サバイバル能力に全振りした男の半端仙人道

コアラ太

第0話 その男、珍妙につき

 大自然溢れるこの森には、変な男が住み着いている。


 先住民は二足歩行の獣。


 彼らは言葉を話し、自らを獣族と言っている。

 数百年程前、この森に村を作り、そこで共同生活をしているという。

 彼らをまとめる人物はエルフという種族で、精霊を見ることが出来るらしい。

 まさに物語通りの見た目で、スラリとした体躯に品のある雰囲気を纏う。


 変な男の話に戻るが、この男は村に住まずに森に小屋を何戸も作っている。

 その小屋に住んでいるのかと言うと、転々と寝泊まりし、木や岩の上にいるのも良く見かけられている。

 その男の話だと、瞑想するのに良い場所らしい。

 確かに木漏れ日が差したり、風通りが良かったりするが、獣族にもわからない感覚をしている。


 獣族からは『薬人』と呼ばれている。

 名前が言いづらいというのもあるが、人嫌いの者が多く、以前は侮蔑した名で呼んでいた。

『毛無し』『短耳』『冴えない顔』色々あったが、今ではそれなりに良い関係が作られた。



 __________________


 今日は天気も良く、村の広場は盛況だ。

 そこで、猫とタヌキに似た獣族が数人集まって談笑している。


「最近。薬人が山で変な植物見つけてきたらしいにゃ」

「変なって、どんなのです?」

「ちっちゃくて、すごい硬い実なんだけど、すり潰して生地にすると美味いんだってにゃ」

「ちっちゃくて、硬い、生地? 新種の麦かな?」

「いやいや、違うにゃ」


 そこに薄手の服を着た男がやってくる。


「ちょうど良いにゃん。おーい! 新しい種見せてくれにゃー!」


 そう呼ばれてやってきた男。


「やぁ。最近ってどれのこと? これ? これか?」


 そう言って巾着からいくつも種を取り出した。


「相変わらずお前の頭はどうなってるにゃ。それは3ヶ月も前のにゃ。これこれ」


 猫族がつまみ上げたのは、黄色く、丸みのある四角形。


「フリントちゃんね! そいつは良いよ!」

「フリントって言うの? しかし硬いね」


 タヌキ族も摘んでみるが、全く潰せそうに無い。


「フリントコーンって言うんだけど、そいつは擦りこぎや石臼とか使って、ゴリゴリ磨り潰すんだよ。その粉を生地にすると香ばしくて良い味なんだ」

「ほうほう。また、良い売り物が出来そうです。どこで貰えます?」

「ヤギ族に任せたから、後で聞いてみてよ。ところでさ、使ってた棒が壊れそうだから、頑丈なやつ無いかな?」


 この男の話しかけているタヌキ族が、この村の買い出し担当。村外の買い物はタヌキ族が一括して行っている為、男も頼んでいる。

 軽く談笑すると、男が去って行った。


「相変わらず飄々としたやつだにゃ」

「あの冴えない顔で山や森のことは、すごい詳しいんだからね。見た目ではわからないものです」

「同じ人族からも冴えないように見えるかにゃ?」

「どうでしょうね。我々からしたら、人族は毛が無くて特徴も少ないし…。でも、外村の人よりノッペリした顔かな?」


 


 去った男が向かったのは、熊族のところ。


「ベアさん、今日もよろしく。先に東家に行ってるね」


 そう言うと、さっさと移動してしまった。


「あいつも言葉は上手くなったが、行動は変わらんな。俺も向かうから、村長に言ってきてくれ」


 一回り小さな熊に声をかけると、ベアも家を出る。


 


 村の外にある東家。

 2人の男がテーブルを挟んで対面し、そこから一歩離れた場所にベアも座っている。


「ケープ村長に、今日のお土産はこれね」


 そう言って男がサッカーボール大の糸玉を渡す。


「おぉ。良く採ってきたね。鬼蜘蛛も怒ってただろう?」

「ちょっとだけね。おかげでホラ」


 そう言って着ていた服を見せてくる。

 何も変わってないようだが…。


「作り直したんだ。ほつれも無くなって綺麗だね」

「でしょ? 作務衣も頑丈になったし、作って良かったよ」


 他愛のない話だが、最初はほとんど言葉が通じず苦労していた。


 村長だけに通じたカタコトの言葉を、少しずつ覚えさせていって、獣族とも話せる様になったのは2年経ってから。それから3年過ぎて、最近では、共通語も練習するようになってきた。

 言葉を覚えるのは慣れているのか、意外と早い。

 しかし、それ以外の記憶力は村長とどっこいどっこいだ。


「そういえば、村の繭糸渡したのも結構前だったよね? 10年前だっけ?」

「15年くらい前じゃなかった?」


 5年前だ。

 いつものことなので、もうベアも突っ込まない。


「ターさんも、そろそろ村に住んだらどう?」


 男の愛称がターさん。

 村長とベアしか呼んでいないが、村の中では知られている名前だ。

 本名を覚えているのもこの2人だけ。

 馴染みのない名前なせいか、他の者達は愛称だけしか覚えなかった。


「俺も一度そうしようかと思ったんだけどね。森暮らしに慣れちゃって違和感があるんだよね」

「私も最初は、そうだったんだよ。でも、慣れると村も良いよ?」

「村長がそう言うなら…。でも、その前に調べたいことが終わってからかな。山のコッコの世話もあるしね」

「気長に待ってるよ。50年後でも良いよ?」

「そうだね」

「「ははは!」」


 ベアには理解し難い話だが、2人にとっては、決して冗談の会話ではない。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


 そう言ってターさんが立ち上がる。


「また2日後だね」


 2人で握手して別れの挨拶をする。


「ベアさん今日もありがとう。はいこれ。川で取れた魚ね」


 片腕サイズの大きな魚を渡す。


「やった! たまにこれがあるから付き添いも良いんだよな」

「2人ともじゃあね!」


 そう言ってターさんが森に帰っていく。


「共通語も少し慣れてきたようだ」

「そうだね。ところでターさんの本名なんだっけ?」

「また忘れたのか!?」


 村長がすぐ忘れる為、ベアが覚えてなければいけない。


「もう何度目だ? 今度こそちゃんとメモしててくれ!」



 あの冴えない男の名前は『高橋たかはし みのる』。

 突然森に現れた記憶力きおくりょくの無い男。

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