第83話 パロ教授


「始めて来る奴は、だいたい息切れちゃうんだけど」

「森と山は慣れてるんだ」


 小屋を出てから山を登っている。ホーの案内する研究者の家は、山の中腹あたりにある為、洞窟の出口から更に上を目指すことになった。


「あれがその家だよ」


 見えてきたのはレンガで作られた家。ここまで運んできたとしたら、何往復したのか。想像しただけでも、労いの言葉が出そうだ。


「パロ教授。面白い奴連れてきたよー」


 人の気配はある。

 気づいてないのかな。


「また、何か調べてるのか?こういう時は入っちゃって良いから。こっちこっち」

「じゃあ、遠慮なく」


 こういう奴のお約束は、足の踏み場も無かったりするんだが、それなりに整頓されている。若干テーブルに乗ってるが…、思ったより綺麗好きなのか?


「たまに、オイラたちで整理してるんだよ」


 なるほどなと、テーブルの本に触ろうとすると止められる。


「あ、ちょっと待ってくれ。微妙な配置があるんだ。テーブルの上は動かすと怒るから、見るならこっち」


 そう言って床を指す。

 何冊か転がってる。

 こういうのを見ると、やっぱり研究者なんだと思う。


「『大地歴と文明崩壊』ね。面白そうな話だね」

「その話を首都ですると、怒る奴がいるから気をつけてね」


 うへぇ。


「もしかして禁書?」

「いや、そこまでじゃない。頭の硬い奴らがいるんだよ。そいつらが文句言うだけさ。捕まったりはしないけど、面倒だよ?」


 面倒は避ける主義!

 他にも『霊峰とロック鳥』『種神』『獣王国の成り立ち』などがある。


「その本はよく転がってるんだよ。息抜きに読んだのかな?」


 ホーは一冊を摘み上げて本棚の横に置いた。


「こんな感じに片付けてるんだ。一応場所は決まってるから、わからない奴は横に積んどけば良いってわけ」


 他にも薬品だったり、収集物があったりと物が多い家だ。かなり大きい家だと思ったが、そのうち入りきらなくなりそう。


「ホー君? 来たなら言えばいいのに」


 現れたのは綺麗な飾り羽を持った鳥人族。


「パロ教授。いつも言ってるけど、みんな入る時はノックしてるんだよ。教授が気づかないだけだって」

「そうだったな。ところでそちらは?」


 ホーは、教授の言葉にニヤつきながら返事する。


「この人さ。なんと洞窟の向こうからやってきたんだよ!」

「あの穴か。文献にも通じてるとあったし、そういうこともあるだろう」

「っけ。もっと驚くと思ったのにさ」

「本に書いてあったからな。まぁ、王国人ならめづら……その服作ったのか? 神衣にしては作りが少し違うな」


 急に俺の周りを歩き始め、作務衣を摘んだり、めくったりしている。


「首都でも真似て作ったりしているが、これはまた違ったおもむきがあるな。ここの袋は小物入れか? 袋多めで見た目は悪いが、使いやすそうだな。模造品よりは触り心地が良いな。材質はなんだ?」


「ちょっと! まずは紹介させてくれよ!」

「ん? 紹介まだだったか? すまん」

「気になるとのめり込んじゃうからな。この人がパロ教授。昔は首都で先生やってたらしいから、そのまま教授って呼んでるんだ」


 この手のタイプは何度か会ったことがある。バートに紹介された男も同類だったな。そういえば、そいつも獣王国行ってるんだっけ?

 長々と話してる時はボーっとしてるだけで良いから、慣れると楽だよ。

 俺の紹介も終わると、服について色々聞いてくる。隠すことでも無いから、答えていく。


「ノール氏の故郷でもそういう服があるのか。興味深い話だが、場所がわからないとはなぁ。私も知識は豊富だと思っていたが、その『にほん』という国は知らないな」


 試しに、色々な国名を聞いてみるが、全部知らなかった。地域の名前を知ってたりするが、そういうのは被ったりもするからな。

 昔読んだ異世界転移の本を思い出す。

 転移した少年少女が世界を救うんだっけ?

 おじさん転移させても、何も出来ないんだよね。


「それで、気づいたら森の中に居たと。妖精の穴に入ったか?」

「何それ?」

「王国では知られてないのか? 妖精しか入れない空間に紛れ込んでしまった人が、気づいたら全く知らない場所に飛ばされていたという話だ」


 昔話のたぐいかな?


「聞いたことないな。知り合いのエルフには転移じゃないかと言われたよ?」

「エルフか。いつの話をしてるか分からないけど、転移なんて大魔法こそ、もう出来る奴はほとんどいないだろう。500年前は居たと聞いてるが」


 500年か。

 サグがそのくらいとか言ってたっけ?

 いや、それ以上か。



「その話も良いんだけどさ。植物紙の日記を探してるんだって。首都のあれって見せられないの?」

「あれって種神の本か? あれは偽物だぞ?」

「え!? じゃあオイラ達は偽物を見せられてたのか!?」


 種神、食料をくれたっていう神様。その本は戦争で燃えてしまっている。博物館にあったのは、精巧に作り直した物で、横に説明書きしてあったという。ホーは見てなかったようだ。ただし、中身は壁画で残っていたり、部分的な写本がある。この家にも写本があるそうなので、見せてもらうことになった。


「私もノール氏の話を聞きたいから、しばらくこの家に住みなよ」


 その言葉で、住み込みが決まった。





◆◆◆





 パロ教授は、研究以外頓着しない性格で、俺が何してようが気にしない。

 住み込んで1週間は、少し落ち着かなかったが、その後はやりたい放題している。


 家の前に畑を作ってメサに管理させ、隣に小屋を何戸か作って物置にしている。

 森と山と聞けば、止められないのが植生調査。

 さらに、家の裏手に良い場所を見つけてしまった。

 細い川の横に大きな岩がある。

 最初は釣りだけをしていたんだが、どうにも止められず、瞑想を始めてしまった。


 ちょっとだけのつもりだったんだよ。

 最初は1日だけ、1日だけ、1週間だけ。





「またここか。オスク君。やってくれたまえ。クルルル」


 ピィィ!


 体に衝撃が走ると天を向いていた。


「やぁ。良い天気だね」

「同じ長命種だが、私でももう少し時間感覚はあるぞ?」

「そう言われてもねぇ」


 最近は教授とオスクに意識を戻されるのが日課だ。いや、週課?

 教授も言ってるが、同じ長命さん。年齢は知らない。

 ここで瞑想してる分だと呼びにきてくれるけど、もう一箇所良い場所を見つけてしまった。

 山の上側にある谷間。

 自然の気が濃くて本当に良いんだ。

 ただ、瞑想始めたらメサくらいしか来れないと思っている。

 今はちょっと我慢してる。




 家につくとホーが居た。


「ふふふ。ここまで教授を動かす奴は初めてだよ」

「笑い事では無いよ。全く。私の研究が進まないでは無いか。キュルル」


 ぷりぷり怒っている時は、最後に鳴き声が入ってしまう癖がある。


「申し訳ないと思ってるんだけど、どうしても止められないんだよね」


 瞑想の誘いが……。


「教授と同じだね!」

「む。そう言われたら仕方ないな」

「それより、ちゃんと伝えたの?」

「そうだった! ノール氏。明日客人が来るから、君も居てくれ」


 なんで俺がと思ったが、その客は元王国から来た人間らしい。それだったら、そこから来た人も居た方が話が進む。そういうことだ。

 なんでも、それなりの役職の人が帯同していて、断りづらい話らしい。

 断る前提で話を聞いていたのか…。


「別に居ても良いけど、滅んだ国の話とか面白く無いよ?」

「気持ちの問題だ。私の気持ちのな!」

「明日の午前中に来る予定だから、よろしくね!」


 それを言うとホーが帰って行く。

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