第51話 死刑囚、処刑される

 奴ら・・の白いコートが、鮮血に染まる。


 もちろん、俺の血ではない・・・・・・・


 手にした長槍で、周囲の警備兵たちを見事に蹂躙した白夜部隊ミッドナイツは、お互いの心臓を一突きにしたのだ。

 俺が命じたままに。


(……なるほど。確かに、これは有用な道具だ)


 【白紙上書オーバーライド】。

 他人――力の源ソースとなる者のマナを受け入れることで、自らのものではないスキルが使えるようになるスキル。


 メイファン・リーの【分析アナライズ】によれば。

 それはただ力を借り受けるだけの便利な仕組みのようで、実のところ、己の魂を売り渡したも同然のシステムだ。


 すなわち、他人のマナを受け入れるということはその魂を受け入れることと同義。

 力の源ソースが賢ければ賢く、強ければ強く、冷酷であれば冷酷になる。


 そして何より、管理者である指輪・・の持ち主が下す命令には、決して逆らえない。

 チョーカーとはすなわち、奴隷の首輪だったのだ。


 ――頬を汚す誰かの血糊を拭いながら。

 俺は、足元で呆然としているアラステアを見下ろした。


「気分はどうだ」

「あ、あ、あああ、あああ……」

「己のすべてを奪われた気分は。命より大切にしていたものを失くした気分は」


 言葉はない。

 だが、答えは分かっていた。


 絶望。


 これが、生きる道を――寄す処を失った者の姿だ。

 あの日の俺と同じ。


「……なんて、ことだ。――ロゼリア。きみの、わしの、ゆめが」


 俺は膝をつくと、アラステアの横顔を睨みつけ。


「――――」


 皺の目立つ喉を斬り裂いた。


「ギッ――ブ、ボボ、ア、ガバ――」


 そして、吹き出す血を全身に浴びながら、男が崩折れ、呼吸を止めるのを見届けた。


 ……ふと、顔を上げる。

 周囲に折り重なった屍と臓物。

 怯え逃げ惑う人々と、遠くで弓を構える騎士達。


 その向こうに、光が迸っていた。


(……目を灼かれそうなほど、美しい輝き)


 胸を潰すような重い夜の帳をこじ開けて、闇と寒さに苦しむ人々の手をしっかと握り締めてくれるような。


 ソフィア嬢が放つ【赫灼たる籠グリスタリング・クレイドル】。

 暖かく力強い希望。


 その光を目にした瞬間、すべてが終わったのだと気づいた。

 

(なんだか……妙な気分だ)


 ずっと待ち望んでいた瞬間なのに。

 胸にあるのは達成感ではなかった。


 安堵、といえばいいのだろうか。

 長い間溜め込んでいた借りをようやく返して、解き放たれたような。

 これから何かが始まるような。


 瞼を閉じる。

 不思議と、思い浮かぶのは宵星部隊ヴェスパーズのことではなかった。


(ソフィア君)


 君は泣くだろうか。

 いや、きっと怒るだろう。


 どうして自分を褒めてくれないのか、どうして質問に答えてくれないのか。

 どうして、教師の仕事を投げ出したりしたのか。


 あの朝焼けを思い起こさせる眼差しを激しく燃やしながら。

 馬鹿みたいに怒って、そして子供のように甘えてくるだろう。


(……まさか、こんなことが最期の心残りになるなんてな)


 どん、と肩を突き飛ばされたような衝撃。

 騎士共が放った矢が刺さったのだと、他人事のように分析しているうちに。


 衝撃は連続して訪れ、遅れてきた痛みが膨れ上がり――


 間もなく闇が訪れた。

 音も光もない、永遠の夜が。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 わたしがすべてを知ったのは、学園の医務室で目を覚ましてからでした。


 ユリアさんの降参を見届けた後、わたしはマナの過剰放出で倒れました。

 普通だったら二、三日は昏睡状態の陥るところでしたが、学園が誇る医療騎士の方々のおかげで、当日のうちに目を覚ますことができました。


「ふわぁ……むにゃむにゃ」

「……呑気な目覚めだね、ソフィア。ここが敵地だったら死んでいるところだよ」


 その声を聞いたとき、わたしは実際、心臓が止まるかと思いました。

 倒れていたわたしに付き添っていたのは、なんとお母様だったのですから。


 あの、多忙を極める帝国騎士団の指導者。

 いついかなる時も家族より任務を優先し続けた騎士の鑑。

 お父様の葬儀ですら涙を見せなかった母。


「えっ、なん、あ。これ夢ですか。夢ですよね。なら何を言ってもいいですよねっ。えーとっ、お母様っ、こっちに来てぎゅーってしてもらえます? わたし、今回すごく頑張ったのでっ――」


 ――伸びてきたお母様の腕が、わたしを包み込みました。


 十数年ぶり――もしかすると物心ついてから初めて味わうお母様のぬくもりに、わたしは少しだけ泣きそうになりました。

 と同時に、これが夢でないことを悟りました。


「……見事な勝利だったよ、ソフィア。強くなったね」

「えと……あの……は、はい。ありがとう、ございます。……お母様」


 恥ずかしさと嬉しさがないまぜになって、わたしは真っ赤になっていたと思います。

 そして何故か、もしかしたらお母様も真っ赤なんじゃないかと思いました。


 ……呼吸が落ち着くのを待ってから、わたしは口を開きます。


「あの、お母様。先生は――カズラ先生は、今、どこに?」


 すっ、とお母様の身体が離れると。

 急にひんやりとした空気が、肌を撫でた気がしました。 


「ソフィア。落ち着いて聞きなさい」


 静かに告げるお母様の表情は、冷静そのもので。


 焼け焦げたお父様の亡骸に触れたときと同じでした。


「彼は、死んだよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――聖クリス・テスラ女学院の闘技場において、アラステア・シリウス=ヴァイスハウプト大佐以下、二十七名の騎士を殺害したデイガン・・・・なるテロリストは、駆けつけた警備隊によってその場で射殺された。

 その場に居合わせた医療騎士シャーロット・デュマ軍曹によって死亡が確認された。

 遺体は損傷が酷く、裁判を前に焼却処分となった。


 以下は、治安騎士団の中間報告書による。


 犯人は何らかの手段によって戦死したカズラ特務少尉の身分を不法に入手・・・・・し、家庭教師としてモーニングスター家に潜入、暗殺の機会を狙っていた。

 その計画は極めて巧妙で、周囲の目を見事に欺いていた・・・・・・・・・・・・・


 しかし帝国において陛下に次ぐ要たるモーニングスター家の人材登用にあたっては、極めて厳格な身上調査が行われる。

 その目を掻い潜るには犯罪者、しかも異邦人単身では不可能と思われる。

 捜査当局は、光復会リバイヴスのような犯罪組織が背後にいるものとみて、関係者への聞き取り調査を進めている。


 いずれにせよ、帝国に仇なす邪悪なテロリストは騎士達の活躍によって葬られた。

 亡くなったアラステア大佐らに哀悼の意を表しつつ、彼らの死を無駄にしないためにも、今後は帝都の一層の治安強化が望まれる。


 我々帝国臣民が真に戦うべき相手は、あのおぞましき妖魔ダスク共なのだから――


「――お嬢様。もう、その辺りにしておいた方が……」


 気遣わしげに声をかけてくれたメイドさんは、帝都で発行されている全ての新聞や情報誌の山を抱えていました。

 わたしが頼んで私室に届けてもらったものです。


 どれも一面に踊っているのは、聖クリス・テスラ女学院で起きた悲惨なテロ事件の様子を告げる見出しばかり。

 稀代のテロリスト散る、史上有数の被害をもたらした凶悪犯罪、皇帝陛下の治世を乱す反逆行為――


「おつらい気持ちは分かりますよ。そういう時は、ゆっくりお休みになられた方が良いかと思います」


 わたしは広げていた新聞を折りたたむと、涙の跡を拭い、


「重いのに、たくさん運んでいただいてありがとうございます。でも、あと一つだけ、お願いがあるんです」

「なんなりと、お嬢様」


 それから顔を上げました。


「シャーロットさんをここに呼んでいただけますか?」

「お……お嬢様。それは、その、おやめになられた方が――」

「大至急でお願いします。お母様の名前を出していただいても構いません」

「……かしこまりました」


 メイドさんがわたしの部屋の扉を閉めてから、シャーロットさんがやってくるまで、それほど時間はかかりませんでした。


 赤い髪は乱れ、息を荒くしていました。

 余程、急いでくれたのでしょう。


「急にお呼び立てしてごめんなさい。シャーロットさん」

「も、申し訳、ありません、お嬢様っ。本日、非番を、いただいて、おりまして」


 わたしは頷き、それから待ちました。

 彼女がわたしと目を合わせてくれるまで。


「それで、その……お話とは、なんでありますか」

「本当のことを教えてください。あなたの、騎士としての誇りにかけて」


 わたしは訊ねました。

 シャーロットさんの瞳を覗き込むようにしながら。


「カズラ先生は……本当に、亡くなったんですか?」

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