第32話 紫野田 舞さん作

━━一方その頃、魔王城城内。


 いずれ変態が突入してくるとも知らない魔王様は、退屈げに窓の外の城下町を眺めていた。


 視界に映るのは楽しげに駆け回る魔族の子どもたちと、仕事に精を出す大人たち。彼らの見た目は人族と何も変わらない。


 何故自分が子どもの頃はあんなにも争いあっていたのだろうか。


 誰にともなく問いかけたくなる気持ちを飲み込むように小さく嘆息する。


 「黄昏ているのですか?」


 聞き慣れた女性の声。魔王様は視点を窓に寄せた。


 硝子に映る銀髪赤眼の幼女は魔王ダークイエロー自身、部屋の入口に立つ女性は彼女の部下のスパイクメンである。


腰丈の紫髪と、両眼を閉じているのが特徴だ。


魔王様は再び活気に溢れた城下町へと視点を戻す。


 「何か用か?」


 「用がなければ声をかけてはいけませんか?」


薄く笑みを湛えたスパイクメンが音を立てない歩き方で近付き、横に並ぶ。


彼女も肘を窓枠に置いて窓外に目を向けた。


 「勇者を倒してから八年で随分と変わりましたね」


 「そうじゃな⋯⋯」


 「魔王様の婆臭い喋り方は相も変わらずですね」


 「⋯⋯」

 

 魔王様に対して遠慮ない物言い。


 彼女が魔王軍の総指揮官でなければ八つ裂きにされているところだ。


 「ネコは最近どうじゃ?」


 魔王様は露骨に話題を転換する。


 性格の悪いスパイクメンは普段なら『話題を変えたこと』を深く追求する。が、彼女は『ネコ』という少女に酷く弱いのである。


 「私の妹の話が聞きたいですか?」


 「いや、別にネコはお主の妹ではないじゃろ⋯⋯」


 「魔王様には見抜かれていましたか」


 機嫌の良いスパイクメンはからからと気持ちよさそうに笑う。


 「実はネコは私の嫁なのです。はは、魔王様に隠し事は出来ませんね」


 「⋯⋯」

 

 魔王様は普段通りの遣り取りに呆れを通り越して心すら動かなかった。


 適当に話を逸らすつもりでネコの話を持ち出しただけなのに。


 弄られていた方がまだマシだったかと思いながら、魔王様は再び窓の外へ目を向けた。


 照り付ける西陽と、遥か遠方に蠢く王国軍の兵士たち。


 蟻にすら届かぬ存在へ魔王様は憐れみを込めて溜息を吐き出した。


 「処理しましょうか?」


 右隣で不気味に問い掛ける部下を瞥見すると、不意に憂鬱と似た感情が胸の内に去来した。


 「放っておけ」


 紅く染まる世界を眺めながら魔王様は小さく独り言ちる。


 「勇者がいれば、少しは楽しくなるのかのぅ⋯⋯」





そして言うまでもなくこの二人、全裸である。

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