第155話 薬? いいえ、お茶です

 東部の戦地も西と似たようなもので、敵もまばらになっている。ただし、被害の程度は大きく、これはタダの人とダンピールの違いだろう。救護員の数も多く配置され、そこかしこで運び出される様子が見れる。


「うぅぅぅ」


 新しい怪我人を発見。こいつも毒にやられて動けないようだ。ゾンビの毒が厄介だな。

 瓢箪ひょうたんに詰めた聖水茶を飲ませて、他の兵士に運ばせる。

 今日は、ほとんどそれの繰り返しになった。





 日が暮れかけても戦闘は続いているが、動きっぱなしの上に終わりが見えない。疲れもあるので、夜になってゾンビが増える前に、近くの野営地で1時間程度休むことにした。

 木の上で休みつつ、焚き火を背に囲む兵士たちの会話を聞いている。


「毒を食らわないようにしておかないと後がつらい」

「全部回避するのは難しいぞ」


 夜の野営地では、どこもかしこもそんな話が飛び交っている。


「そういえば、治療された奴が戻ってくるそうだな」

「お? ちょうど来たようだぞ」


 数百人の兵士が拠点からやってきた。どいつもこいつも獰猛どうもうな笑みを浮かべて、今からでも戦えると言いたげだな。


「良く戻ってきてくれた!」

「救護班のおかげでこの通りよ! ふん!」

「回復したのはわかるが、その力瘤は敵に使って……ん?」

「お? こいつか?」


 戻ってきた男たちが荷台に持ってきた大樽が3つ。そいつを軽く叩きながら自慢げに話出している。


「こいつは聖女様が作った聖水のお茶だ」

「なんだ。酒じゃねーのか」

「何言ってるんだよ。酒なんかより良いものだぜ?」

「俺は酒の方が……」

「まぁ、聞けって」


 周りの者たちを集めて、聖水茶の効果を話そうとしていた時。


「敵襲! ゾンビ共がきたぞー!」

「ちっ。話は後だ! やるぞー!」

「お、おい! 効果が!」


 回復して来た奴らも戦闘の準備し、その最後に面白いことをしていた。

 そいつらの手には木のコップを持っていて、大樽から少量ずつお茶を掬って飲む。飲んだ者から順々に戦場へ駆け出して行く。じっくり見ていると、そいつらの顔が鬼の形相に変化していた。

 木の上から見ていて、その行動が面白かったので、後を着いて行くことにした。


「ゾンビ共など怖くねぇぜ! はっはー!」

「戻ったばかりで良くやるな」

「俺らには聖水の守りがあるんだ!」

「よくわからんが、期待してるぞ」


 治療後の奴らは、ゾンビなど怖くないと一様に突っ込んでいく。俺も見てて不思議に思ったんだが、ゾンビから噛みつかれている奴もいるのに、倒れる様子がない。他の奴らは戦闘に集中して気づいていないが、気になってしょうがない。

 そこで、敵が減った場所のやつに声をかけてみた。


「なぁ」

「うぉ! なんだ……ゾンビじゃ無いか」

「なんで噛まれたのに大丈夫なんだ?」

「ん? そりゃ聖水茶を飲んだからだな。あれを飲めばしばらく効果が続くって、救護班が言ってたぞ」


 マジか!? まさかそんな効果まであると思わなかった。


「敵が来た。また後でな!」

「いってらっしゃい」


 瓢箪ひょうたんから少しばかり出してみるが、パッと見じゃわからないな。補充もしたいし、一旦野営地に戻るか。

 戻ると、予想通り毒にやられた奴が何人か横になっている。そいつらにお茶を飲ませる救護員が見えた。


「治療中にすまん」

「どうかしましたか?」

「聖水と月光草のお茶だけで、そんなに持続効果が出たのか?」

「ん? もしやあなたが実殿ですか?」


 俺も全員と顔合わせしたわけじゃ無いので、知らない奴も多い。頷き返すと、新情報を教えてくれた。

 俺が作ったもので初期治療を行っていたが、ピュアルートを混ぜると、効果が持続することに気づいた者がいたという。

 ピュアルートの存在をすっかり忘れていた。


「まぁ、ご存知かと思いますが、強烈に不味くなります」

「ピュアルートだしな。……あ!」


 だからあんな鬼みたいな顔してるのか!

 思い出したら笑けて来た。


「ぶっは! それでちょびっとだけ掬ってたのか!」

「それはどいういうことですか?」


 救護員が俺の言葉をわかっていないようだが、ちょうど話せる奴が戻ってきた。


「お前さっきの。救護員に聞いたのか?」

「ちょうど聞いたところ。この救護員に、戦いにいく前の気付けについて言ってあげてよ」

「あれか?」


 兵士が自慢げに、出撃前の様子を伝えていく。もちろん、お茶をちょびっとだけしか掬ってないことを伝えずにな。

 結局わからずといった表情の救護員だが、下手に言って恥をかかせるのも悪いし、俺から言うことでも無いからな。だけど、出撃時に俺の言葉を思い出したら笑うんだろうな。

 両方に心の中で謝っておく。気づいてしまった俺が悪かったんだ。


 さて、ここら辺も落ち着いたな。

 一度カオルたちの様子も見にいくか。

 俺が聞いた話だと海辺付近を見張っていたはず。




 海辺へ向かうと人が集まっているところを見つけた。


「ここはナイトが指揮をとってるのか」

「お前か。隊長がいれば任せていたんだがな。あいにくあっち側にされてしまったよ」


 ゾンビ軍の方を指して残念そうな顔をしている。


「本当に残念だ。あんな筋肉ダルマの相手なんて面倒すぎる」

くち、わっる! ナイトの上司だったんじゃないのか!?」

「見たことあるだろ? 一兵卒なんて秒も持たないぞ。俺以外に何人も集めてボコさないと止まらないだろ?」


 城から逃げる時に見たな。思い出すと危険なオーラを纏っていた気がする。あれの相手したくないなぁ。

 表情に出ていたのか、ナイトがニヤつきだした。


「手伝ってくれても良いんだよ?」

「救護班に戦わせるなよ」

「それも残念だ。ところで知り合いの子に会いに来たんだろ?」

「そうだった。どこら辺にいるの?」

「もう少し先だよ」


 そう言って指したのは海辺の最前線。


「そんなに戦いしたかったのか?」

「いや、フカツとか言うのをかけて回ってるんだ」


 なるほど、俺とは違った救護班だな。


「洗脳兵が出たら、そっちメインになるだろう。それまでだな」

「ちょっくら見にいくよ」

「こいつ、結構強いから助かってるよ」


 ナイトがくらげを撫でている。


「お礼なら毒物をあげると喜ぶぞ」

「毒が好きとは変わった生物だな?」

「そういえば、ゾンビも毒持ってるよな……」

 ブルブルブル!


 いかん。くらげが震え出した。


「じゃあな!」

「おい! 震えてどうした!?」





 さらに海側へ進み、カオルと海野さんを見つけると、ちょうど治療しているところだった。


「ふぅ。聖水茶のおかげですね」

「褒めてるのに嫌な顔はするんですか?」

「それとこれは別です……」


 タイミングは悪かったかな。


「様子を見に来た」

「「実さん!」」


 驚いて振り向いてきた時、知らない生物が肩に居た。


「え? そいつどうしたの?」

「この子は、さっきゾンビに襲われているところを助けて、友達になったんです」


 友達なの?

 どう見ても蜘蛛だよな?


「私もどうかと思ったんですけど、動きは可愛かったりします」


 海野さんが言うように、ピョンピョコ跳ねて可愛げはある。


「ただ……。その子の親が怖くて」


 その言葉をきっかけに、地面から大小様々な蜘蛛が湧き出した。


「うわぁ! カオル! 全部従魔にしたのか!?」

「いえ。友達はこの子だけですけど、親もそれなりにパス繋がってます」


 それなりってなんだよ!?

 よく見ると、蜘蛛の出て来た穴の先がある。


「地下のゾンビも倒してくれてるんです」


 そう言って、カオルは1番大きな蜘蛛の頭を撫でていた。

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