第1章 天才美少女(ただしやる気ゼロ)と敏腕家庭教師(ただし死刑囚)

第1話 脱獄したら家庭教師にされた

「追え! 追えーっ!」

「馬鹿者っ、無闇に仕掛けるな! ヤツは他の囚人とは格が違うッ!」

「分かっていますが――コイツっ! 速すぎ――ぅばッ」


 無様な悲鳴を上げる騎士。

 へし折れた剣を手放したところを、俺は手枷につながれたで鎖で一閃する。

 兜ごと顔面を砕かれ、騎士がもんどり打つ。


「分かっているなら道を開けろっ! 時間の無駄だっ、騎士どもっ!!」

「大人しく投降しろ、囚人番号四五八三七ッ! 他の脱獄囚どもは全員捕えたッ! これ以上被害を出せば、恩赦も期待できなくなるぞ!」


 リーダーらしき壮年の騎士が吠える。

 その気概に鼓舞された部下達は、各自の武器を構えながら囚人番号四五八三七――俺を包囲していく。


(他の連中はもう鎮圧されたのか……予想より早かったな)


 流石は最厳重警備監獄アサイラム番人ガード達。


 他の牢に繋がれていた重犯罪者達をすべて解き放てば、少しは陽動になるかと思ったが。

 俺の目算は甘かったらしい。


(だが)


 今ここで捕まれば、俺は二度と脱獄できなくなる。

 そうなったら、後は処刑台を待つだけだ。


 殺人、強盗、誘拐、共謀テロ――自分に課せられた罪状は、十を超えた頃から数えるのを辞めている。

 そこに脱獄未遂が加わったら、俺の名前は死刑執行待ちリストの一番上に追いやられるだろう。


(そうはいかない――俺にはまだ、やらなきゃならないことがある)


 すべては、ヤツを――“白い鎧の騎士ホワイト・ライダー”を探し出すため。

 仲間を、友を、俺から大切なものを奪ったヤツの正体を暴き、殺す。


 それまでは。


(死ぬ訳にはいかない。どれだけ手を汚しても)


 生き延びる。何としてでも!


「動くな、この犯罪者めッ!」

「我らアサイラム・ガードの包囲網、抜けられると思うなッ」


 気合と共に、二人の騎士が己の体内からマナを開放する――身体の周囲に描き出される紋様。

 スキル発動のサイン。


(【連鎖攻勢チェイン・アタック】ッ!)


 剣士フェンサークラスが習得する戦闘バトルスキルだ。

 騎士達は舞うがごとく、完璧に同じタイミングで仕掛けてくる。

 右と左から、上半身と下半身を狙う回避困難な連撃。


 しかし俺は、わずかに身を捻ってかわした。

 一人の足を払い、もう一人のこめかみに肘を叩き込みながら。


「なんだ今の動きはッ!! ヤツのクラスはなんだッ!?」

「怯むなッ! ボウガン隊、元素エレメント隊ッ、放てーッ!!」


 くずおれる騎士の身体を盾にして、二階の出窓から降り注ぐ矢を防ぐ。

 続けざまに飛来した元素エレメントスキル――【火球ファイアー・ボール】を宙返りで回避しつつ、意識のない騎士を突き飛ばして、足止めにかかってきた連中にぶつける。


「捕縛陣形! 壁際に追い込め! 動きを封じろッ!」

「吶喊ーッ!!」


 次々に繰り出される槍を鼻先でかわし、斬撃を受け流し、投げ込まれた【電撃ライトニング・ボルト】を叩き落とし、何人かを蹴り飛ばし、蹴り伏せ、投げ落としつつ、


(クソ、このままじゃ――)


 俺は必死に活路を見出そうとしていた。


 例え壁を背に、三方を完全武装の騎士に追い込まれようとも。

 避けきれない攻撃で少しずつ傷を負い、血を失い、ついには視界が白くぼやけ始めたとしても。


 どこかに。

 必ず、道はあるはずだと。


「――よしたまえ! これ以上、この男を傷つけてはならない!」


 その声は、果たして。

 俺が探し求めていた活路だったのか。


 中庭を見下ろす指揮所――リーダー格の騎士の背後から現れたのは、一人の女性だった。

 ただならぬ美貌と言っていいだろう――銀糸もかくやという豊かな髪と燃えるような瞳、陶磁のごとく白い肌、そして豪奢でありながら堅牢な鎧甲冑。


 この場にいる誰もが、彼女を知っていた。

 というより、忘れてはならない顔だった。

 騎士達はみな、今後の進退どころか生殺与奪の権ですら彼女に握られているのだから。


「な、あ、なんと――少将閣下!? どうして突然、こんな薄汚い場所に――」

「聞こえなかったか、ジャンニ大尉ッ! 部下を退かせたまえッ」


 意図の分からない命令。


 しかし騎士団に於いて階級ランクの差は絶対だ。

 まして四階級ランクもの差となれば、泥水を啜らせるような理不尽だろうとまかり通る。

 それが、地上最強を誇る帝国騎士団インペリアル・オーダーのルール。


「で、ですが危険です、閣下っ! 武器は無くともヤツは元宵星部隊ヴェスパーズです! ご覧の通り、我ら看守部隊にも多くの被害が――」

「――くどいッ!!」


 一喝。そして一撃。

 目にも留まらぬ速さで繰り出されたガントレットが顎を撃ち抜いた。

 リーダー格の騎士――ジャンニ大尉とやらは、無様に白目を剥く。


 あまりといえばあまりの所業に、その場にいた騎士全員が動きを止める。

 不覚ながら、俺も。


(あれが、伝説の騎士――勇者ブレイヴ


 七年前。

 第九十八回妖魔征伐軍ダスク・スレイヤーズにおいて驚異的な戦果を上げ、史上最速で将軍位へと登り詰めた帝国騎士。

 モーニングスター公爵家に代々伝わるユニーククラス『勇者ブレイヴ』を受け継いだ女。


 アメリア・モーニングスター少将は、ヒドラレザーで仕立てた豪奢なマントを翻しながら、


「囚人番号四五八三七――いいや、カズラ特務少尉! 気を静めたまえ! そんなに殺意のこもった目を向けられては、私も話しづらい!」


 言わせてもらえば、視線にこめていたのは殺意だけではない。

 半分以上は疑問だ。


(彼女ほどの重鎮が、何故わざわざ俺のような死刑囚をかばう?)


 温情でないことは分かっている――アメリア少将は人格者であると同時に、名誉と規律を重んじる騎士としても知られている。

 不名誉除隊の末に重犯罪者に成り下がった俺は、彼女にとっては真っ先にすすぐべき恥のはずだ。


 では、何故?

 ……俺に利用価値があるから、か。


「御用は手短に願います、少将閣下。ご覧の通り、立て込んでいますので」

「ふふん。この状況で大した度胸だね、カズラ少尉。それに、高い戦闘能力と諦めを知らぬ闘争心。君に関する報告書に、嘘や誇張はないようだ」


 まるで子供でも扱うように、アメリア少将は笑う。

 実際、俺は彼女の娘とそれほど年齢が離れていない。いつだったか、娘の誕生会の警護が足りないとかで、数合わせに派遣された憶えがある。


「では命令だ、カズラ特務少尉! 現時刻をもって貴官に課せられた潜入任務・・・・を解き、新たな任務を与えるッ!」


 監獄中に響き渡るほどの堂々とした宣言。

 だが、俺には理解できない。


 潜入任務だと?

 騎士団を辞めたのも犯罪に手を染めたのも、誰かに命令されたからではない。


 俺自身の選択・・・・・・だ。

 俺は自分の意志で、騎士団で積み上げてきた人生を捨てたのだ。


(すべては、殺されたみんな――宵星部隊ヴェスパーズのために)


 俺の困惑など歯牙にもかけず、アメリア少将は続ける。


「貴官を次期勇者ブレイヴ候補専任指導教官に任ずるッ!!」


 次の『勇者ブレイヴ』となるべく育てられている候補生――すなわち、モーニングスター公爵家の血を受け継ぐ者。

 つまりは。


「――君には、我が娘の家庭教師となってもらうぞ。カズラ少尉」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る