窓の中のWILL―勇士様は高校生! 凸凹トリオが世界を救う―

担倉 刻

―First World―  伝説は目醒めを迎える

Chapter:1 「守って」

  松井博希まつい ひろきは、一面、真っ白な世界にいた。

  彼方に人影を認めて、目を細める。

  「誰か、いる」

  着ている服も、手足も、白磁のように美しいその人物は、

  彼のほうへゆっくりと近づいてきていた。

  「きれいな人だなあ……」

  淡いブルーの髪をなびかせた女性。

  だが――

  「!」

  

    血!?


  女性の身体全体が鮮やかなばかりの朱に染まり始めるのを、博希は見た。

  彼は思わず後ずさろうとしたが、身体が動かない。

  髪の色と同じ淡いブルーの瞳でまっすぐ博希を見ながら、

  女性は彼の足元に崩れ落ちる。

  「……て……」

  「え……っ?」

  博希は息をのんだ。女性の細い手が彼の腕にうねと絡みついて、離れない……!

  「守って……」

  「うわあああああっ!」

  朱に染まったところが、だんだんと、どす黒いものに支配されてゆく。

  「守って」

  女性は、その体のどす黒くなった箇所から、少しづつ、砂になっていった。

  ざらり。

  ざらり。

  「ちょっ……」

  ――――ぶわっ。風が起きる。

  自分の手から、女性の砂が――こぼれ落ちてゆき、吹き飛ばされて、

  空に舞い上がっていく……

  「守って」


  博希は右手に違和感を覚えた。  


  「あっ……!」

  

  ざらり。

  砂になった自分の右手が――――

  落ちた。



「うあっ……!」

 はあはあはあ……

 博希は息を荒げながら飛び起きた。布団は全部ずり落ちており、パジャマ代わりのTシャツには汗がべっとりついている。髪の毛の先から、つうっ……と、一筋の汗が、顔を伝っていった。

「なんなんだ、なんなんだ?」

 最近、彼は起きるとそのセリフばかりを繰り返す。ここ一週間、同じ夢を見て、同じ形で目を覚ます。

「……今日はめちゃくちゃリアルだったな……」

 時計を見ると七時三十分。

「やべえ、間に合わねっ!」

 博希はタオルをひっつかんで洗面所に急いだ。蛇口からあふれ出る水を頭からかぶると、少し、さっきの重苦しさからは解放された気分になれた。さっぱりする。

 茶の間からは味噌汁のいい匂いが漂っていたが、どうも食べる時間はなさそうだった。

「母ちゃん、俺、朝飯いらねー!」

 洗い立てのTシャツにもごもごと袖を通しながら、食卓に顔だけ出す。

「お兄ちゃん、まーた寝坊したの?」

「イワシだけでもかじっていきなさいよ、博希」

「今日もいいネタが入ったからな、早く帰ってこいよ。配達手伝ってもらうぞ」

 父親の言葉に「うん」と短く返事をして、イワシの丸干し焼きをかじったその時――玄関先で、賑やかな声がした。

「ヒ――ロ――く――――ん」

「!」

 博希の全身に、緊張が走る。イワシを口にくわえたままあわただしく立ち上がった彼は、リュックを背負って、もどかしげに靴を履いた。

「行ってきまふっ!」

「ヒ――――ロ――――く――――ん。ガッコ……」

「ストップ!! ストップだっ、五月っ!!」

「あっ、ヒロくんっ。おはよう」

 若林五月わかばやし さつきが、肩までの長い髪を揺らして博希の目の前で笑った。

「~~お前なあ……毎朝玄関先で呼ぶのはやめろよ……恥ずかしいだろ!」

「だって、昔からやってることだもん」

 博希はそして、電柱の陰にいる人物のほうも見る。

「お前もだっ、毎朝他人のフリなんかすんな! 少しは五月を止めろよっ」

 そう呼ばれた人物――浦場出流うらば いずるが、わずかにずり落ちた眼鏡をくい、と上げた。

「五月サンが好きでやっていることですから」

「電柱に隠れるのもお前が好きでやってることか?」

「いえ。いい歳して恥ずかしいでしょ。若干ヒイてるんです」

「…………」

 そのまま、三人は学校への道を歩いていった。だが、ため息をつきうつむいて歩く博希の様子に、なにかしらただならぬ気配を感じとったのだろうか。出流が、彼の顔をのぞきこむようにして、言った。

「どうかしたんですか、博希サン。顔色が悪いですよ」

 博希は話すかどうか、少し迷った。だが、何年も続いた友人だからこそ打ち明けられるものはある。

「……変な夢、見てさあ」

 彼は学校への道すがら、最近同じ内容の夢を見る、と、五月と出流に話した。

 真剣な瞳であいづちを打っていた五月が、好奇心に満ちた声で言った。

「その夢ね、ゆうべ、ぼくも見たよ!」

「はあ!?」

「僕も見ました。女性のかたが「守って」とおっしゃりながら血まみれで倒れる、随分と鮮やかな夢でしょう?」

「え、お前らも? なんでまた」

「最近、三人でホラー動画とか見たっけ?」

「……前に、五秒でお前が失神して以来、見てねぇだろ」

 博希が苦笑した。そのほかに共通点など思い当たらず、夢の話は打ち切りになった。

 遠くで、雷が鳴った。今日は昼から雨らしい。

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