第130話 エリンという存在

 出発後、アオイがコソコソと尋ねてきた。


「実さん。そちらの方ですけど、エルフですよね?」

「まぁ、そうだよ。正確には違うけど、紹介されたんじゃないの?」

「いえ。いきなり来られて、『ノールはどこ』と聞いてきたので」


 なんも説明してないのか。後ろを見ても、本人は精霊と戯れているだけで、全く気にした様子も無い。


「エリンさん。自己紹介してないんですか?」

「え? そうだっけ。どっちでも良いかと思うけど。ほうほう」


 急にイツキの顔を覗き込むと、ニコリと笑って機嫌が良くなる。


「ふふ。ノールの弟子かな? でも、変な気配もする」


 当のイツキは、赤くなった顔を隠そうと後ろ向きになっている。

 そんなことなどお構いなし、エリンは彼の頭にチョップをかました。


「いてっ!」

「おっほぉ! 抜けた抜けた」


 なんか付いてたか?

 俺も弾いたはずだったんだけど、見逃しがあったのかな。


「君。スキルもらったでしょ!」

「え? もらいましたけど、それがどうかしましたか」

「ザーンネン! 君とは相性最悪。かえって覚えづらくしてるよ。ね?」


 そうだったのか。

 全然しらなかった。とは言えない雰囲気。


「ま、まあね。いつ外そうかと思ってたけどー?」

「じゃあ、ノールも自分の外しなよ」


 やり方がわからない。


「んー。どうやったものかなぁ」

「まさか、やり方知らないの?」

「……しらない」

「へっへっへ」


 後ろから衝撃が来った時には、目の前は地面だった。


「じゃあ私がやったげる!」

「ぺぺっ。後から言わないで下さいよ」


 口の中がジャリジャリする。


「はぁ。嫌な目にあった」

「でも、変なの取れたでしょ?」


 確かに、ほんの少し嫌な力は無くなった気がする。元々が気にならない程度だったので、効果があるか微妙だけどね。


「オレたちだけで良いの?」

「俺はそこまで気にしてなかったからなぁ」


 エリンを見ると、すでに興味が無くなったのか、また精霊達と遊び始めた。


「まぁ、相性って言ってたから、良いんじゃ無い?」

「はぁ」


 俺もしょっちゅうやってるけど、気の無い返事はあんまり良く無いんだよね。気が抜けるって言われるように、気がこぼれていくから。

 それでもやっちゃうのは、それを意識して気を使っちゃうから。と言い訳させてもらう。

 それをイツキにも伝えておく。


「というわけで、出来るならイツキはため息をやめた方が良いよ」

「うーん。気に留めておきます」

「そのくらいで、ちょうど良いね」


 出発初日の夕飯。

 今回は俺が待ち遠しかった例のアレ。

 3人もわかっていたのか、報酬を貯めて食用の油を買い込んでいた。


「さすがだ! 良くわかってるね」

「もちろんです!」

「俺は醤油つけるんだ」

「私は塩で」


 比較的安めの油だったが、それでも高価だったと言うので、ギリギリ揚げられる程度に薄く敷く。

 即席の箸を突っ込むと、パチパチと弾ける音が聞こえてくる。


「よし。入れるぞ」


 みんなの顔を見返した後、衣をつけた野草を1つずつ投入していく。

 ジュアアアと、連続で弾ける油。

 周囲からは固唾を飲んで待つ者達。

 そこかしこから、生唾を飲み込む音が止まない。


「そ、そろそろ」

「まだだ。色が薄いぞ」

「なんかすごい料理みたいだね」


 エリンも気になって覗きに来ている。

 ぶるぶると、震えるくらげ達も見守っている。


「よし。まずは1つ」

「おぉ。おいしそう。あっつ!」

「へ?」


 気づけば、揚げた天ぷらはエリンの口に。


「ほふほふ。これおいひー。メサちゃんも半分どうぞ」


 ぷるぷるしながらメサも取り込み、俺の箸には空気だけが残る。

 だが、これは想定内。

 次弾の準備は整っている。


「……次を揚げよう」


「次……」「次だ!」「まだだ!」「残っている!」


 気づくと衣のタネが無くなっている。

 半分量とは言え、このハイエルフのどこに天ぷらが入り込んでいるのか。

 膨れた腹など無く、変わらないスタイル。

 ただ一言「久しぶりに満足するごはんだったわ」とだけ。

 その横では、一緒に食べてた従魔も満足げにしている。


「だ、だれか。小麦の残りは無いか?」


 かえってくるのは、虚しく振られる首だけ。


「実さん。次の村で買いましょう」


 カオルの慰めも悲しさを誘う。

 だけど、それしか無いので、了承する。


「うん。もう今日は休もうか」




 その後、人間4人は、何も食べずに朝を迎えることになった。


「朝は私たちで作りますね」


 カオル達は、日光浴をする俺に声をかけると、返事を待たずに料理を始めた。


「なかなか良い子達じゃないか」


 昨日のことなど気にせず、いつものように、軽く声をかけてくるエリン。

 その様子を見てると、落ち込んでる自分が馬鹿らしくなってきた。


「エリンは、あとで山菜でも取ってきて」

「おや? もう敬語は使わないの?」

「意味もなく使うのは、馬鹿らしいと思っただけだよ」

「へへへ。良いと思うよ!」


 言い切ったと思えば、すでに形は無く。遠くの森に気配だけ動いている。

 俺も飄々ひょうひょうとしていると言われていたが、自分以上の存在を見ると、まだまだ固い性格な気がしてきた。


「あんな風になりたいとも思わないけどな」

「ご飯できましたー!」

「今行くよー!」

「ゎーぃ……」


 あんなに離れてるのに聞こえてるのか。

 エルフも何人か見たことあるけど、ここまで差があったとは思えない。

 やっぱりハイエルフになると、基礎能力が相当上がるのかな?


「実さん冷めちまうよ」

「そうだった! 飯食おう」


 朝食なのに、なぜか山盛り果物が添えられている。

 その横でニコニコ顔のエリン。


「エリンさん。今取ってきたんですか!?」


 自慢げに胸を張って、ちゃんと取ってきたぞと俺を見ている。

 果物は嬉しいので、素直に感謝しておこう。


「朝から果物まで取ってきてくれて、ありがとね」

「ノールと私の仲じゃないか! いつでも言ってくれ!」


 なぜか、俺と話す時だけ、テンションが高くなる。


「エリンさんは、ノールさんを気に入ってるみたいですけど、どこでしょうか?」


 エリンは、何かと俺を気にかけてくれていたし、遠回しに助かったこともある。なんでそこまで、気に入ってるのか、俺も知りたいところ。

 ついでにイツキ君も気にかけてるので、なぜか知りたい。


「簡単に言えば同族だからかな?」

「え? 実さんはエルフじゃないですよ」


 その通り。

 人間かと言われると、微妙なところだが、俺は人間だと思っている。


「そういう分け方はしてないかな。私たちは寿命が長いから、一緒の時を過ごす者を同族として扱ってるんだ。実はエルフより長生きだし、ハイエルフやハイドワーフと近いと思うよ」

「なるほど、そういうことか。それならイツキを気に入ってるのはなんでだ?」

「ノールは気づいてないの? 私たちほどじゃ無いけど、この子も長命種の兆しがあるんだよ?」


 イツキが? 思いっきり瞑想教えちゃったけど、なれるのかな?


「オレが長命種に? 実感無いけど」

「イツキ長生きになっちゃうの?」


 アオイが少し悲しそうな顔をしている。


「今すぐ気にすることでも無いでしょ。だけど、そういう理由だったのね」


 俺個人としてはすごく納得した。


「そうだね。と言っても、長くて500歳程度じゃない?」

「そんなもんか。ドワーフの長老が500歳とか聞いたっけ」


「そんなに!?」「なっが!」「十分です!」


 驚いてるけど、俺たちからすると、500年はそれほどじゃないしなぁ。


「私は最初から長命だから、その感覚はわからないわね」


 俺も寿命考える前に長命になったから、わからないです!

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