SNS消防隊 Sustainable Network Support Firefighters

雨瀬くらげ

中傷編

プロローグ



 長方形の画面の右上に書かれる視聴者の数は未だに一桁で、二桁に到達する気配もない。それなのに演奏を続けるのがなんだか虚しくて、ここらで切り上げようかと弦をはじく指を止める。


 音楽が好き。歌うのが好き。有名にならなくてもいいから、音楽をやりたい。そう思っていた。しかし、いざリスナーが少ないとわかると、それはそれで悔しかったのだ。


 俺の実力はこんなものだったのか……。


 その瞬間、十人目の視聴者が現れた。人生初の二桁を今達成した。


「え、嘘」


 と思わず口から洩れる。


 ついにこの日が来た、と胸の高揚が熱となって全身に広がった。

 

左下のコメント欄にその人――@hokama.leからのメッセージが表示される。


『初めまして! 気になって聞きに来ました!』

「ありがとうございます!」


 俺はすぐに口頭で返事をし、ギターを持ち直す。


 暗い部屋の中、ぼんやりと光を放つ画面の中に映る俺の顔は少し嬉しそうだった。


「せっかくなんで俺の自信作を聞いて行ってもらえたら嬉しいです!」


 弾いていて心地の良いイントロから始め、気持ちよく一番を歌い上げる。音楽への愛をうたったアップテンポの曲。間奏も我ながらよくできていると思っている。そして二番に差し掛かったところで、@hokama.leがコメントを入れた。


『なにこれ』


 続けて二つ目のコメントが流れる。


『Diventiamo Amiciのパクリ?』


 え? その文字列に目を疑ったが、一度歌い始めた以上、途中でやめたくないというプライドがあった。


 Diventiamo Amiciは今若者の間で人気のロックバンドだ。長い下積みを経て、三年前にブレイクした。俺の曲がそんな彼らのパクリ? そんなことするわけがない。


 俺がラスサビを歌う間も@hokama.leからの誹謗中傷は続く。


『自分に自信がなくてパクったんだ』

『てかこれはもう、アミラーを敵に回したね』


 体が怒りで熱くなるのを感じた。好きなバンドのパクリと言われたことが余計に俺を腹立たせたのだ。


 あまりに頭に来て、俺はテンポ上げて早めに演奏を終わらせる。そして、その勢いのまま画面に向かって叫んだ。


「さっきから何なんですか。パクリパクリって。俺は彼らを尊敬してるんですよ! そんなことするわけない!」

『尊敬してるから、自分で気づかないうちにパクっちゃってるんだよ。だから俺がこうやって教えてあげてるんじゃん』


 なんだよこいつ。


 本当に尊敬しているのに。あれだけ努力をしている彼らのパクリなんて……。


 突然、画面の上にSNSの通知が入ってくる。


『@hokama.leさんが@wannasingさんをメンションしました』

「は?」


 すぐさまその通知をタップし@hokama.leのプロフィールの開く。その最新の投稿に俺がメンションされているものがあった。


『この底辺配信者、Diventiamo Amiciの曲パクって自信作とか言ってて草』


 その投稿にはご丁寧に俺が歌っているスクショ動画まで添付されている。


『え、まんまパクリじゃん』

『これは、世間は許してくれませんよ』

『通報しました~ みんなで垢バンしましょ~』


 そのような誹謗中傷のコメントが次々と投稿に送られてきた。中にはちらほらと『そうでもなくない?』とか『これはパクリと言えるのか』といった擁護のコメントも見かけるがすぐに埋もれてしまう。しかも、ご丁寧にメンションしてくれているおかげでアカウントがバレているので、直接DMにも送られてきていた。


「何なんだよマジで!」


 震える指でフリックし、俺もコメントを載せる。


『この動画の本人です! 僕はDiventiamo Amiciのファンですし、こんなパクリとかはしません! 誤解です!』


 しかし弁明は効果を果たさない。


『本人登場草』

『アカウント探す手間省けて助かる』


 通知音が鳴りやまない。やがてそれらが止まったかと思うと、俺のプロフィール画面には、


『アカウントが凍結されました』


 もうやめてくれよ……。


 俺は椅子から崩れ落ち、冷たい床の上で目を閉じた。

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