エピローグ

第53話 歴代最強の勇者と、その指導者

 その日。

 帝都はかつてないほどに沸いていた。

 いや、もしかすると、全世界が歓喜に震えていたかもしれない。


 地上にはびこる全ての妖魔ダスクが塵と化したのだ。

 それはすなわち、勇者率いる帝国騎士団によって魔王フォルカスが打倒されたことを意味していた。


 百数年ぶりに開かれた帝都ソル・オリエンスの凱旋門。

 喜びと興奮の歓声を上げる市民が出迎えるのは、正騎士達。

 皆、満身創痍だったが、それを押し退けるほどの喜びと自信に満ちていた。


 そして共に並ぶ各国の混成部隊。

 かつて帝国では難民、異邦人、あるいはテロリストとすら呼ばれていた人々。

 眼前に迫る魔王覚醒を前に、とうとう手を取り合うことを選んだ。


 彼らを率いたのは、当代の勇者達だ。

 “一心二体ディオスクロイ”――マリアとユリアのデイブレイク姉妹。

 “暁の拳ドーンハンマー”――ルシア・カシュカティ=ドーンコーラス。

 “明け星の運び手スターブリンガー”――ソフィア・モーニングスター。


 その他にも“高貴なる薔薇ノーブルローズ”ジェーン・ネイトや“業火豪雨クリムゾン・レイン”ルシーダ・デラ・パマスなど名だたる騎士や戦士達を前に、民衆は花吹雪を散らし爆竹を鳴らし、楽器をかき鳴らしては称賛した。


「わーっ、ねえねえ、見てくだしゃい、せんせー! おかーしゃま! おかーしゃまが見えましゅっ。おかーしゃまー! おかーしゃまー!」

「……いいから降りてきなさい。危ないですよ」


 帝都のすべてを見下ろす高み――邸宅の屋根裏部屋にある採光窓をこじ開け、傾斜の激しい屋根を登りつめた高みから、少女は凱旋行進を指差す。

 

「ぶーっ! だいじょーぶでしゅっ、サクヤ、これぐらいこわくないでしゅっ」

「そういうことではなくて……まったく。本当に、誰に似たんですかね」


 俺も同じ窓から這い出して、少女のすぐ隣に陣取る。

 もしも、彼女が足を滑らせても腕を取れる距離。


「ねえ、せんせー。せんせーは、おかーしゃまのだいかつやく、ちかくで見てたんでしゅよねっ」

「ええ」

「おかーしゃま、かっこよかったでしゅかっ」


 頷く。


「いいなーっ、サクヤも、おかーしゃまがたたかうとこ、見たかったでしゅ!」


 少女はキラキラと赤い瞳を輝かせるが。

 次に彼女が、母の勇姿を目にできるのはいつだろう、と俺は考える。


(ようやく、剣を下ろせる日が来たんだ)


 戦いを、傷つくことを、傷つけることを、拒み続けた少女が。

 何度も打ちのめされながら、それでも己の志を見失わなかった騎士が。

 ついに勝ち取ったのだ。世界の平穏を。


 平和が続くうち、いつかその強さが伝説となり、誰もが忘れ去ったなら――それこそが、彼女の願いが本当に叶う日だろう。


「……戦場に出たければ、まずは訓練を積むことですね」

「へいきでしゅ! サクヤ、もうさいきょーでしゅから! クラスでもいちばんつよいでしゅ! ちっちゃいころのおかーしゃまにしょっくりだって、おばーしゃまもゆってました!」


 相変わらず孫には甘い人だ。

 自分に育てる責任がないと知ると、人間はいくらでも子供を甘やかせるのだな。


「そういうことは、俺を倒してから言ってもらえますか」

「せんせーはべつでしゅっ! だって、おかーしゃまも、せんせーにはぜんぜん勝てないでしゅ!」


 俺は頭を振って、


「お母さんも勝てない俺に勝ったら、君の立場はどうなりますか?」

「え? しょれは……えっと……おかーしゃまより、つよいせんせーより、サクヤがつよい……」


 何故か指折り数えながら、ぶつぶつと少女が呟く。


「とゆーことは……サクヤが……ていこくさいきょー……とゆーことは……おやつ……たべほーだい……おもちゃも……あそびほーだい……ねこちゃんも……なでほーだい……?」


 いや、そこまでは言ってないが。


 ともあれ、少女は燃える太陽の眼差しで、俺を仰いだ。


「せんせーっ! サクヤとしょーぶしてくだしゃいっ! サクヤがかったら、いちごのケーキをいっぱいいっぱい――」


 ぐんっ、と勢い良く立ち上がった少女は、そのままツルンっと足を滑らせた。


「――ほぎゃっ」

「言わんこっちゃないっ」


 掴んだ腕を引き寄せるが、いかんせん屋根が急すぎる。

 少女を抱きしめながら瓦の上を滑って、二人で中庭へと落下していく。


 俺は空中でどうにか身をひねると、灌木を蹴りつけて速度を殺し、芝生を転がっていった。


「……怪我はありませんか?」

「しゅ、しゅ、しゅごい! しゅごいでしゅ!」


 腕の中から起き上がった少女の身体には、傷一つ見当たらない。

 どうにか教師としての面目は保てたか。


「おとーしゃま!」

「訓練中は?」

「せんせー! いまの、ぴょんってして、くるくるーっていうやつ! サクヤにもおしえてくだしゃいっ!」


 庭を無邪気に跳ね回り転げ回る少女に、目を細めながら。

 俺は服についた芝を払うと立ち上がった。


 近くに立て掛けてあった木剣を掴みながら、少女へと告げる。


「では、授業を始めましょう――次は君に、歴代最強の勇者になってもらいますからね」

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