火山の死神と蝋燭職人
旦開野
有名だった蝋燭職人の話
ある村に、とても有名な蝋燭職人がいた。彼の作る蝋燭はこの世のものとは思えないくらい鮮やかで綺麗な赤色をしていて、とても長持ちした。その美しさと持ちの良さが買われ、この村だけでなく、わざわざ遠くの王国から蝋燭を求めてやってくる者がいるくらいだった。
この蝋燭は、神が宿ると言われている火山のマグマを使って作られている。マグマを美しく装飾するなんて、普通の人には不可能だ。しかし、この蝋燭職人はある者の力を借りて、マグマから美しい蝋燭を作ることができるのだ。
不思議な出会いは、蝋燭職人が火山に登った時のことだ。彼は蝋燭づくりがうまくいかず、旅に出た。色々みることで何かアイディアが生まれるかもしれない、彼はそう思ったのだ。
蝋燭職人は山の頂上までたどり着いた。溶岩が、あたり一面にゴロゴロ転がっていて、地表の割れ目からはマグマが少しだけ、顔を出していた。こんな危険な山、よほどの山好きか、少し変わった研究者くらいしか足を踏み入れない。人に出会すとは思っておらず、そこに1人の男が立っているのを見たとき、職人は幻覚でも見ているのではと思った。そこに立つ彼は、全身を黒いマントで覆っていた。職人は彼のことを後ろから見ていたため、顔はよく見えなかった。
職人は黒いマントの男に声をかけようか迷っていると、男はフードの下から鋭い眼差しを職人の方へ向けた。
「俺に何か用か?」
大声ではなかったはずなのに、その声は地面でも揺らしたのかと錯覚するかのようによく響いて低い声だった。
「え、いや…まさかこんなところで人に出会すとは思わず、驚いてしまって…まじまじと見られて不快でしたよね。失礼しました。」
職人は男の目つきと声に恐怖を感じ、震えながらもそう答えた。
「そうか…まぁ俺はそもそも人ではないがな。」
黒いマントの男はフードを取り、職人の方へ向き直ってそう言い放った。声の割に若そうで、とても整った顔をした青年がそこには立っていた。
人でなない…男は一体何を言っているのか、職人にはわからなかった。職人から見た男は明らかに人間の形をしていた。俺の目がおかしくなったのか、それとも男の頭の方がいかれてしまっておるのか…職人はまた黒いフードの下をまじまじと見てしまった。
「お前の目がおかしくなったわけでも、俺の頭がおかしいわけではないぞ。」
全身黒ずくめの青年の言い様はまるで職人の心を見透かしているなうだった。
「俺は人ならざるものだ。お前らが言う死神だな。この山に住んでる神っていうのは俺のことだ。」
職人は、青年にバカにされたのかと思った。神なんて実際にいるわけがない。
「お前、信じていないな。」
青年は相変わらず心の中を読んでいるようだった。神とは言わずとも、何か不思議な力を持つ子なんだろうと、職人は思い始めていた。
「これなら信じるか?」
青年は、黒いマントの中からどこに隠していたのかというくらい大きな刃を持った鎌を取り出した。それを一振りすると、辺りに突風が吹き荒れ、今まで活発だったマグマたちも、驚くほど静かになった。
青年はその情景と職人の驚いた顔を見て、ニヤッと口角を上げた。よく見ると青年は地面から少しだけ浮いていた。
「あの…死神様が私めに何が御用でしょうか?」
まだ疑心暗鬼になりながらも職人は聞いた。そんなすぐには信じることはできないが、もし本当に死神であるなら気に触れたら自分は大変なことになってしまう。職人はそう考えた。
「別にお前に用はない。日課の散歩をしていただけだ。そこにたまたまお前が来ただけだ。」
死神っていうのは案外呑気なようだった。職人は自分の寿命をもらいに来たわけではないということに少し安心した。いや、待てよ…
「あなたは…願いをかなえることはできますか?」
死神とはいえど、今、目の前にいるのは神だ。願いを叶えることだってきっとできるに違いない。
「できるぞ。ただし俺は死神だからな。願いを叶える代わりにお前の寿命をもらう。」
「命なんか欲しくはない。俺は…世界一美しい蝋燭が作りたい。お願いだ。寿命はやるから俺に最高の蝋燭を作らせてくれ。」
こうして、死神は蝋燭職人に、この山のマグマを使った蝋燭の作り方を教えた。
職人はひたすらマグマを使って蝋燭を作り続けた。職人の作る美しい蝋燭はたちまち村で話題となり、多くの人がその綺麗な赤色の蝋燭を求めた。蝋燭職人の手元にはたちまちたくさんのお金が入ってきた。しかし、職人は何より自分の満足できる、この世のものとは思えない美しい蝋燭を作ることができたこと、そして多くの人々の手に行き渡ることに幸せを感じていた。
職人は材料を求めて度々あの火山に登った。しかし、あの日以来、死神に会うことはなかった。
あの日からどのくらいの年月が立っただろうか。職人は寿命のことなどとうに忘れていた。彼はこの日も火山へと向かった。
職人は山の頂上付近まで辿り着いた。いつもよりマグマが静かだ。なんとなくそんなことを思いながら、職人は死神からもらった黒い手袋を使い、火口へと手を突っ込んだ。マグマは手袋に触れるとたちまち温度を下げ、紅の塊となった。職人は慣れた手つきで塊をカゴの中へ入れた。
しばらく作業をして、最後の塊を入れようとした瞬間、真っ赤な塊は急に溶け出し、元のドロドロとした物体に姿を戻した。あまりに突然のことで職人はそのドロドロから逃れることが出来なかった。体全体に炎が燃え移った。
「お前の命もここまでだ。」
炎の中から見えたのは、以前出会った死神だった。
「まぁ、いい人生だっただろう。」
相変わらず黒いマントを被った死神は淡々と燃えゆく男に向かって喋る。
「まだ…もう少し…」
2000度近い炎の中で、体が言うことを聞かない中、職人は死神に訴える。
「どいつもこいつも…人間っていうのは欲が深いな。命なんか欲しくないと言ったのはお前だろう。」
死神が言い終わる頃には、職人は炎に包まれながら倒れていた。
「蝋燭みたいに静かな炎ではないが…火に焼かれながら死ぬのはお前らしいのではないか。」
死神は炎に焼かれて死人となった職人に言い放った。
火山の死神と蝋燭職人 旦開野 @asaakeno73
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