僕の物語


2050年4月。

目をゆっくりと開ける。

指をゆっくりと動かし、腕を振り上げる。

「んーーー、はぁっ」

今日も生きれた。

あの日、僕は一度死んだ。

心臓は止まり、誰もが絶望しかけた途端、鼓動が突然動き出したと後から知らされた。

奇跡だった。

やっぱり神様はいるんだと知った。

そして、もう一つ。神様は願い事をそのまんま叶える。

ガバッと布団を剥ぎ、裸足で階段を駆け上がる。

一気に最上階まで登り屋上の扉を開く。

ぺたぺたと地面を踏み、足の爪先からかかとまで神経を尖らす。

冷たくてザラザラしている屋上がこの時期は気持ちよかった。

まだ5月だというのに、前年よりも20日もはやく初夏を迎えた。

ジメジメとした空気に交わるように太陽の熱が僕を苦しめる。

だが、人生は苦だけではない。と教えてくれるかのように少し冷たくて気持ち良い風が吹き抜ける。

僕はこの屋上が大好きだ。

奇跡的に生還したあの日から僕は、ほぼ毎日ここにくることにしている。

理由は3つある。

まず、生きているという実感が欲しい。

次に、僕は空が大好きだから、1分1秒でも見ていたい。

最後に、彼女に会うために。

「もう!今日遅いよ!!今何時だと思ってるの!」

頬をプクッと膨らませ、子供のような彼女がとても愛おしくてたまらない。

「ごめんごめん、僕もいつ目を覚ますのか分からないんだよ」

アハハと笑ってごまかそうとしたが、彼女の機嫌は治らないらしい。

でも、僕は彼女の機嫌を直す方法を知っている。

ゆっくり彼女に近づき、頭を撫でる。そこから指を滑らせ、耳、頬、首と滑らせていく。

そこからゆっくり顎を掴み唇を重ねる。

1秒でも惜しい僕はずっと唇を重ねる。最初は軽い触れるか触れないかのキス。ゆっくりと唇を舐め、少しあいた口にすかさず舌を差し込む。

そこからは彼女がギブというまで続ける。

彼女はすぐに僕の背中をバシバシと叩く。

唇を離すとプハッと息を吐き次に思いっきり息を吸う。

そんな姿も一つ一つが大切で宝物の時間だ。

「ねぇ、、もうそろそろ時間だよ?このまま終わらす気?」

彼女はまだ怒ってるのか、はたまた悲しんでるのかどちらとも取れる顔をしていた。

僕はクスッと笑い一言告げる。

「愛しているよ。永遠に」

そのまんまゆっくりと目を閉じる。


また目を開くといつも通りの白い天井。消毒臭い室内。

あぁ、僕はまた1日を過ごしてしまったのか。

だけど、悲しんでいる間はない。

すぐに起き上がり、また屋上へ駆け出す。

そう、神様は願い事を叶えてくれた。僕のそのまんまの願い事を。

僕は2年前死ぬ間際に最後にもう一度だけ空が見たい、神様がいるなら、どうか、5分で良い。僕に生きる力をください。

と願った。

その願いは叶い、死ぬはずだった僕の運命は変わった。

毎日空を見れるし、彼女と会うことができる。

ただ僕のリミットは5分だ。

毎日5分間だけ生きることを許された。

最初は訳もわからず一月過ごした。

一月経ってやっと状況が飲み込めた時に、たまたま彼女がお見舞いに来ていた。

その場で彼女に説明をした。

僕のリミットは5分だということ。いつ死ぬかもわからないこと。それでも、君を愛していること。

全てを話し、彼女は悲しそうに笑いながら泣いていた。

あの日から約2年。雨の日以外、毎日屋上で集合し、愛を確かめ合う日々。

本当なら彼女と別れるのが正解なのだろう。

いつ死ぬかもわからない、こんな僕といてもメリットがない。

それでも、彼女を手放せなかった。

5分で良い。たった5分でも彼女の顔を見れるなら。触れられるなら。短くても良い。

だから、この瞬間瞬間を大切に生きたい。

毎日思いだけを伝えながら眠る日々。


しかし、別れは突然やってきた。

雨が続く時雨の時期。いつものように体を起こそうとして異変に気づいた。

昨日までは動いていた指が動かなかったのだ。

それだけではない。

腕も足もまるで石のように固まり動けなかった。

雨の日は彼女が寝室に来てくれる。

横を見ると愛らしい寝息を立てながら眠っていた。

声も思い通りに出ない。喉が空気を吸い込む音しか出ず、言葉を紡げない。

なんとか声を振り絞り彼女の名前を呼ぶ。

パチっと大きな目蓋をたなびかせ、僕の方へ視線を向ける。

すぐに異変に気づいたのか彼女はナースコールを何度も押す。何度も何度も壊れるんじゃないかくらいに力強く押している。

「やだよ、やだ、やだ。行かないで、お願い…」

小さな子のように泣き喚く。そんな彼女を見てつい笑いが溢れてしまった。彼女は出会った頃から何にも変わらない。愛おしい僕の彼女。

最後の力を振り絞ってお腹から声を出す。

「…な、くな。君は…太陽、だ。僕を…照らし続けてくれる、太陽。だ、から…わらっ、て?」

温かな両手で僕の顔を挟み涙を溜めながらニコッと笑った。そして、ゆっくりと唇を重ねた。

ピーっと電子機器の音が鳴り響くのを聴きながら僕はゆっくりと目を閉じた。

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