第9話 ご令嬢の課題は重く、死刑囚の前途は暗い

 先手を取ったのはソフィア嬢。

 最小限の挙動で相手の喉笛を狙う一撃。


 これは帝国正統流剣術におけるセオリーだ。

 例え習熟度レベルが低くても、当たれば大きなダメージを与える合理の技。

 もちろんソフィア嬢の腕は悪くない。実戦経験も無いのに見事なものだ。


「お見事――ッ」


 対する俺の技は、邪道。

 弧を描く切っ先でソフィア嬢の剣を巻き取りながら、間合いの内側へ踏み込んでいく。


 間合いを詰められるのを嫌ったソフィア嬢が跳び退ろうとした。

 だが遅い。

 俺の蹴りは彼女の肘を捉え、さらに軌道を変えてふくらはぎも刈る。


「痛っ――ズルいですよ先生っ、剣の訓練なのに!」

「俺は戦闘訓練と言っただけです」


 つまらない言葉遊び。

 だが、勝手にルールを作り、視野を狭めたのはソフィア嬢自身だ。


(戦場ではそれが命取りになる)


 例え邪道だろうが掟破りだろうが、戦うなら勝つしかない。

 聖クリス・テスラ女学院で何を学ぶにせよ、役に立つ思考方法のはずだ。

 何しろ勝利の手段を身につける場所なのだから。


「だったらわたしも――あっ」


 ソフィア嬢は同じく足技を繰り出そうとして、自分が履いているスカートの短さを思い出し、一人赤面している。


(それもまた弱点だ)


 道徳や恥という概念ですら。

 ……というか、恥ずかしがるぐらいなら最初から戦闘訓練にスカートを履いてこなければいいのに。


 俺はさらに剣の使えない密接状態で柄尻による攻撃を何度か仕掛け、再び間合いを開けた。


「むーっ! ひどいです、先生っ! 騎士道精神に反するやり方ですっ」

「入試でその文句は通用しないと思いますよ。すべての入試参加者は死にものぐるいでしょうからね」


 ソフィア嬢には素質がある。能力がある。


 だが、他の候補生達のようなモチベーションがない。

 それでは上位に立つのは難しい。どれだけ楽観的に見積もっても、他の名家――ドーンコーラス家やデイブレイク家が立てた候補生には敵わないだろう。


(……本人にやる気がないって、致命的だな)


 改めて考えるとひどい状況だ。

 ソフィア嬢の入試結果に、俺の命がかかっているというのに。


 とはいえ無理矢理やる気を芽吹かせるなんて、どう考えても不可能だ。

 たった二週間で、人の心は変えることなどできない。


(では、どう育てるべきか)


 一周回って正攻法で行くしかない。

 つまりソフィア嬢を強くする――やる気があろうとなかろうと、周囲の候補生を圧倒できるぐらいに。


(できるか? たった二週間で?)


 彼女にはそれだけの潜在能力がある。少なくともその血統には。


(必要なのは、経験だ)


 スキルレベルを高めるだけでは足りない。


 中等学校までの基礎訓練では補えない、様々な状況への対処法。

 入試でぶつかるであろう相手の強い闘志やインチキ、場外戦術などに惑わされない精神力。

 どちらも、ある意味ではスキル以上に重要な能力だ。


「――ぎゃふんっ」


 もう何度目になるか――ソフィア嬢が芝生を派手に転がっていく。


「今日は機嫌でも悪いんですか先生っ! この前の手合わせのときはこんな嫌らしい攻撃してこなかったのにっ」

「それが分かったのに防げないのは、ソフィア君の怠慢です。さあ立って」


 見る影もなく土と草に汚れた銀髪を振りながら、ソフィア嬢は立ち上がった。


「むーっ、次こそは絶対に一太刀浴びせますよっ! それでアレとコレとソレを聞き出しますからねっ」


 オイ、質問は一つだけって言っただろ。


 とはいえ、やはりソフィア嬢は眼が良い。

 この短時間で、俺のフェイントや踏み込みのタイミングを掴み始めている。

 あと二、三度打ち合えば、真正面からの勝負になるはずだ。


「ではそろそろマナの錬成訓練に入りましょう。俺の攻撃を受け流しながら、マナを錬成してください。もちろん使えそうならスキルを発動しても構いません」

「いいですよっ! 隠しておいたとっておきのスキルを――痛っ」


 相手の錬成状況は初級スキル【観察オブザーブ】で分かる。

 状況を見て、敵がスキルを発動しそうだったらできるだけ早く妨害する。

 これはスキルユーザー同士の戦いにおける鉄則だ。


 つまり【観察オブザーブ】を一瞬で発動できる程度には錬成の技術、つまりスキルの発動速度を上げておかないと、敵の行動すら読めず一方的に叩きのめされてしまう。


「もーっ! カズラ先生っ! あなたについて、一つ分かったことがありますっ!」

「聞かせてください」

「先生は性格が悪いんですねっ!!」


 はっはっは。

 俺も宵星部隊ヴェスパーズで訓練を受けていた頃は、教官――ベルヒカ隊長のことをそんな風に思ったものだ。


 だが、そのときベルヒカ隊長から言われた言葉がある。


「これは優しさですよ。戦場で首を撥ねられる前に教えてあげているんですから、むしろ愛と言ってもいいぐらいです」


 当時は、おためごかしだと思ったが。

 今になって――命を懸けて逃してもらってから、ようやく分かった。

 彼女は本気だったのだと。


「…………」


 ソフィア嬢の動きが止まった。

 表情も凍っている。


「……い、今……なんて……?」

「教育の半分は優しさで出来ています」

「それは言ってないですよね!?」


 またしても薔薇色に染まっていくソフィア嬢の頬。

 何かを隠そうと、両手を頬に当てながら、


「あ、あ、あ、あ――」

「…………?」

「愛してるなんてっ! 初めて言われましたっ! しかも! 男性からっ! きゃーっ」


 いや、それも言ってないんですが。

 という俺のつぶやきは、ソフィア嬢の耳にはまったく入っていないようだった。


(……本当に、彼女が最優秀勇者候補生ルシファーになれるんだろうか)


 この、人の話をまったく聞かないうっかりお嬢様が。


 ふと。

 首筋にギロチンの刃が触れたような気がして、背筋が寒くなった。

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