第12話 ご令嬢vsリビングデッド軍団
「ひいぃぃぃぃっ! 臭いですっ、怖いですっ、気持ち悪いですぅ~っ!!」
情けない悲鳴とは対象的に、ソフィア嬢が振るう剣は的確だった。
ゾンビの捻じくれた背骨を一撃で両断し、スケルトンの上半身を斧もろとも刎ね飛ばし、実体のないゴーストには刀身にマナを纏わせるスキル【
(上々だな。動揺しているのに、剣もスキルも安定してる)
涙と悲鳴を垂れ流しながら独り暴れまわるソフィア嬢を横目に、俺とシャーロットはコンビで淡々とリビングデッド達を処理していく。
「……流石はアメリア少将の娘ですね。あれほどの腕があるなら、もう
「世辞がすぎるな、シャーロット軍曹。戦場で泣き叫ぶ騎士を見たことあるか?」
シャーロットは、確かに、と笑いながら、長く重い鉄杖でゾンビの頭を潰した。
俺は逆手に構えた短い二刀で敵の四肢を切断しながら走り続け、シャーロットがとどめを刺すのを援護する。
二人一組での対応が、騎士団における対リビングデッド戦術の基本だ。
(やはりシャーロットは腕がいい)
膂力に頼らず鉄杖を振り回す術を心得ているし、グロテスクな敵に動揺する素振りも無い。
家柄や見た目の良さで親衛隊に選ばれたわけではないのだろう。
いや、そもそも、あのアメリア少将がそんな理由で娘の護衛を選ぶとも思えないが。
「先生っ、助けてくださいーっ! わたし、もう腕があがらなくなってきましたっ」
呼ぶ声に振り向くと、ソフィア嬢が剣を引きずりながら駆け寄ってくる。
俺は、傍らのシャーロットに声をかけた。
「シャーロット。ソフィア君に【
「了解でありますッ、カズラ殿ッ」
「えっ、違う違う違いますよ先生っ! 休みましょうって言いたかったんですっ! もうっ、本当にイジワルなんですからっ」
俺の肩をポカポカと殴る元気があるなら、まだ戦えるんじゃないか?
とはいえ。
ソフィア嬢の後を追ってきたスケルトンの膝頭を斬り飛ばし、倒れた隙に頸骨を踏み砕きながら、俺は胸中でぼやいた。
(……予想よりも数が多いな)
もうかれこれ、五十体以上の
ダンジョンに到着してから屍人達が暴れだす日没までに食事と休憩を挟んだとはいえ、流石に戦い通しだ。
俺もシャーロットも、それなりに疲労が溜まってきている。
(一度退いて、体制を整えよう)
――周囲の状況を確認する。
今いるのは城郭の内側。俺達は多くのスケルトンが詰めている門を避け、外郭に鈎付きロープを引っ掛けて裏側から侵入した。
反応が鈍く連携が取れないリビングデッドが相手なら、少人数でも側面攻撃が有効だから。
(それが、この城塞に冒険者達がよく訪れる理由なんだろうな)
彼ら
城塞のような地の利を得やすい環境でのリビングデッド戦は、冒険者達にとって
「カズラ殿? どうなさいました?」
「……痕跡を探してる」
以前に冒険者達が訪れたときの痕跡。
おそらく彼らも、戦闘中に休息が必要になったことがあるはずだ。
(そのとき、連中はどこで休憩を取ったのか)
……監視塔か。
城内でも一際背が高く、侵入口が一つしか無く、瘴気も溜まっていない。
あそこならゴーストぐらいしか近寄ってこれないだろう。しかもゴーストは結界スキルでシャットアウトできる。
何より、物見窓に煤が残っている。焚き火の跡だ。最近のもの。
「城の構造はご存じですか、カズラ殿? 図面と前回の調査報告を合わせると、監視塔に上がるには、大物が占拠しているホールを通る必要がありそうです」
「えーっ、わたし、もう戦えませんよっ! そろそろ帰りましょうよ先生っ、戦略的撤退ですよっ」
俺は二人に頷き返し、
「フックロープを使って監視塔の外壁をよじ登ります。ソフィア君は俺に続いてください。シャーロットは最後に」
えっ、と目を丸くする二人を横目に。
俺はフック付きロープの先端を、塔に向かって【
鉤爪が窓をしっかり捉えたのを確かめると、【
「先生っ! 先生っ!? わたしの話、聞いてました!? 撤退ですよっ、せんせーいっ!!」
難しい状況ではない。
頂上の監視台までは、せいぜい二十メートル程度。しかも石壁には足がかりになる凹凸もある。
ゴーストが追ってくるより、俺が登るほうが速い。
「どうしました! 速く上がってきなさい、二人とも!」
「ええーっ、む、無理ですよーぅ! こんなの、やったことないですもーんっ」
石壁に体重を預けながら見下ろすと、ソフィア嬢が泣き言を言っている後ろで、シャーロットは一人で周囲の敵を食い止めている。
(……そうか。通常訓練では【
(流石に、この状況で一から教えるのは難しいな)
俺はロープに身体を預けると、一息に地上まで滑り降りた。
「――きゃあっ!? だ、だだ、大丈夫ですか先生っ!? 怪我してませんっ?」
「コツがあるんですよ。いずれ教えますが――それより二人とも、こちらへ」
「は、はいっ」
駆け寄ってきたソフィア嬢に背中を向けると、
「乗ってください」
「……え?」
相変わらず間の抜けた返答。
「俺が背負って引き上げます! 早く!」
「へっ、あっ、えっ、おんぶってことですか!? それはっ、そのっ、先生っ、あのっ、わ、わたしの、お、む、胸が当たって、先生がドキドキしちゃったりして大変なのではっ」
「どうでもいいから早く!」
「どうでもっ、どうでもいいってことはないんじゃ――えーいもうっ、喰らってください先生っ」
背後から柔らかな感触と汗の香りが覆いかぶさってくる。
「どーですかっ、先生っ! すごいでしょう! お母様と同じぐらいあるんですよっ」
……ほんの一瞬だけ、いつか見せられた胸の谷間が脳裏をよぎった。
俺は馬鹿か。そんな事を考えている場合じゃない。
「ていうか先生の背中、あの、すごい、ゴツゴツしてるというか……あの」
「高級馬車のように快適とはいかなくて申し訳ないですが、ご辛抱ください」
「違っ、そういう意味ではなくてっ、えっと、なんか、イイ匂いがするといいますか――」
何度か身体を揺すって重心を調整しながら、俺はシャーロットにも声をかけた。
「シャーロット! 軍曹ッ、一旦退けッ!」
「しかしカズラ殿ッ」
「来い、もう足止めは充分だッ」
一番近くにいたスケルトンの頭骨を粉砕した後、シャーロットが飛び退ってくる。
「こちらを向け、軍曹! 両手を前に出せッ!」
「は、はいッ!?」
背筋を伸ばして両手を突き出すシャーロット。
その身体を抱き上げると、俺は余っていたロープを使って互いの腰を結びつけた。
「先生っ、ちょっと、シャーロットさんを抱っこは欲張りセットじゃないですかっ!? あっでもわたし負けませんからねっ!?」
「な、えっ、これは――光栄でありますっ、カズラ殿ッ!! ですがその、今は任務中ですので」
「文句があるなら、後で【
最終的に、シャーロットとソフィア嬢の間に挟まれながら。
俺はシャーロットの腋の下から腕を伸ばしてフックロープを掴み、再び監視塔の外壁に足をかけた。
またしても集まってきたゾンビどもに捕まる前に、石壁を垂直によじ登っていく。
「ひいぃぃぃぃっ、高いっ、怖いっ、イイ匂い、高い怖いっ、匂いっ、怖イイ匂いですぅっ」
「カズラっ、殿っ、あのっ、自分のっ、胸が――ええとっ、苦しくっ、ないでしょうかっ!?」
……シャーロットの胸当てに顔を埋めるような体勢になっているせいで、視界はゼロだし、呼吸もしづらい。
更に言えば二人分の体重を支えている腕と肩と腰にも負担がある。
だが。
「大丈夫だ、問題ない」
ただ一つ、訴えたいことがあるとすれば。
「二人とも……少し、静かにしてくれ。耳が痛い」
「…………!!」
やがて、物見窓の縁に手が届く。
慎重に身体を引き上げると、俺はソフィア嬢とシャーロットを抱えたまま、監視台の内側に足を踏み入れた。
予想通り、敵はいない。
あるのは焚き火の跡と、まだ
(よし。ここなら)
安全に休息できる――
「ひっ、きゃ、ああああぁぁぁっ!! し、し、した、死体ですよっ、本物っ、腐った、ホンモノが転がってますよっ、怖い怖い怖いです先生いぃぃぃぃぃっ」
……今まで倒してきた
「あの、ソフィア君、締まってる、俺の、首、首、首ッ!」
「お嬢様! 落ち着いてください!」
「だって! 人が! 死んでるんですもんっ!!」
背後で泣き叫ぶソフィア嬢に、俺は危うく絞め落とされるだった。
……後に曰く「動かない死体はただの死体じゃないですかっ、怖いに決まってますよっ」だそうだ。
まったく意味が分からない。
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