修理屋さんと魔機械人形

霧間 響

第1話 修理屋さんと出会い

 外の寒い空気で目が覚める。まだ外は暗くしんと静まり返っていた。昨日の納品が思ったより早く終わったから酒場で軽く飲んでたら気づいたら自分の宿で寝てしまっていたようだ。そもそも強くも無いお酒、そしてこの辺りで好んで飲まれる『蒸留酒』という奴、腕のいい錬金術師が作ったとされるなかなかの上物(らしい)を取引先からご馳走になった。味は確かに良かったが酔いも早かった。早々にご遠慮して宿までたどり着いたのだろう。

 手元の懐中時計を確認。これから支度して適当な馬車乗り継いで帰っても余裕で明日の仕事予定に間に合う。久々の外出でしかも遠出だ。少し探索でもするかと思い、ベッドから立ち上がった。いい加減に切らないと煩わしい長さの白くクセの強い髪を適当にすき、上着を羽織る。ポケットに手を突っ込むとこの街に行く途中の露店で買った豆菓子の残りを見つける。朝飯代わりとそれを口に放り込んでゆっくり噛んだ。このお菓子、かなり固い豆をさらに糖でコーティングしているのか凶悪な硬度で、舌で舐めつつ、たまにかじりつつ口の中で少しずつ食べていくという代物だ。しかし、意外といい旅のお供になっていた。薄い糖と豆本来の甘みが口の中に広がりながらも、もごもごとしている姿はさながら頬に食べ物をほおばる小動物みたいだ。そんな旅を思い出しながら下の階、カウンターに着いたのでベルをならす。凛とした、すこしつんざくような音が響き渡ると奥から店主が出てきた。

「お帰りですか?えっとあなたはスレイさんでしたか」

チェックインした時より不機嫌そうな声色で応対する店主。どうも朝が苦手のようだ。鍵と、そしてほんの少しのお礼と宿代に相当する銀貨を受け皿に置いて手を振った。

「まいどあり」

不機嫌そうな低い声を背に私は玄関のドアを開けた。

 改めて外の空気を吸うと肺の中に新鮮な冷気が送り込まれるのを感じる。大きく吐くと白息がくっきりと見えた。さっきポケットを確認した時に煙草が切れていることを思い出した。少し歩いたところに昨日飲んだ酒場がある、その近辺に葉巻屋があるだろうと適当に散策することにした。ほどなくして見つけた店を入ると店主らしい人が新聞を見ながら葉巻をくわえている。少しふくよかな体格でサイズに見合ってない眼鏡を少しずらしながら

「いらっしゃい、ここは子供が来るようなところじゃないぞ」

まあそうなる、未成年どころかまだ初等の教育すら修了してないような見た目の私ではこの対応がむしろ普通だ

「実は、お父さんのお使いで・・・」

芝居かかった声で子供を演じてみる。

「そうは言っても未成年には売ることはできない、父さん連れて来な。こっちも捕まりたかねーからな」

そう言って煙を私に向かって吹くとまた新聞に目を戻す店主。こういう融通が利かないところを感じるとやっぱ家で引きこもっている方が性に合うと改めて認識する。しかし、ここで煙草を入手できなかったら別の店を探すか煙草なしのまま馬車に揺られて帰るかの選択。正直どっちも嫌なので強硬手段を取ることにした。

「実はお父さんに内緒のプレゼントなんです。何とかお願いできないですか?」

そう言って銅貨15枚ほどを店主の机に置いた。ここの相場だと葉巻10本で銅貨12,3枚ってところか、ここまで寒い地域だと品質は期待できないが豆菓子ほおばり続けるよりかはマシだろうと思いここは我慢する。

「今回は特別だ、そこで待ってな」

この店主物分かりはいいようだ。店主がカウンターそばにある4本を私の手前に置くと残りは奥にあるのか倉庫らしきところへ向かっていった。その1本を手に取り吸い口をすぐそこにあったカッターで切ってライターに火をつけた。このライター、オイルを使わず炎の術式と相性のいい金剛石をベースに仕上げた『蓄魔器キャパシタ』に、聖都で取れる中でもかなり純度の高い鉄で出来たケースで作られた逸品。恐らくこれ一つ売ったらしばらくは楽して生活できるくらいのライターだ。父の遺品で裏側にはD・Sと掘られている。葉巻がいい感じになってきたので早速口に含む。思った通り新鮮とは言い難い、質も高いとは言いづらい葉っぱのきつい香りが口の中を満たした。ほうっと息を吐くと白い煙が顔中を覆う。少し目が冴えた気がする、とりあえずこれで帰りまで持たせるかと思案していたところに店主が帰ってきた。

「せめて帰って吸ってくれんかね」

6本の葉巻を並べるとカウンターにある9本すべてをポケットに突っ込んだ。

「次の馬車っていつ?」

「ん、ああ、旅のもんか、もう来てるよ。大通り出てすぐ右手まっすぐ。行きと帰りで乗り場が逆だから注意しな」

「ん、ありがと」

それだけ言うと上着を着なおして店を出た。流石に外で吸うのはためらい、火が消えた後はポケットに入れて歩き出した。人外種の文化がある場所ならともかく基本ヒューマンが多数のこの町で幼子が往来で煙草ぷかぷかしていたら色々面倒なのでここを出るまでは我慢することにした。ほどなくして馬車小屋に着き、手続きを済ませる。早速乗り込むとやっと一息をついてさっきの葉巻に火を点けなおした。


 夕刻ごろには私が住んでいる二―ル村に到着。正確には隣町に着いてそこから歩いて帰路に着いたところである。いつものように玄関からカギを開けて入ろうとしたが、どうやら大きな荷物が仕事場の搬入口に届いているようだった。私の家は職場を兼用している。そのためこうして仕事の部品を納品して貰うときは搬入口に置いてもらうのだが、昨日今日と家を空ける予定だったため、部品は頼んでいないはず。とりあえず納品元を確認してみると氏名欄にダイン・スレイの文字。行方不明者の名前を氏名に使うとはだいぶ悪趣味だなと思いつつ梱包を開けるためナイフを取り出した。どうせ返すあてもないだろうから開けてやろうと思い、強引に木箱の蓋をこじ開けるとそこにはスラっとした体格、そして家政婦のような恰好で、凛とした雰囲気を漂う端正な顔立ちをした人間よりも人間らしい見た目。『魔機械人形アンドロイド』が箱の中に鎮座していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る