拝啓、ギルドメンバーがカオスです。
紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中
冒険者登録をしよう
拝啓、母さん。お元気ですか?
故郷を旅立って一週間。ようやく僕は憧れの地へたどり着きました。
***
「ここがライゼンの街……村とは比べものにならないくらい賑やかだなぁ……」
じーんとしながら城門を見上げると、女の子がクスクスと笑いながら追い抜いていく。
おっと、あんまりキョロキョロしてると田舎者だと馬鹿にされる。
「えー、この地図だとこの辺りに――あった!」
見上げた視線の先には、冒険者ギルド・ライゼン支店。
ここは本当にすごいんだ。建物は立派だし、垂れ幕なんかも掛かっちゃったりで。
僕はここまでの苦労を思い出して思わずしみじみしてしまう。
「はぁぁ、ここまで長かったなぁ……乗り合い馬車は追い剥ぎに襲われるし、持ってきた食料は根こそぎマモノに持ってかれるし……。でも、ここから僕の新しい冒険が始まるんだ! 仲間を集めて色んなクエストをして、いつか立派な勇者に――うわっ!?」
入り口で立ち尽くしていたのがまずかったらしい。後ろから誰かにドンとぶつかられ、僕は転ぶ寸前のところでなんとか踏みとどまる。
振り向けば人相の悪い黒髪の男の人が立っていた。黒いマントを羽織った彼はこちらをギロリと睨むとドスの効いた低い声でこう言う。
「おい、ボーッと突っ立ってるんじゃねぇよ、どけ」
「す、すみません」
僕は愛想笑いを浮かべてサッと脇に逸れる。小心者というなかれ、到着するなりトラブルは避けたいし。ボーっとしてたこっちが悪い、うん。こういうのはこっちから折れておくのが世渡り上手のコツというやつなのだ。いやぁ、僕って大人だなー。だからそんなに睨むのはやめてくださいお願いします。
とにかく、今の怖い人にはなるべく関わらないようにと心に決めて、気持ちを切り替えた僕はようやくギルドの門をくぐった。
「おぉぉ! これがギルド! 話に聞いてたより綺麗だ」
村では『荒くれ者が集うガラの悪い所』とか散々脅されたけど、首都ライゼンのギルドはとても明るい雰囲気の清潔感ただよう施設だった。日中のこの時間ではみんなクエストに出払っているのか、店内にはチラホラと数人がいるだけだ。
えーっと、まずは登録をしないといけないんだっけ? カウンターカウンター。
「すみませーん、初めてなんですけどー」
「あらいらっしゃい、私はここのギルドマスターよ。よろしくね」
声を掛けると、若草色の髪の毛をサイドでゆるくまとめた女の人が奥から出てきた。踊り子のように胸元を強調した服装なのだけど、ショールを肩から掛けているし、おっとりとした上品な雰囲気も相まって不思議とそこまでいやらしさは感じない。
うわわ、世の中にはこんな綺麗な人が居るんだなぁ。さすが都会。冒険者登録すれば毎日この人に会えるってこと? へへ、ラッキー。
「はいっ、冒険者なりたてのホヤホヤです、よろしくお願いします!」
「それじゃあこの登録用紙に記入してね。書きながらで良いから簡単にここの説明をしておくわ」
マスターさんはにこやかに笑いながら頬杖をつく。ふわ……なんかいい匂いただよってきた……。
「見ての通りこのギルドは酒場も兼ねているの。仕事の合間なんかに飲み食いをしていってくれると嬉しいわ。値段はかなり安めだけど味は保証するわよ」
マスターさんが指す方向を見れば、カウンターといくつかのテーブルが広がっていた。少しだけ見えるキッチンでは、小さな猫獣人が二匹、のんびりと皿洗いをしているようだ。
「それからクエストはあっちのボードに貼られるの。受注したい時はそのまま取ってここに持ってきてね。詳しい地図と詳細を書いた巻き物をあげるわ」
さらにその奥、壁一面に大きく設置されたボードにはここからでも見て分かるほど色とりどりのクエスト受注票がところ狭しと貼られていた。ひゃー! テンションあがる!
「初心者の内はパーティーを組んで行くのをオススメするわ。まずは報酬より経験を積むことが大切だから。このギルド内にも何人かヒマしてる冒険者が居るわよ。気が合いそうなら声かけて見たら?」
「そうですね、僕は
「ふふっ、悩みどころよね。書類書けた? ……うん、オッケーよ。それじゃあこれで登録しておくわ。また何かあったら声をかけてね」
「はいっ、色々とありがとうございました!」
「がんばってね」
仲間とクエスト探しかぁ、まずは簡単な魔物退治とかが良いかな。
「これがクエストボードか。へぇー色々あるんだな」
難易度によって紙の色が違うんだ。初心者向けのは緑か。えー、
『迷子の猫をさがして』
『一日皿洗い急募(まかない付きです)』
『広場のドブさらい募集』
…………冒険っていうよりアルバイトっぽい。うーん。
せっかくの記念すべき初クエスト。それなりに見栄えがして、かつ堅実にこなせそうな難易度っていうと――と、頭を悩ませていたその時、後ろから鈴を転がすような声を掛けられた。
「ねぇ、そこのあなた」
「え、僕?」
振り向くとめちゃくちゃ可愛い子が居た。僕より頭1つくらい背が小さくて、ピンクのふわふわした髪の毛を腰まで下ろし、赤と黒のかっちりしたドレスを着こんでいる。やけに強い瞳でまっすぐにこちらを見つめる彼女は、ニコリともせず涼やかな声でこう続けて言った。
「そう、あなた。仕事を探して居るなら私と組んでみない?」
「えっと」
確かに神秘的な美少女なんだけど……クールで何と無く近寄りがたい雰囲気。こういうのゴスロリって言うんだっけ? パッと見ご令嬢っぽいから依頼者かと思ったんだけど、でも組むって言ってるから冒険者なのか? この子が?
「どうかした?」
「あっ、いやっ、でも僕、初心者だしあんまり役に立てないかもしれないよ?」
「いいの。数合わせだから」
「へ?」
さらりと言ってのけた彼女は、懐から黄色のクエスト用紙を取り出す。
「私が今目をつけてるこのクエ、ソロ受注が禁止なの」
「あ、ほんとだ。制限項目に書いてある。必ず2人以上でか。なんでだろう」
「単騎で突撃して死なれたら、報告がなくて困るからじゃない?」
えっとそれはつまり、失敗したなら片方だけでも生きて返って報告しに来いよ、と?
「うわぁ、シビア……」
「冒険者に頼むぐらいだもの。よくあることよ。それで?」
「え?」
「私と組む気はあるのかしら」
どっ、どうしよう。会って数分も経たないような女の子といきなりパーティーを組む? それってありなのか?
いやでもこういうのは勢いが大切っていうし、うん。それによく考えたらこんな可愛い子が向こうから声をかけてくれるなんて超ついてる! よーっし……、
「ふっふつつつつか者ですがよよよよろしく――」
「おい新人、そいつはやめとけ」
「しみょぁあ!?」
横から野太い声を掛けられて、僕は思いっきり舌を噛んでしまった。涙目になりながら振り向くとそこには、
「いきなり何ですかっ、僕はいま一世一代の返答をしようと……って、ひぃっ!? さっきの!」
「あ? さっき?」
ギロリとにらみ付けてきたのは、さっき入り口でぶつかってしまった男の人だった。僕はのけぞった姿勢のままで固まってしまう。
な、なんでいきなり絡まれてるんだ? ハッ、まさかぶつかったので因縁つけられてるとか? ……っていうか、
「なに見てんだよ」
さっきはマント羽織ってて気づかなかったけど、なんでこの人魔女ローブ着てるんだ!?
ボロボロに擦り切れた紺のミニスカートのスリットから覗いてるピチパツの白タイツがはっきり言って気持ち悪い!
あれって女性装備だよな? 実は女……? 顔立ちは悪くないっていうかむしろ美形の部類なんだけど、ダメだ混乱してきた! 僕は今、何と対峙してるんだ!? 都会怖い!
「おい」
「ひっ! すみません。……あの、やめておけってどう言う事ですか?」
「その女は、かよわいふりして仲間を平気で踏み台にする性悪女なんだよ」
「踏み台? 性悪女?」
イケメン女装男が顎でしゃくると、僕に声をかけてきてくれた美少女はムッとしたように眉を寄せた。
「ちょっと、営業妨害はやめてくれない?」
「えーと、今の話本当なんですか?」
まさか詐欺の類いかとおそるおそる尋ねると、彼女は少しも悪びれた様子はなくフンと鼻を鳴らした。
「私にそのつもりはない。今まで組んできたやつが根性なかっただけ」
「えぇぇ……」
僕が引いているのを見るや否や、女装男がニカッと笑って肩を組んでくる。ちょ、馴れ馴れしいな。
「な? 血も涙もない奴なのさ。それより俺と組まないか? 実入りの良さそうな仕事があるんだ」
「先に声をかけたのは私よ。割り込まないで」
それまでクールだった声に少しだけ感情を滲ませて美少女が咎める。それに対して女装男は威嚇するようにドスの効いた声で返した。
「うるせぇ、先だの後だの関係あるか。コイツが決めることだろうが」
「それもそうね。ねぇあなた、どうするの」
「どっちと組むんだ? あぁ!?」
「ひぇぇ!」
二人の矛先が急にこちらに向く。な、なんでこんなことになってるんだ?
そりゃどっちかっていったら、こんな目つきもガラも悪い女装にーちゃんと組むより、ちょっと無愛想だけど可愛い女の子と組む方が――いや、でもさっきの踏み台って話も気になるし、断ったらこの男の人何しでかすか分かんないし!!
「さぁどうなんだ!」
「答えは?」
んぁぁぁ~~!! こうなったらクエスト内容で決めちゃおう! 簡単な方!
それなら角も立たないだろうと依頼書を見比べた僕は、ある事実に目を瞬いた。
「ってあれ? この二つどっちも同じ場所じゃないですか。この街からすぐのペクペク山」
「え?」
「はっ?」
揃って間の抜けた顔をする二人がなんだかおかしくて、僕はニコニコと笑い出してしまう。
「なーんだ、ならお二人で行けばいいじゃないですか。僕なんか居なくたって――ギアアアア!!」
「この女と組みたくねぇからお前を誘ってんだろうがよぉおお」
「ギブ! ギブギブ!!」
ヘッドロックを掛けられる僕を助けるでもなく、ふぅとため息をついた美少女は愚痴をこぼした。
「話が進まないわ……」
「ならテメェが降りろ」
「いやよ」
「この……!」
いい加減、周囲の視線が痛くなってきたのを感じた僕は、話しにケリをつけようと二人の間にバッと割って入った。
「あーもう、じゃあこうしましょう! 僕が両方とも受注するんで三人で一緒に行く! これでどうですか」
「さんにんんん?」
「別々に行ってる時間なんか無いみたいですよ。どっちも今日が締め切りみたいですし」
「そうなのか?」
ペラ、と両方を掲げて見せると、二人は大人しく覗き込んだ。なんでそういうとこだけは素直なの、この人たち……。
「見落としてたわ……」
「なんで受けるくせに詳細読んでないんですか……それじゃあ受注してきますからね。大人しくしてて下さいよ!」
ああ、勢いだけで引き受けてしまった……。
肩を落としながら受付に向かう僕の背後で、まだ言い合う二人の声が聞こえてくる。
「おい鬱オンナ。言っとくが俺はお前に協力する気はないからな」
「ヘンタイの助けなんてご丁重にお断りします」
「ハーッ! 言ったな!てめぇがマモノに引き裂かれるのを指差して笑っててやるぜ!」
「チッ、クエスト失敗して身ぐるみ剥がされればいい……」
「あぁ!?」
不安しかない。
「お待たせしましたー……ってうわ、また不穏な空気」
「おらさっさと行くぞ新入り!」
「うわっ!」
「もう、騒がしいのは嫌いなのに……」
この時の僕は知る由もなかった。
いがみ合う二人がギルドの『余り物』と呼ばれていて、そして捕まってしまった僕を、ギルドに残っていた数人の冒険者たちが憐れみの目で見ていた事なんて……。
引きずられながらギルドを出る時、扉がしまる直前に聞こえたギルマスさんの心配そうな声がやけに耳に残った。
「あらあら、めずらしい組み合わせねぇ。喧嘩しなきゃいいけど……大丈夫かしら?」
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