をするので、逆に感謝を述べる。
「後で、連絡してみます」
気持ちはわかるが。
人伝えというのは……どうも、やるせない。
気を遣わせる。
心配させたくない。
相手を慮っての躊躇い。
どうなるもんでもないし。
大袈裟にするな。
私的日常への過干渉拒否。
言わない理由は山ほど思いつく。
ここは事後報告を待つべきか。
それとも自ら動くべきか。
うん、一択だわ。
アプリを起動して事の真相を暴くとしよう。
「職場で聞いた、体調大丈夫?」
⇒ ごめんなさい
⇒ 心配させては、と思い、伝えませんでした
⇒ もう平気だけど、声が出なくて
「明日、近くを通るついでにお見舞いに行ってもいい?」
⇒ お仕事、忙しいでしょう?
「大した件数無いから」
「でも、無理させない方が良いかな?」
「近いうちにまた事務所に行くし」
⇒ お待ちしております、気を付けて
きみから即レスで届いた最後の一文に迷いは無く、例の男の関与も無さそうで胸を撫で下ろす。
さて、見舞いの品は何が良いかな。
多すぎても気にするよな。
最小限に留めてピンポイントで選んでおこう。
◆ ◆ ◆
両親と暮らすきみの自宅である低層マンションの共有スペースへ駐車し、到着の連絡を入れると五分ほどでマスク姿のきみがパタパタと駆け降りてきた。
「忙しいのに……」
思うようにならない
痛々しくて、我が事のように苦しくなる。
「無理しないで、頷くだけでいいから。外に出られる程に回復して良かったよ」
こくんと頷くと、指で丸を作って元気をアピールしてきた。こんな何気ない仕草の一つひとつが胸の奥までガシッと掴んで離さない。職務中では滅多に得られないこの機会に、話したいことで溢れそう。
だが、ぐっと堪えて本題に入る。
「のど飴を買ってきたんだ。どっちが好み?」
車内から二種類の商品を取り出して左右にぶら下げる。一つは良薬苦々系、もう一つはミントスッキリ甘々系だ。
「俺のおすすめは、こっちの苦いやつ。効果覿面で直ぐに痛みが引く」
―――勿論一択です。
とばかりに視線を一方へと集中させたその顔が余りにもわかり易く、そして可愛すぎて、
「ぷっ、目は口ほどに何とやら、だ」
思わず笑って誤魔化してしまった。
きみは昔から、そうらしい。
いわゆる、
興味を持つと凝視する癖も有るが、何も考えてない時でさえ『視線が物語る』と言われる、と嘆いていた。
但し、この圧のお陰で高校時代のとある問題を一つ解決出来たような気がしなくもないので、あながち悪いものでもない、とも話していたが。
声が治ったら、詳しく聞いてみたいものだ。
「喉、まだ痛い?」
声が出ない様子から察するに、まだ腫れが残った感覚が有って食事もツラいんじゃなかろうか。
きみの事だから首を横に振り、心配させないよう努めるのだろうと内心寂しさを覚えると、首を傾げて困ったような瞳を向けてきた。
おや、甘えてる?
これは甘えてるよな、完全に!
よし、男・柏葉アキヒロ、ここは肩を抱き寄せてナデナデ・ヨシヨシでもかましとけ!
―――って、出来るか、クソがっ!
俺の精一杯出来るアクションは、喉元にひんやりとした指をぴとっとつけるくらい。
「んー、確かにちょっと熱持ってるかもな。ほら、飴舐めとけー」
そして、パンッと袋を開けて一粒を手のひらに乗せてやるくらい。
「え、苦いほうですか?」
ザラザラ声で思わず口に出すきみに吹き出しながら、早く治るようにと願いを込めて一言添える。
「文句を言わずに試してみなって」
マスク越しでもわかる程に顔を顰めながら包みを開き、疑いの眼差しで口に放り込む。
薬膳の薫りが俺の鼻孔をも擽る。
「むぐ……んん? んんん!」
「どうよ、意外とイケるだろ? 俺だって、たまには良いこと言うワケですよ、ヘヘ〜ン」
うわ、ドヤったガキみたいに笑っちまったわ。
「さて、元気な姿も見たことだし、そろそろ行くとするわ」
日暮れが近付き、帰社せねばならない頃合いとなる。頼むから、このまま時を止めてくれよ、神様。
ちょび髭上司の機嫌を損ねるのは構わないが、病み上がりのきみを外へ長居させるわけにはいかない。後ろ髪を引かれながら区切りをつける。
バタンと車に乗り込み、先程から飲み込んできた言葉を言うべきか逡巡する。エンジンをかけ、運転席の窓を全開にし始めると、視線を合わせるように屈むきみを見て漸く決意する。
おでこをひと掻きして一瞬の間を作り、真っ直ぐきみの瞳を見据えて口を開く。
「あのさ……こういう時もすぐに教えてよ。知らなきゃ知らないで『何で?』って思うし、遅かれ早かれ知れば、やっぱり気になるからさ」
小さな遠慮に、誰かが胸を痛めることもある。
その優しさを責めるつもりは毛頭無いのだが。
つい忘れがちな受け手側の想いも知っていて欲しくなる。俺もたまにやらかすから自戒を込める。
「だからって、何も出来ないのは目に見えてるんだけどさ。飴をたくさん舐めて、早く治せよ、喉」
出来ることなら伸ばしたこの手で頬に触れ、強引にでも引き寄せてその耳元で囁きたい。だが、マスクを着けてまで感染予防に気を配るきみだから、頭を揉みくしゃにするくらいで我慢しておく。
「じゃあ、また連絡する。お大事に」
髪を直しながら頷き、感謝の意を表すきみとの別れを惜しむ。
プッとクラクションを鳴らし、共有駐車場を出てカーブを曲がるまで見送るきみも同じ想いでいてくれることを密かに祈り、運転席の窓を閉める。
「だぁーーっ! 一言多かったよな、絶対! これじゃ、悔しくて拗ねてるガキとまんま同じじゃねーかよ。器、小さ過ぎだろ……俺」
何年か多く生きてても、万事を上手く運ぶというのは至難の業だと改めて思う、今日この頃。
◆ ◆ ◆
小さな遠慮に、誰かが胸を痛めることもある。
あなたがその一人だと、どうして気付かなかったのだろう。
真実を告げもしないで届いた連絡に喜んで、話せる時間が嬉しくて去り際がとても寂しくて……。
あなたの思いに正しく返すよりも先に名残惜しくて引き留めたいと恋しく思うなんて、欲張りもいいところだ。
それは、頭を撫でて窘めたくもなるはずだ。
あなたが触れた喉を指でなぞる。
あれからずっと熱を帯びたまま。
戸惑うクセに他の態度が欲しくて堪らない。
なのに、お構いなしに余裕な態度を見せられる。
あぁ、どうしよう。
この不満と先の見えない不安を抱えられるほど、私の心は強く出来ていないみたいです。
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