第13話 一目、ならぬ二目惚れ

 よっしゃーーー!

 誘い出しは無事に成功。

 二人きりで話す絶好のチャンスを得る。

 都合良く幼馴染みアイツも不在だ。

 茶化す者も邪魔する者も居ない。

 俺、頑張った!

 そして、あと一息だ!!


 自分を鼓舞して店奥のテーブルに着く。

 ヤバい、誘ったはいいが何を話そうか……。

 こういう時は、先ずは無難な天気の話か?

「GWから、急に夏になるよな。身体がビックリして体調を崩したりしてない?」

 

 後は……そうか、彼女は紅茶派だったっけ。

「紅茶はどんなヤツが好み? と言っても、聞き馴染みのある茶葉名しか知らないから色々教えてよ」


 ふうぅ、緊張する。

 こんな話題で大丈夫か?

 そしてこの後、どう切り出すべきか。

 いや、それよりも彼氏の有無を確認しないと。

 もうドジは踏まないぞ。

 ああ、恐い、どうか居ませんように!


「ごゆっくりどうぞ」

 店員が去り、飲食スペースには俺達だけ。

 おしぼりで密かに手汗を拭いて勇気を振り絞り、お茶と菓子を口にしながらさりげなく尋ねる。

「夏見さんは、彼氏とか居るの?」

 すると思わずドキリとなる、ちらっと上目遣い。

 一瞬の間をおき、答えが返る。

 それは手厳しいお返事が。 

「下手をするとセクハラ案件ですよ、それ」

「そういう意味で聞いたわけじゃなくて……」

 ふふふ、と微笑みながら菓子に視線を落とし、黒文字楊枝で丁寧に切り分けて一口運んでは語るその声が、楚々とした仕草に反して何故か険しくなっていく。

「ならば、どういう意味で訊いたのでしょうか? ちなみに彼氏は居ません。好きな人が居ますけど、たった今、既婚者だと判明したので、もうやめます」


 ―――え?


 最後の一口を頬張りお茶と共に飲み込むと、決意に満ちた真っ直ぐな瞳で俺を捉え、ふっと哀しく笑って言葉を続ける。


「元々、相手にしてもらえる筈もないので告白する事さえも諦めていましたが、気持ちを整理したいのでこの機会を利用します。

 あなたのことが好きです。

 でも愛人になるつもりは全くないのでご安心ください。逆に良かった、これでスッパリと忘れられる……」

 そう言うと、残るお茶を一気に飲み干して財布から御札を取り出し、席を立とうと準備を始める。

 ちょっと待ってくれ。

 理解が追いつかないのだが。


「買い物が残っているので、これで失礼しますね」

「わわわ、待って! 今の発言って、どういう事? 話が見えないんだけど」

 彼女が半ば呆れ顔で厳しい視線を注ぐなか、俺は何とも間抜けな台詞を発する。

「えぇと……俺、結婚したの?」

 驚愕の顔と共に訪れる沈黙。

 その後に続く怒りの声。

「先程『奥様に』と言われて『はい』と答えていたじゃないですか!」


 キュルキュルキュル。

 時間を巻き戻し……

 オホン―――改めて。

 ピピッ。

 時間を巻き戻してやり取りを思い出す。

 あ、ああ、あぁぁぁぁぁっ!!

 自分の事で手一杯で流したが、確かに言った。

 言ったが―――。

「違う、違う!! そうじゃないんだ!!」

 何が違うのか、と不審な視線がぐさりぐさりとこの身を突き刺す。

「本当に違うんですー!!」


 まずは憤る彼女を宥め座らせる。

 そして一刻も早く誤解を解かねば!


「店員さんの言う『奥様』というのは、ここの昔からの常連客で後妻に入った母親のことです。若く見えるせいか、一緒に来店すると事情を知らない店員が間違えて声を掛けるので、またかと思い、適当に流しました。ごめんなさい。

 ちなみにここは、幼馴染みが経営する店です。

 あ、男だよ、男! どうでもいいか、これ。


 それと、本題に入らせてください。

 今日はきみに話したいことがあるので半ば強引でしたが声を掛けました。

 あの……俺はきみから見たら三十路のおっさんで、見向きもしないだろうから随分悩んで諦めようとしたけど、どうしてもきみのその真っ直ぐな瞳が忘れられなくて。

 後悔したくないから決めました。

 夏見さんが好きです。

 いい大人が便乗でごめんなさい。

 一目惚れ……ではなくて、初見はおや? くらいだったのでです。

 こんな俺ですが、付き合ってくらしゃは……へ、へっくしょん!」


 はぁーーーマジかっ!

 一番大事なところでやらかしたぞ!


 暫し呆然とする、きみ。

 てっきり引いたのかと思いきや。

「え? あの、私……あれ?」

 事情を聞いて自身のうっかり発言に顔を真っ赤にして俯きつつ、

「一目、じゃなくて……二目惚れ……?」

 俺の謎発言としくじりがツボったようで、くすくす止まらないきみの笑い声が耳に心地いい。


 気付かぬようにしてきたが。

 他社の控え目新人の手助けという時点ですべてが始まっていた、この想い。

 絶対に引くから言わないけれど。

 二目惚れっていうのは多分、嘘。

 初手できみの瞳に撃ち抜かれていました。

 更にキモいこと、この上ないだろうけど。

 その瞳が涙で曇らぬよう全力で守るので、どうか逸らさずにずっと俺だけ写していて欲しいです。


「お時間は、大丈夫ですか?」

「わ、ヤバい、次の営業先に叱られる!」

 漸く連絡先を交換してホッと一息ついたところなのにもう離れちゃうのかよ〜!

 去りがたい思いを抑えて急ぎ外に出る。

「あの……」

 後ろから呼び止めるきみを振り返ると、頻りに耳たぶを触りモジモジしている。

「どうした、忘れ物?」

「いえ、その……いってらっしゃい、気を付けて」

 照れながら微笑むきみの真っ直ぐな瞳がこの胸をズキューンと貫く。

「ありがとう、いってきます」

 その胸の高鳴りを感じながら、手を振る。


 そうだ、もうひとつ伝えなければいけない大事なことが有った。


「その髪型、スゲェ似合ってる。そっちも帰り道に気を付けて。後で連絡するから、待ってて!」

 その約束に、極上の笑みで手を振り返すきみがメチャクチャ眩しいんだが。


 なんて、どんだけ惚れちゃってんだよ、俺!


 ◆ ◆ ◆


「ふ……ふわぁ…ど、どうしよう……」

 思わぬ勇気がまさかの結果に繋がる、正に奇跡。

 今になって手が震えてくる。

「ま、先ずは……そうだ、家に帰ろう」

 柏葉さんと会ったカフェに隣接する大型書店の駐車場へと向かう。


 ピリリリリッ♪

 通話着信が鳴り、心を落ち着かせて電話に出る。

「はい……あ……どうも。いま、外……え、どうして私なの? ……カノちゃんが居るでしょ、送ってもらえば……知りませんよ、そんな事。困るのよ、いつまでも当てにしないで……ねぇ、ちょっと聞いてるの?」

 プツッと通話が切れる。

 何故こんな時に頼られなければいけないのか。

 仕方無しに、呼ばれた場所へと向かう。

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