第108話 呼び出しと依頼

「1週間かかってしまったが、とりあえず試作品の完成だ」


 実物を目にすると感慨深い。

 これを作る為にどれだけの年月をかけたことか。


「ノールさんが泣いてる」

「放っておいて良いわよ。たかがラーメン作っただけで泣いちゃって」


 たかがだと?


「この世界でこの一品を作る為にどれだけ苦労したか!初めに全てを無くしニンニクを見つけるまで」


 それから、みんなにはこれまでの制作秘話を語っていく。


「だから小麦にかん水が含まれない」

「ノールさん! ノールさん!」

「ん?どうした?」

「麺伸びちゃってますよ」


 振り返ると、汁気を全て吸い尽くし、肥えてしまった麺が待っていた。


「くそぉ!俺の第1号がこんな目に。安心しろ。必ず最後まで食ってやる!」


 口の中で噛んでみても歯応えが無い。

 味も魚醤の臭みが入って完璧では無いが、麺が更に悪化させてしまった。


「うわぁ。涙流しながら食べてるわ」

「トモエさんが変なこと言うからだよ」

「あまりラーメンのことは言わない方が良さそうですね」

「うん」


 第1号は塩気が強いぜ。




 とりあえず、作る準備が出来たから、屋台出して売ってみる。

 これでも、王都で経験あるから大丈夫だろう。


「作ったタレと仕込んだ麺と具。それにトッピング」


 1通り並べて売り出す。


「1杯、大銅貨5枚っと。開店! かいてーん! 麺ゴロー食わねぇか?」


「何が食わねぇかだ! こっちの邪魔すんじゃねぇ!」


「うるせぇ! 売れない魚出してるくらいなら、こっちの手伝いでもしやがれってんだ!」


「なんだとぉ!」


(喧嘩か?)

(おぉ。昼からやるじゃねぇか。)

(ゴンズと相手は誰だ?)

(麺ゴローとか言ってたぞ。)

(ゴローか。)

(なかなか気合い入った名前じゃねーか。)


 お互いポコポコ殴り合いながら口撃していくと、野次馬が割れて強面のおっさんがやってきた。


「おい! 昼間っから何やってんだ!」


 良くみるとギルドのおやっさん。


「何って、こいつが文句言うから」

「商売の邪魔だって言ってるんだ」

「俺も商売だよ! そっちも売れてねぇじゃないか!」

「むむ。言ってはならんことを!」

「うるせぇ!」


 頭に鈍い衝撃を感じると少し冷静になれた。


「む、ちょっと言いすぎたかもな」

「いや、俺も言い方が悪かった」


 その様子に周りも頷いている。

 これにて一件落着。

 さて、ちょっと離して店の準備を。


「ノール。ちょっと待て」

「え?」

「お前城に行ってないだろ」


 なぜ知っている。


「何のことかなぁ?」

「あれからギルドに2度も兵士が来てるんだよ! 早く行ってこい!」

「うひゃあ」


 おやっさんの拳から逃げるように、手作り屋台を引っ張って城へ向かった。


「殴らんでも良かろうに。城かぁ。面倒だなー。嫌だなー」


 そんな愚痴を言ってたら到着してしまった。

 門兵が訪ねてくる。


「何ようだ?」

「なんか城に来いって言われました。召喚されたノールです」

「なにぃ? 待ってろ。わかる奴を連れてくる」

「用事が無かったら帰るだけなのでお構いなく」

「必ず連れてくる! 待ってろ!」


 連れてこなくて良いってのに。


 しばらくしてやってきたのは、以前交渉したメイドだった。


「確かに間違いありません」

「そうか。入って良いぞ。ただし、その荷車は置いてって貰うか」


 ボロボロだから仕方ないか。

 メイドに案内されたのは小さく質素な部屋。


「何の用か教えてくださいよー」

「すぐに来るので待ってください」

「水もお茶も出ないし、俺は用事無いんだけどなぁ」

「ちっ」

「今舌打ちした? メイドが舌打ちした?」

「してません」


 しただろ。

 本当にこいつがメイドなのか?

 動きからして、武闘家だろ。


「すまん。待たせたな」

「あれ? 料理長?」

「なんだ? 聞いてないのか?」

「いえ。何も聞いてません」


 2人でメイドを見るが、素知らぬ顔をしている。


「料理長。本当にこれがメイドなんですか?」

「変わってるが、ちゃんとメイドだ。はぁ」

「ふん。では、私は戻りますよ。わかってると思いますが、晩御飯は」

「ちゃんと肉出すよ」

「ふふん。良いでしょう」


 あれで報酬せびってるのかよ。


「本題に入るか。この前のシナモンの追加が欲しい。まだ残ってるか?」

「残ってはいますが、どのくらいだったかな」


 自分用に2切れは欲しい。

 ふところから渡せる分を取り出す。


「5切れですね」

「十分だ。ちなみに新しく手に入れることは」

「難しいです。大陸の西端まで行けばあると思いますけど、あとは近場に生えてたらですかね」


 料理長は難しい顔をするが、切り替えは早かった。


「無いなら貴重品とでも言うか。もし見つかったら作ってみてくれ」

「わかりました」

「あとは、ギルド長から採取が上手いと聞いた」

「まぁ、そこそこ」

「近くに生えているのはわかっている。これを探してくれ」


 茎付きなのはわかりやすい。

 互い違いに生えていて、先の方の葉は若干波打っている。


「ここでは何て言うのか。俺の地域では月桂樹げっけいじゅと呼んでました」

「ベイリーフだな。知ってるなら早い。茎も込みで長めに取ってきてくれ」


 腕の長さ位を示してきた。


「それならお祝い事ですかね?」

「よくわかるな」

「そういう祭りを見たことがあるのでね」

「そうか、じゃあ」

「ただし、もう少し範囲を絞って欲しいです。物は知ってても地理が全然なので」


 そう言うと手を叩いて、小さな羊皮紙を出してきた。

 紐を解いて巨大な湖の横あたりを指す。


「ここの辺りで見かけたと言っている」

「名前通りベイの近くか」

「この地図はやるよ」


 地図って大事じゃないのかな?


「国防の問題とかあるんじゃ。もらって良いんですか?」

「その程度なら少し金を積めば買えるぞ。渡すのは投資だな」


 ありがたく地図を貰って、シナモン分の金貨40枚も受け取った。

 ベイリーフは成功報酬で、期限は2ヶ月後まで。

 早速戻って準備しないとな。

 探索気分でうきうきしている。


 門に近づくと門兵が難しい顔をしていた。


「どうかしましたか?」

「あ、戻ってきたか。申し訳ない」

「俺からもスマン」


 両サイドの兵が謝ってくる。


「何が何やら。……え?」


 俺の屋台が崩れ去っていた。

 吊るしてたチャーシューも消えている。


「なんで?」

「3人の勇者殿が不快だと言ってな」

「門兵では口答え出来んのだ。せめて上級兵だったら」

「どんな奴?」

「いや、勇者殿だぞ」


 そんな文言とかどうでも良い。


「俺も召喚された者だから、言っても良いはずだ」


 一息入って兵士が答える。


「そうだな」

「だが、城から出た者だぞ?」

「我らでは何も出来ないんだ。教えて対策してもらうしか無いだろう」

「それもそうか。3人とも色付きの髪で、耳にアクセサリーをつけている。男2人と女1人だ」

「名前は勘弁してくれよ?」


 ゆっくりと頷き、そのまま門を出る。

 崩れた屋台から鍋などの料理道具をかき集め、足早に家へ戻った。


「ノールさんおかえり。どうでした?」

「悪いな。ちょっと出てくる。晩飯は自由にしてくれ」


 それだけ言って森へ直行。


「まったく。あの3人やってくれるじゃないか。弱者の仕事を見せてやろう」


 夜まで待っててくれよ?

 俺の心が震えている。

 ゴブリンはあっちだな。

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