第11話 地獄の特訓! 死刑囚からの死刑宣告

「えっ!? 外泊ですか? 先生と? 帝都の外で? ま、ままままま、まさか、先生と二人っきりで秘密の課外授業を――そ、そんなっ、カズラ先生ったら! いくらわたしのことを愛してるからって、そんな、性急が過ぎると思いますっ――あのっ、れっ、恋愛には順序というものがあってですねっ、まずは、えと、お互いのことをもう少しよく知ってから」


 何故か耳まで赤く染めながら、延々と独り言を続けるソフィア嬢。

 俺は無言で彼女を客車に放り込み、御者台に座る騎士へ合図を送った。


「出してくれ。ソフィア君が正気に戻る前に」

「……了解であります」


 明らかに言いたいことを飲み込んだ顔の騎士がムチを振るうと、馬車はスムーズに走り出す。

 邸宅のアプローチを抜けて、正門の守衛達に見送られながら市街地へ。


 ……今回の特訓にあたって、アメリア少将が御者役に指名した騎士の女性――シャーロット・デュマ軍曹は、実に優秀だった。

 高いレベルの騎乗スキルと医療スキルを持っているというだけでなく、俺のような存在の依頼も快く引き受けてくれる人間性の持ち主、という意味で。


「こんな無茶な任務に付き合わせてすまない、デュマ軍曹」

「シャーロットとお呼びください、少尉殿! 少将殿からも、お嬢様にとって重要な訓練だと伺っております!」


 そもそも、突然お嬢様の側に張り付き始めた胡散臭い家庭教師の男――最終階級が少尉であるということ以外、少将は何も伝えていないはずだ――など、親衛隊である彼女達にとっては面白くない存在のはずだ。

 だというのに、シャーロットは嫌な顔ひとつせず、手綱を取ってくれている。


「だったら俺もカズラでいい。目的地は分かっているな?」

「はい、カズラ殿! “嘆きの城塞グリーフ・フォートレス”であります!」


 シャーロットは元気よく答えてくれたが。

 それは、帝国騎士達にとって忌むべき場所だった。

 騎士団の敗北を象徴する城。


 もともとは何十年か前、妖魔ダスク侵攻を防ぎきれず、放棄せざるを得なかった城塞の一つだ。

 奪還作戦は何度か行われたが、どれも失敗に終わった。そのうち、戦略的な重要性が低くなったとして、完全な放置が決定してしまった。

 逃げ遅れた人々や騎士達を置き去りにしたまま。


 今や“嘆きの城塞グリーフ・フォートレス”は、多くの妖魔ダスクと、妖魔ダスクに成り果てた動く屍リビングデッド達が住み着く危険領域ダンジョンだ。


(そして、民間の妖魔討伐者フリーランサー――冒険者達にとっては、騎士団と競合しない絶好の稼ぎ場、というわけだ)


 貴族街、平民街、貧民街と移り変わっていく景色を眼下に、馬車は進んでいく。


 俺達が通っているのは、一部の高級軍人だけが使用できる高架道路だ。

 非常時の情報伝達を迅速に行うという名目で帝都に張り巡らされた巨大な陸橋群は、当然のように特権階級の占有物となっている。

 こんな機会でもなければ、俺のような異邦人が利用することはありえなかっただろう。


「そろそろ防壁の外に出ます。カズラ殿、警戒を怠らぬようお願いします」

「了解。敵影があれば指示を出す」


 通常ならば防壁外への移動は煩雑な手続きとチェックが必要になるが、モーニングスター家の紋章が入った馬車を引き留めようとする警備騎士などいるはずもない。

 幾層にも重ねられた結界と門扉を開き、俺達を載せた馬車は帝都の外へと踏み出した。


 これより先は、一切の油断が許されない領域だ。

 人ならぬ魔物達――妖魔ダスクが跋扈する世界。


 ソフィア嬢はいつの間にか窓枠にしがみつくようにして、変わってゆく風景を眺めていた。


「帝都の外に出るのは初めてですか、ソフィア君」

「……はい」


 相変わらず造作だけは完璧な横顔。

 口を開けて唖然とした表情は、淑女に許されたものではないが。


「なんていうか……思ったより、普通、なんですね。帝都の外って」


 茂る緑、穏やかな線を描く丘陵、紺碧の空。

 いっそ平穏と評してもいいような。


「そう思えるのは騎士団の――お母様のおかげですよ。ここはまだ哨戒範囲内ですから」

「……そう、ですか」


 丘を越えて谷を進み、森に差し掛かるにつれて、風景は変わっていく。


 はじめは、引き裂かれた木々や不自然にえぐられた大地。

 次は打ち捨てられた馬車や小屋、焼き払われた荷物や家畜達。

 日が傾くにつれて、凄惨な光景は増える。


 そして、月が淡く光り始める頃。

 むせ返るような腐臭と、目に見えるほどに濃くなった瘴気が立ち込める先。

 撒き散らされた武器と屍の向こう側に。


 朽ち果てた古城が、姿を現した。


「……えっと、カズラ先生。お泊りデートにしては、その……なんだか、ムードが不穏なんですけど……」

「デートとは言ってません」

「えっ!? えっ、えっ、でも! 昨夜、ベッドで、わたしを抱きしめながらっ、耳元でっ」

「ベッドにはご一緒していません」

「えーっ、じゃ、じゃあ、あれ? あれれ? あの愛のささやきは、もしかして……?」

「どれのことか分かりませんが、夢でしょうね」


 ソフィア嬢の顔色が、古城に巣食うリビングデッドそっくりになっていく。

 ……流石にちょっと、かわいそうになってきたな。


 御者台から降りてきたシャーロットも客車の扉を開けるなり、


「あの、カズラ殿。お嬢様が隅っこで三角座りをなさっているのですが……」

「少し馬車に酔ったそうだ。気にしなくていい、シャーロット軍曹」


 俺が家庭教師かつ護衛としてソフィア嬢の側仕えになって半月ほど。

 分かったことが二つある。


(一つ。彼女には、底知れないほどの前向きさがある)


 まるで昇ることを待ちわびる朝日のような、眩いほどのエネルギー。

 ソフィア嬢が備えた、希少な素質の一つ。


 ……俺は膝をつくと、ソフィア嬢の肩に手を添えた。


「落ち込んでいても何も始まりませんよ、ソフィア君」

「……先生」


 ゆっくりと立ち上がった彼女の手を取ると、


「では、ソフィア君には、この“嘆きの城塞グリーフ・フォートレス”に巣食うリビングデッドを一掃してもらいます」

「えええええっ、な、なんですかそれ! 聞いてませんよ先生っ!? ま、まさか、はじめからそれが目的だったんじゃ!?」

「そうです」

「ひ、ひどいっ! わたしを騙したんですねっ!? 乙女の純情を弄んだんですかっ! 先生のオニ! アクマ! 乙女の敵ぃっ!」


 一応、俺は説明しようと思っていたのに、自分の世界に入り込んでいたのはソフィア嬢だろう。

 という正論は、脇に置いておくことにする。


 ソフィア嬢は本気で怒っているのだ。

 頬を膨らませて手足を振り回す仕草が、どれだけ愛らしいとしても。


「……分かりました。じゃあ、こうしましょう。この特訓を無事クリアしたら、俺の個人情報に関する質問を三つしても良いです」


 ため息交じりに言ってみせると。

 ソフィア嬢の瞳に、光が戻る。


「……五つです」

「三つ」

「こんな危険な場所まで乙女を連れ出しておいて、ケチなこと言わないでくださいっ!」


 いや、むしろ俺の個人情報ごときで危険に飛び込んでしまうソフィア嬢こそ、安上がりすぎないだろうか。


(二つ。彼女の思考回路は、驚くほどシンプルだ)


 俺はもう一度、できるだけ大げさにため息をついてから、


「分かりました。では四つで」

「わーいっ! さっすがカズラ先生っ、わたし、先生のそういうところ、好きですっ」


 ありがとう、俺もあなたの扱いやすいところが大好きだよ。

 と、心のなかで呟く。

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