第11話 明けましておめでとうございます

―― 良いのか?

―― いや、ダメだろう

―― 関わらないほうが、幸せだろ




―― 2020年12月30日

バイト無し。


―― 2020年12月31日

バイト無し。

寝ながらテレビを見る。

仕事を辞めて

世の中の全てが敵に見えた

最悪の二千二十年が終わった。



―― 2021年01月01日 元日

「え~皆様!明けましておめでとうございます」

冗談混じりの笑顔と、挨拶は

出欠を取る社員さんからだった。


深夜勤者達をチラ見する。

見馴れたメンバー。

元日なのに、誰も突発で休まないのは

正直すごい。


視線がスーっと吸い込まれる。

今日もお洒落な、後藤さんだ。

友達になったらしい女子大学生と談笑していた。



元日の作業も、昨年末と変わらない。

投函期日遅れの年賀状に

一方通行に対する、御返し年賀状。

まだまだ、家庭に届いていないハガキは

たくさんあった。


今日は、六号区分機だ。

後藤さんは二号機。

もう同じチームになることは

ないのかも知れない。


作業は、滞りなく進む。

もう、この辺りになると

みんな、ベテラン作業員だ。



相変わらず会話の無い快適な昼休憩が終わる。

一月二日、午前四時。

あと少しで、今日も終わる。


ふぅ、と息を吐いて

休憩場から、作業場へ向かっていた。

階段に至るまでの、小さな広場。

そこで、声を掛けられた。


天使の声に。


「明けましておめでとうございます」


左横へ、視線を送る。

ペコリと頭を傾けた後藤さん。

得意の上目遣い。

笑っている。

うん、可愛い。


「明けましておめでとうございます」

俺も、頭を下げた。

もう、二日だと言うのに。

もう、言わなくても良いだろうに。

わざわざ、言いに来てくれたことが

嬉しかった。

すごく嬉しかった……。


頭を上げる。

続けて言おうとした言葉に、違和感。

「今年も……?……あれ?」


「今年もぉ?」

後藤さんは笑っている。

そして

後藤さんが、はっきりと続きを言った。

「今年もよろしくお願いします」

「今日、明日しかないですけど!」

言い終えた時の、笑顔は反則だった。


「はは、今年も、よろしくね」

俺は出来るだけ

普段通り、普通な感じで返した。


後藤さん。

本当に良い子。



―― だからこそ……ダメだろう



一月一日から二日にかけての夜勤も終わる。

後藤さんは、友達女子大学生と

帰っている。

うん……良いことだ。




―― 2021年01月02日 最終日

後藤さんは、一号区分機。

俺は、六号区分機。


今日が最終日ではないシフトもあるので

特別感は、まったくない。


いつもの、いつも通りの作業。



昼休憩へ向かう、上りの階段と

昼休憩を終えて、下る階段。


唯一、違うチームと……いや

後藤さんと話せる機会チャンス


だが、今日は

友達女子大学生が

親友女子大学生にでも昇格したのだろうか?

後藤さんとずっと一緒だ。


今日が、最期なのに……。



「深夜勤の皆さん!お疲れ様ですー!」

社員さんの言葉で、短期バイトは

終わりを告げた。


もう、深夜に郵便局へは来ないのだ。

終わったのだ。


上着をまとい、忘れ物がないか確認。

忘れ物はないな。


……やり残したことは……。


……帰ろう……。



社員通用口を押し開ける。


冷たい風が、吹き込んできた。


厳しい世の中へ、また、帰ってきた。

冷たい風が、それを実感させる。


俺は扉を離し、歩き出した。


数歩、いや数十歩。


郵便局の建物際に、立っていた。

一人で。

寒かっただろう。


「後藤さん?」

俺は、初めて後藤さんを名前で呼んだ気がする。


「あ、お疲れ様です」

後藤さんは、そう言うと

俺の横をトコトコ歩き出した。


「全部、終わっちゃいましたね」

後藤さんは、すぐ話題を切り出した。


あそこで、誰かを待っていたのか

聞かれないようにするためだろうか?


そんな無粋なことは、聞かないさ。


俺は、どうしても

伝えておきたい気持ちを、伝える。

これが、俺の気持ちだ。


純粋な気持ち。



「後藤さん、ありがとうね」

「おかげで、すごい楽しかった」

「本当にありがとう」


過去形で、こんなこと言う日が来るなんて。


「私も、すごい楽しかったです」

「ありがとうございました」

後藤さんの笑顔。

その笑顔を記憶した。

可愛いかった。



「……」

「……」


無言で歩く二人は、大きな交差点に着いた。

誰も居ない、大きな交差点。


信号は赤だ。


「……」

後藤さんがチラリと、こちらを見た気がした。

チラリと見返す。


「……」

目が合った。


可愛いかった。



信号が

赤から、青に変わる。


前に進まないとな。


「……おつ

「本当に、ありがとうございました!」


後藤さんはこうべを垂れた。

中々、頭を上げない。


「ありがとう後藤さん」

もう一度、名前を呼んでおく。


後藤さんは、頭を上げた。



笑っていた。

最高に可愛いかった。



―― 01月03日 朝

郵便局前の大きな交差点は

行き交う車両と、人々で溢れている。


大きな交差点には、日常が戻って来ていた。



【 完 】


次回、最終話「エピローグ」

二人の本当の気持ちが、交差するお話。

では。

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