第90話 峡谷と洞窟


 獣王国とブルーメン。

 この2つの国を分断する霊峰は、変わった形をしている。

 通常の山脈は複数の山が連結する形だが、霊峰はぶつかり合ったプレートが隆起したように切れ目が無いように見える。

 この霊峰は、西の聖教国と獣王国の国境から始まり、東の海まで続いている。


 その霊峰の洞窟について面白いことを聞いたので、日記にメモしておく。

 まず、モール族だが、かなり古い歴史を持つ。

 口伝のみで資料は無いが、獣人族が来る前から居たと伝わっているらしい。

 他の種族にも知られており、最も古い獣族と言われる。

 この国の中では、それが気に食わない者もおり、街の出来事もそういった理由がある。


 洞窟の話に戻す。

 モール族の話だと、中は相当入り組んでいてかなり深くまで続いている。

 その洞窟の多くは自然に出来ていたもので、入り口はいくつもあると言う。

 その中の1つに特殊な地形と、そこにある入り口の逸話が面白い。


 霊峰の裾野部すそのぶに、ポツンと高い山が1つだけあり、その2つの間の峡谷きょうこくに深い洞窟がある。

 長年掛けて、潜っているが、未だに底は見えない。

 無数の分岐がある中、6代前の者が、1つだけ最奥に辿り着いた。

 そこで見つけた物を持ち帰り、それが今俺の手の上にある。



「面白いだろう。最奥にはそれがいくつも転がっていたらしい。特殊な鉱石なのか、人工物なのか……。当時の者達も道を覚えきれなかったようでな。穴に入った勇敢な者達が多く死に、儂も挑戦したが、辿り着けなんだ」


 分解した形跡がある。

 半透明で網目の走る円形の板。

 棒状の筒状の軽い金属。

 中には、小さい金属部に幾重にも螺旋が型取られ、先端には割れたガラス。


 どう見ても小さめの懐中電灯だよな。

 古代は相当文明が栄えていたのかもしれない。


「面白いね。前入った時は何日潜ったの?」

「2ヶ月じゃな。食料が持たなかった」


 なるほど、それなら俺は適任だな。


「行こうか!」

「そう言うと思うたわ。ドリー!」


 爺さんが呼ぶとすぐに来た。


「爺さん呼んだか?」

「お前の夢が叶うぞ」


 首を傾げていてドリーは分かっていないようだ。

 爺さんから、これまでの経緯を話す。


「ノールが行くのか!? 良いな! 誰も行きたく無いって…。やっとだ!」

「1人じゃダメなんじゃ。最低2人以上で行けと教えがある。そして、儂の後は誰も行っておらん」


 後ろで珍しく喜んでいる。

 いつも落ち着いてるんだが、ここまで喜んでるのは初めてだな。


「準備を始めないといけないな」


 爺さんから話を聞くと、洞窟の中には、いくらかの小動物と魚がいるらしい。

 魚がいるってことは水もあるな。

 あとは、保存食と灯りだな。

 保存食は得意だから良いが…。


「灯りが問題だな」

「2人にはこれを渡す」


 爺さんが壁から取ってきたのは、ランプ?


「魔導ランプ。祖先から受け継がれた物じゃ。魔力を流すと灯がつく」

「あの洞窟に入る奴に渡す風習があるんだ。これであとは食料だな」


 洞窟か。

 オスクはダメだから留守番だな。

 一応メサに声かけてみるか。









「なんであんた達が来るんだよ」

「研究者2人を置いて探索なんてありえない!」

「そうだぞ。奥まで行けたら私たちは役に立つぞ!?」


 メサに話していたのが聞こえていたのか、いつの間にかやってきて、2人とも連れて行けと煩い。

 メサは行くと伝えてくる。

 ほとんど毒蛇のイメージしか来ないがな。

 オスクも一応声をかけたが、やっぱり洞窟は嫌みたい。

 留守番を頼む。




「そういう訳で、2人連れてくんだが、お守りは必要だと思うんだ」

「確かに居たほうが良いけど、誰が行くんだよ? みんな行くの嫌がってたんだぞ?」

「心当たりがある。それにもうすぐやってくると思うんだ」


 とりあえず、6人と想定して準備することにした。

 保存と縮小化でそれなりに持っていけるが、そのままじゃダメだよな。

 乾燥や塩漬け、ハチミツ漬けも作っておこう。

 あとは……。


 ぷるぷる。

 こいつらは必要だよな。

 乾燥させて持っていこう。







 ◆ ◆ ◆



 2ヶ月後。


「やっぱりバートはダメだな。今回は俺だけだ」


「いや、それでも助かるよ。みんなにも言ってるが、この人がゲイルだ。一応軽戦士だけど、何でも出来る優秀な人だ。特にそこの2人! 指示には従ってよ?」

「わかってるさ。な?」

「そうだとも。我々目的は同じだ。邪魔しないさ」


 調子の良いやつらだからな。

 ちゃんと見てないと横道行ってしまうかもしれん。


「ノールが振り回されるのも珍しいな」

「ここに来てからこんなもんだよ」

「いや、お互い様じゃないか?」


 ドリー君からはそう見えてるらしい。

 非常に心外だが、今の私は寛容なのだ。

 決して浮かれてるわけじゃないぞ?

 洞窟に入るのは楽しみだが……。


「さぁ行こう!」

 ぷるぷる。


 それぞれが荷物を持ち、俺だけ小さな荷車を引いている。

 作ったんだよ。

 屋台から水道だけ持ってきて、クッションと大樽を乗せている。




 歩くこと3日。

 峡谷は深く、ドリーが道順を知らなければ降りることすら出来なかった。


「そこだよ!」


 ドリーの指す方を見ると、滝の横に暗い穴が見える。

 最初に見つけた奴は、偶然か?

 教えてもらわないと普通は来ないよな。

 ここは俺でも経路から外すよ。

 ただ、そのせいか自然の気が強い。



「何してるんだ?早く行こう」


 ドリーが待ちきれない。

 入り口に荷車は入りそうだが、場合によっては、途中で置いてかないといけないかもな。



 ドリーを先頭にゲイル、俺、ジールと教授、最後にメサ。

 最初は俺が後ろに行ってたんだが、足元が見えづらくてな。


「ゲイルはこういう所も行くのか?」

「無いな。俺らも5級に上がったが、それでもこの依頼は回ってこないだろうな」

「5級になったんだ。おめでとう! それにしても、洞窟とかは人気無いのかな?」

「いや、単純に実力不足だな。聞いた話だと、上級レベルの依頼だよ」


 そんな難しい内容とは思わなかったが、今回はメンツが良かったから参加したそうだ。ドリーの案内と食料事情の良好。到着時には研究者がいる。

 それに毒に強いメサがいる。

 たまたまだが、これだけバラバラの人員が揃うことは無いそうだ。


 確かに……それを聞くと2人だけで行くより良かったかもしれないな。



「ドリー。分岐多いけどどうする?」

「爺さんの話だと、最初の経路は先祖の通った後が当たりらしい。マーカーつけてる道だよ。ここまでが分岐5回だよな。あと10回は人が通った後を行く。そこからはそれ以外を調べてないらしい」

「通った後って、一度も間違えてないぞ? だとすると、その6代前って道を間違えなかったってことか!?」

「そういうことになるな……。我ながらご先祖さまは偉大だったと思うよ」


 呆れたご先祖さまだな。何をどう調べたらそういう選択になるのやら?


「ふは。これを聞いたら王都の奴らが煩いだろうな」

「ゲイル。あいつらは何もせずに愚痴しか言ってないんだ。比べるほうがおかしい」

「私も教授の言う通りだと思う。ファングみたいなのばかりだと思ってたよ。思ったより亡き祖国と変わらなかったな」


 それぞれ感じることがあるようだが、大変なのはこれからだぞ。

 わかっているところまでは、その日のうちに到着したが、そこからが難しかった。



 俺と教授はモール族と何度か潜っているので、経路を相談しあっている。他2人にも、洞窟の見方を教えながらゆっくりと進む。


 3日目に行った経路以外にメサが反応する。

 前にもあったが、毒蛇のどん詰まりだったよな。


「メサ。あまり時間は無いぞ?」


 ぷるぷる。

 ちょっとだけで良いらしい。


「2時間だけ行ってみたい」


 それならと了承してくれたので、メサの先導で進むと水の音がする。


「なるほど、ここが爺さんの言ってた魚の所か」

「掌サイズはあるな。毒じゃなければ取りたいが」


 ゲイルの言う通りだ。

 メサを見ると毒じゃなさそうだ。

 むしろ反対の壁に張り付いている。


 手分けして捕まえていくと、20匹も捕れた。

 これでもまだ沢山泳いでいる。

 よく見ると見えているようなので、滝の水がどこかで繋がってるのかもしれないな。


「メサ。どうす……もう良いんだな」


 触手の先にピクピクしているトカゲが多数見える。

 そいつ毒かよ。

 見た目じゃ分からないもんだな。



 分岐まで戻り、今日はここで休むことにした。

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