第86話 バート邸1
「それで、何でまた獣王国に来たんだ?」
「実は植物紙の日記帳を探していて」
「なるほど、ここは交易が盛んだからな。だけど、植物紙なんて高級品じゃないと使えたもんじゃ無いけどな?」
俺は今、隊長と一緒に昨日の酒場に向かっている。
ドリー達を迎えに行くためだが、その後もバートの家まで送ってくれる。
元々案内するつもりだったらしい。
それならそうと言ってくれれば良かったんだが、忘れてしまったなら仕方ないな。
「こんちはー。ドリーと爺さんいる?」
「あいつなら宿に行ったよ。もうすぐ飯食いに来るから待ってな。なんか食うか?」
軽食は食ってきたが、何も食わないと失礼か。
隊長と話して、ここでも軽めにもらうことにした。
「そうだ! 持ち込みってできる?」
「おい! 昨日のあれじゃないよな?」
「違うよ。山で取ってきた奴だよ」
「物によるが、ほうほう。これなら良いぞ」
了解をもらえたので、頼んでおく。
しばらく待っていると、料理が運ばれてきた。
「キノコシチューだ。昨日の残りに入れたから銅5でいいぜ」
言われた額を渡したところで、隊長に止められた。
「これは何だ?」
そう言って摘み上げたのは、網目状のキノコ。
「それが渡した奴だよ。毒は無いから大丈夫。いただき……じゃなくて、地の神に感謝を!」
1人先に食べ始める。
隊長は、まだ手をつけてない。
そこにドリー達がやってきた。
「ノール! 大丈夫だったか?」
「大変だったらしいの?」
昨日の経緯を話すと、納得されてしまった。
「お前すごい臭い出してたからな、しょうがないよ」
「わかってくれるか! 苦情がすごくて大変だったのだ!」
今来た2人にもシチューがやってきた。
「ほほほ。雲網キノコとは豪華じゃの」
「そこの人族が持ってきたやつだよ。朝食分の限定品だ」
「自分も食うのは久しぶりだ。早く食おう」
軽く祈りを捧げて、口をつけ始める。
「店長。そんな良い物なのか?」
「辿り着く前に消費されちまうから、首都じゃ食えねえな」
「そうなのか。よし」
覚悟を決めたのか隊長が食べ始める。
「うおぉぉ! 今までに無い歯応えだ。ぷつぷつ切れる食感が良い! ずっと噛んでいたくなる。それにこの香り! 弱めだが、軽い土の香りと爽やかさ。これなら届く前に食われてしまうのも頷ける」
「よく持ってたな? 見つけるの大変じゃないか?」
「そうでも無いよ。あの山は人が入ってないし、動物はあまり居なかったからね。結構生えてるよ?」
「そうなのか? それならもっと食えるようになって欲しいが……」
それに爺さんが反応する。爺さんの話だと簡単では無いらしい。
俺が取ってきた場所が問題で、まず霊峰で取ったこと。次に雲網キノコの生える場所。名前の通り雲が触れるほど高い位置に生える。そして、山の高い位置にはロック鳥が飛んでおり、一歩間違えば食われてしまう。
時折、若干低めの位置に生えるので、それを収穫してみんなで味わうのが習わしとなっている。多めに取れた時だけ他の集落へ渡す。だから、山間の住人しか食べる機会が無いのだろう。
「そうだったのか。しかし、このうまさは病みつきになりそうだ」
そこで、10人程客が入ってきた。
(んー。良い香りだ。なんだっけな?)
(俺も嗅いだことあるぞ。)
(確かに良い香りだが、俺は知らんな?)
(これって雲網だろ!)
そんな声が後ろから聞こえる。
それに店長が「今日はシチューのおかわり無し」と言い渡した。
「知ってる者も結構いるんだな」
この店は出稼ぎ組がよく食べに来る。山側から来た人間も多いため知っているのだろう。そんな店なので、モール族が店に入っても居心地が悪く無い、数少ない店なんだとか。
「さぁ、飯も食ったし、そろそろ行こうか」
ドリー達には、飯を食いながら話を通していた。
バートのところに行くぞ。
後ろでワイワイ騒ぐ中、店を後にする。
「本当に自分達も行って良いのか?」
「良いの良いの。ジールの世話してるんだから、様子も伝えた方が良いでしょ?」
ドリーが心配してるのを宥めながら進むと、目的地前の門が見えてきた。
そこで門番に止められる。
「ここから先は中心街だ。何用か?」
紹介状を見せて中に入ろうとすると、今度はドリー達が止められる。
「その人達も同行人なんだけど?」
「モール族は入れられんなぁ」
隊長さんを見てもお手上げだ。
管轄が違うと言って、何も出来ないとか。
「儂らは良いから、行ってきんさい」
「そんなこったろうと思ったよ。朝のキノコでチャラだな!行ってこい」
2人共笑って送り出してくれたが、あまり良い気分ではないな。
謝罪として、残ってた雲網きのこを2つ渡して、先に進むことにした。
「ああいうことは、よくあるの?」
「たまにそういう話は聞くが、正直わからんな。中心街勤めの奴は、訓練時代の教官も違うからな。そういう教えなのかもしれん。バート殿の方が詳しいだろう。聞いてみれば良い」
そう言いながら、ブルっと体を震わせていた。
隊長の手前出来なかったが、金を握らせたら通れただろうか?
あの感じだと、毟られて終わりかもしれないな。
「着いたぞ。案内はここまでだ。じゃあな」
隊長は仕事があると、中心街の奥に消えて行った。
「バートさんに会いにきました」
そう言って警備員に紹介状を見せると、手を上げてどこかに合図している。
すぐに案内人が到着し、連れられて中を歩いていくと、なんとも豪華な家だ。
「へぇ。薬草も育ててるんだ。手入れも良いね」
良い薬草畑に思わず溢れてしまった。
「良くおわかりで。あまり知られてないので、ほとんどの方が気づかれないんですよ」
確かに多くは生えてない種類かもしれない。
だから、手間をかけて育てているのかと、勝手に納得してしまった。
「お客様を案内致しました」
中から入って良いと声が聞こえたので、扉を開けて入る。
部屋は広く、真ん中に20人は座れそうなテーブルが鎮座し、奥側にバートと他2人が見える。獅子人族で雰囲気が似ているので家族か親戚か。それと見えづらい位置に5人。
「良くきてくれたぁ。そこに座ってくれ」
指されたところに座るが、遠くねえか?
正直どういう対応すれば良いのかわからんな。
「えっと、ジール氏から手紙を預かっております」
そう言うと執事が手紙を預かって、バートに渡す。
「なるほど、しばらく向こうで研究するようだな。すまんがジール殿の執事にも見せてやってくれ」
執事が退出していく。
「あ、自己紹介した方が良いか。探索者のノールです。よろしくお願いします」
「兄上はこんなのと付き合っているのか?」
「む。確かに変わった男だが、悪い奴ではないぞぉ」
「俺は付き合えません。失礼する」
そう言って1人去って行った。
なんかやったかな?
「なんか怒ってたけど大丈夫か?」
「まぁ、大丈夫だろぅ。それより、俺の隣のが親父殿だぁ」
「やっと紹介したか。ノール殿だったか? あれのことは気にしなくて良い。まだ未熟なんだ」
家庭事情も大変なのかな。
そう言われるなら気にしなくて良いか。
「戻ったらあんな感じになってたからなぁ。いつから肩書きが好きになったのかぁ」
ちょっと落ち着いたので、山でのことや、来るまでのことを話した。道が整備されていて良かったことや、良い人たちに会ったこと。村の検問。首都について警備に捕まったことや、中心街に入る時の様子とか。
「村ごとに通行料取れるって面白いよね。みんな頑張ってるんだね。あとこの国の管理者も種族も多いから大変だよね」
テキトーに感想を述べていく。
「なかなか面白い出来事があったようだな。頑張ってるその村にはお礼しないといけない。あと仕事に忠実なその門番も褒めなければな」
親父さんも喜んでるようだ。
「そっか、門番も仕事だもんな。勝手に気分悪くなってたけど申し訳ない。それならこれをあげてください。何人か気絶するほど喜んでたんです」
予備の巾着にニンニクを詰めて渡す。
「ぐっ。これは」
「前に親父にも話したやつだぁ。鼻の良い獣人なら一発でコロリだなぁ」
受け取った巾着を使用人に渡し、厳重に梱包するように言っていた。
大事に扱ってくれるのは良いけど、それ食い物だよ?
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