人の不幸は蜜の味

デトロイトのボブ

第1話

 01




「お前といるといつもトラブルばっかりだな、死ねよ」




 親友だった男は軽蔑した目で俺を見下ろす。




「死ね! 二度とツラ見せるなクソガキ!」




 好きだった人の父親は俺の顔が判別できないぐらいに殴りつけ、罵詈雑言を吐く。




「お前なんか産むんじゃなかった、知らないところで死んでくれ」



 誰よりも味方だった母親は涙を零しながら、俺の存在を否定する。



 人間という生き物はどんなに仲が良くても一度敵認定をしてしまえば簡単に態度を変えてしまう生き物だ。俺は自分の体質のせいで幾度の罵詈雑言を受け続けた。

 俺は普通の人のように友達を作ったり、好きな人に告白をして恋人になったりとごく当たり前の出来事を体験すら出来てない。こう聞くと、たまたま運がないだけだと言ってくれる人も稀にいる。だがそうじゃない、人間には見えない怪異と呼ばれる存在のせいで俺はまともな人間生活を送ることを許されていなかった。



 小さいころから、俺は人には見えない存在を見る力があった。最初は得体の知れない怪物たちが怖かったが、時間が経つにつれてソイツらに愛着が湧いてしまった。特に襲ってくることもなく、自分の周りを彷徨いているだけの彼らは幼い俺にとって良き友達になっていた。だが、同時に俺は自分の周りにいる人間が苦しんでいることに気がつかなかった。

 怪異たちは幼い俺が喜ぶと思ったのか、身近にいる人間たちに不幸な出来事を巻き起こす。親戚が金銭面でのトラブルを抱え、自殺。仲良くなった友達は俺と関わったことで一家離散、好きな人は交通事故に巻き込まれて死ぬなど数え切れない不幸な現象を俺の目の前で見せた。結果として俺を含めた一族は村八分を受けることになった。



 そして現在、俺は親の計らいで遠く離れた東京に一人で上京することになった。

 一人暮らしや学校に掛かる費用は全て親が用意してくれたが親との連絡手段は途絶した。村八分を解く条件として俺を東京に追い払うことを相手に出されたということだろう、親もあの場所で生きていくには仕方なかったかもしれないけど俺は……気持ちの整理が出来ない。

 俺は高校に入学してからなるべく人と関わらないようにしてきた、俺の傍にいる人間は必然的に不幸になるからだ。アルバイトも長期的なものではなく、派遣型を選んできた。人を傷つけないためにもこうするしかない。




「もう無理だ、耐えきれない……」




 怪異が見える体質のせいで俺は沢山の人を不幸にしてきた。友達と遊んだり、好きな人とデートしたりと普通の人のように生活をしたかった。親にも見捨てられた俺に出来ることはもう何もない、誰も得体の知れない怪物が見えると言ったところで信じてくれないんだから。

 空を近くで見上げることができるビルの屋上で俺は自分の人生の幕を閉じることにした。俺はこの世に存在してはいけない生き物だ。他人を不幸にする人間なんか価値なんてものはない。だから、だから俺は前へ前へと進んでいく。死への恐怖がない生き物は存在しない、正直にいうと死にたくない。でも、生きたところで誰も俺を助けてくれない。




「君が死ぬのはまだ先だよ」




 硬い地面へ向かうまえに横から人影が見えた。気がつくと、俺は柵の外に放り出されていた。




「いやぁ、危ない危ない。折角の才能を逃すところだった」




 俺の目の前に現れたのはポニーテールがよく似合う可愛らしいメガネの女性だった。何が何だかわからない俺は近づいてきた彼女の手を払い除ける。




「……俺に触ると不幸になりますよ」




「本当にそう?」




 彼女はまだわからないだけだ、あの人の周りには俺が呼んでしまった怪異が複数いる。どうにかして俺に注意を引きつけないと。そんな心配をしていると予想外の出来事が起きる。

 まるでリンゴを粉々にするように彼女は怪異を手で握り潰していた。今までに見た事のない怪異たちの血を俺はもろに顔面に受ける。




「君の怪異を引き寄せる才能、私が言い値で買うわ」




 小鳥遊叶たかなしかなえと名乗った彼女はハニカミながら俺にまた手を差し伸べた。今まで俺は怪異なんか倒せない、ずっと死ぬまで奴らに粘着される人生だと考えていたのに小鳥遊叶は簡単にやり遂げた。俺は生まれて初めて自分の人生に光が差したのを見た。




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 小鳥遊叶は二十代後半で「タカナシ探偵事務所」を一人で立ち上げた。一年目から浮気調査や身辺調査など依頼人の依頼をこなしつつ、俺みたいな怪異に悩まされている人の事件を解決しているらしい。




「うん、今日も理央は可愛いな。嫁に貰いたいぐらい」




 小鳥遊先生は馴れた手つきで俺の尻をさらっと触ってくる。



「あの、人がいる前で絶対にやらないでくださいよ……」




 彼女の助手になってから約三ヶ月、初めは優しそうな人だと思っていたが俺が金銭面に悩んでいることを知ると時給アップを盾に女装を要求してきた。背に腹はかえられない俺は渋々女装を受け入れ、小鳥遊叶の怪異がらみの事件の手伝いを行っている。先生はたまに俺を女装させてセクハラするというデメリットを無視すれば優しくて面白い人だ。


 先生に出会ったことで俺は自分の体質を受け入れることが出来るようになっていた。今までは怪異について相談できる人がいなかったが今は先生のおかげで怪異とどう接していけばいいのかわかる。

 人と同じように無視をすればするほど、怪異は興味を失っていく。怪異は引き寄せてしまうけど、君が無視をすればイタズラをすることは無くなるとアドバイスをくれたおかげなのか少しだけ心が楽になった。だからなのか、女装をさせられても体質を利用して事件に駆り出されても彼女に怒ることはない。





「南沢さ〜ん!!」




 先週までの依頼に関する書類を片付けていると、突然事務所の扉が開かれた。あー、この声はあの人か……





「鏑木……ドアぐらい静かに開けることは出来ないのか」




「南沢さんがいると聞いて静かにドアを開ける人がどこにいるんですか!」




 先生が呆れながら注意をしても、鏑木さんはニコニコしながらそれを聞き流した。

 鏑木虎徹、元ラクビーマンで岩みたいな体格を持つ現役の刑事だ。この人も先生や俺のように怪異を見ることが出来る人で、たまに警察では解決できない怪異がらみの事件を持ち込んでくる。




「で、用件はなに?」




「危ない忘れるところでした。……実は最近ある大型スーパーで行方不明者が多発してて、先生や南沢さんにはそこの調査に行ってもらいたいんです」




 B地区にある大型スーパーbeonで行方不明者が多く出ているというのをニュースで聞いたことあったけど、まさか警察が動いているとは思わなかったな。





「怪異はその目で見たの?」




「いえ……気配がするのは確かなんですが誰に取り憑いているかまでは分かりませんでした」




 あそこの大型スーパーは色々なテナントが入っており、一日の来場者が千人を超えることもある。だから気配がしても誰が誰だかわからない状況ということ、つまりこれは俺の出番ということ。



「わかった、その仕事引きうけるわ。理央、鏑木と一緒に現場の下見にでも行ってきなさい、デートだと思えば気分は良いでしょう?」



 先生はニヤニヤしながら、俺と鏑木さんとのデートを作り上げた。ちなみに鏑木さんは俺を成人している女性だと勘違いをしている。




「怪異が来たら僕が守ってあげますからね!」




 鏑木さんは目を輝かせながら、俺の手を握る。この人、犬だったら大型犬だろうなぁ……複雑な気持ちになりつつも、俺は明日の準備に取り掛かることにした。




  02




 怪異は人の不幸が大好きな生き物だ。人間に見えないことを良いことに人に取り憑く。彼らは取り憑いた人間に不幸を作らせ、それを食らいつく化け物だ。




「嘘だろ……」




 翌日、俺は鏑木さんと共に件の大型スーパーbeon B地区店に来ていた。平日だというのに店内は人で溢れかえっていたがそれ同時に怪異もまた客の人数と同じぐらい存在していた。




「……南沢さん、僕から離れないで下さいね。アイツら貴女をずっと見ていますから」




 先生の仕事に付き添いするようになってから、怪異に慣れたはずだったけど鏑木さんの言葉を聞いて俺は鳥肌が立っていることに気づく。すぐ真後ろに俺の肩を掴んでいる怪物がいる……しかも他の雑魚とは違うレベルだ。

 俺は鏑木さんに連れられてbeonスーパーの店長柴山さんの元へやってきた。俺や先生といっしょにいるときは可愛らしい大型犬のイメージがあるのに外に出ると、そのイメージは全く違うことに気づかされた。




「警察です、最近多発している行方不明事件について教えてくれませんか」




 鏑木さんは店長に警察手帳を見せて事件の詳細を聞こうとした。だが、店長は「行方不明者」の単語を聞いた途端に顔を爪で引っ掻き始めた。




「私は知らない私は知らない私は知らない知らない知らない……」




 壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す店長の様子を見て、意思の疎通が出来ないことがわかった鏑木さんは頭を抱えた。




「……僕はこの人が落ちつくまで一緒にいますから先生に連絡お願いします」




「わ、わかりましたっ!」




 怪異に取り憑かれた人間の影響なのか店長は人としてどこか欠損しているように見える。このまま怪異を見つけることが出来るのか不安になった。

 先生に連絡をするために一旦鏑木さんから離れ、人目がつかない隅の方に移動した。バックヤード内では店員が商品が入ってる箱を台車に乗せて通路を移動しているがみんな目に生気がなかった。多少ぐらいは会話があっていいと思うが流石に静かすぎる。スマートフォンに手をかけ、先生の電話番号を早く入力する。この現状を早く伝えなければ。




「中々出ないな……」




 一回、二回と着信音が鳴り響くが先生は一向に出る気配はない、事務所に戻ってから伝えるか。もうそろそろ鏑木さんの事情聴取は終わっている時間かな。



「あ、いけない」




 スマートフォンをポケットにしまう瞬間、俺は手が滑って荷物が積んである荷台の下に落としてしまった。

 俺は腰をかがめて手探りでスマートフォンを探していると、後ろから少し違和感が生じた。……さっきまで俺の近くには誰もいなかったはず、高まる心臓を手で抑えながら慎重に慎重に後ろを向く。




「貴女、ここで何をやってるの?」




 俺の後ろに立っていたのは茶色が入った髪を下ろしている中年女性だった。……beon内にいる店員や店長と比べると彼女はとても健康的な雰囲気を出していた。





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「し、新人アルバイトの南沢理央です。よろしくお願いします!」




 俺は先生からの直属の指令を受けてbeonスーパー部門に侵入することになった。先生は鏑木さんの報告を聞いた途端、俺を囮として怪異に取り憑かれた人間をおびき寄せる作戦を思いつく。学校が無い土日にbeonスーパーにいる人たちの人間関係を調べ、トラブルが起きていればそこは怪異の大元がいると思ってもいいと先生は言っていた。



「南沢くん、あそこにある荷物をああしてあんな風に出しておいて」




「は、はい!」




 先日、俺に話しかけた茶髪の女性は何の因果か俺が配属している日配部門のパートだった。三船梨花は今、現在いる正社員の人よりも長くbeonスーパーに所属しているらしく発言権は正社員よりも上だ。



「また新人イビリが始まったよ……」




「可哀想に……」





 俺が三船さんから抽象的な指示を受けていると、それを見ていた他のパートや正社員は小声で彼女の悪口を言っていた。だが、誰も彼女と目を合わせようとはしない。




「あら、私の指示通りに上手く出せたじゃない」




 店頭に置いてあった商品棚を参考に俺は見た目を意識して品出しをすると、後ろから三船さんが意外だわという顔で見ていた。




「他のバイトで同じような指示を受けたりしていたので慣れてます」




 仕事以外だらしのない先生の指示を聞いているおかげで何とか彼女の雑な指示に耐えることはできる。




「……へー、そう。貴方は優秀なのね」




 俺の発言に何か癪に障ったのか、顔の頬を引き攣らせながら笑っていた。

 その後も、俺は店内にいる人間関係の様子を観察しながらも三船さんの露骨な嫌がらせにも耐え続けて約一週間が経とうとしていた。まだ怪異側の動きが無いこと、初日に三船というパートの悪口を言っていた人間が数日後に消えたことを先生にメールで伝えた。

 客の入りが悪い雨の日、俺は店内の商品を前出しするためにバックルームを出ようとすると正社員の赤山さんが話しかけてきた。






「南沢くん、もうここの仕事には慣れたかな?」




「はい、色々と大変ですけどだいぶ慣れてきました」




 赤山さんは俺が三船さんに意地悪をされているところを見かねてジュースを奢ってくれたり、勉強を見てくれたりと色々と優しくしてくれる優しい大人だ。

 赤山さんは他の社員と違ってパート、学生アルバイトに分け隔てなく接しており、B地区のbeonの中で本部行きが近いと噂されている。誰よりも真面目で仕事熱心な彼から色々と目を向けて貰えてるのはとても嬉しい。今まで、誰にも優しくもらえなかったから赤山さんみたいな大人がいることに全然気がつかなかった。

 社員の間でも、赤山さんに先を越されるのが嫌だと感じたのか俺が来た初日よりもてきぱきと売り場で汗水垂らしている姿を見て思わず声が出てしまった。赤山さんはこの環境を変えてくれる起爆剤になり得るかもしれない。





「最近困ったことはあるかい?」




 俺は言うか迷ったが、三船さんに嫌がらせされていると答えると赤山さんは少し黙った後にぎこちない笑顔をしながらこう言ってくれた。




「君が働きやすい環境を僕が作ってあげるから安心するといいよ」




 そんなことを言っていた次の日に出勤をすると社員専用入口で首を吊っている赤山さんが発見された。赤山さんは店長室に遺書を遺しており、ルールに従わなかった僕が悪かったとだけ書き記されていた。

 警察が赤山さんの死体の片付けをしているとき、俺は赤山さんの顔に爪で引っ掻いた傷や涙の跡があることに気づく。彼もまた精神的に限界を迎えていたのだとわかった。




「三船さんに逆らうのがいけないのよ」




「店長でもないのに偉そうにしてて正直ほっとしたわ」




 人が自殺した姿を初めてみた俺は胃の中にあるもの全てを吐いてしまったのに、周りのパートはそんな事はいざ知らず死んだ赤山さんの悪口を言っていた。




「かなり優秀な人だと思ったけどそんなことはなかったみたいね。貴方もあんな人にならないようにしないと」




 第一発見者の三船さんは死体を見て吐いていた俺を見かけると、赤山さんを侮辱した言葉を投げかけてきた。親しくなった日は短いけれど、俺はついカッとなって人でなしと言い放った。すると彼女は何を考えているのか、スマートフォンで撮影されていた赤山さんの死体を俺に見せつけた。






「次は貴方の番かもね」




 同じ人とは思えない歪んだ笑みを見せ、俺を見ていた。その様子はまるで悪魔そのものだった。




「残念だったね、赤山さんが死んじゃって」




 赤山さんと同期だった社員は俺を慰めようと優しい言葉をかけてくれたが、俺には真実が見える力がある。彼の横には下卑た笑みを浮かべた醜い顔をした怪異が存在していた、他の周りにいる人間も全員怪異に取り憑かれていることに気づかずに平気な顔をしていた。

 誰もが俺が赤山さんに大事にされていたことは知っている。beonにいる全ての人間の目が好奇に満ちた眼差しで俺を見ていたことに気づき、後悔した。





「この任務受けるべきじゃなかった」





  03





 後日、俺は先生に洗いざらい全ての出来事を話した。三船というパートの悪口を言ったパートは一週間以内に消え、彼女に刃向かった社員は店で自殺をした。店内にいる社員全員が三船に逆らう人間を失踪扱いにしたという答えを彼女に話すと先生は大袈裟に拍手をした。




「流石私の可愛い助手、よく頑張って推理したと褒めたいところだけど……少し違うわね」




 母親が子供を可愛がるように先生は優しく俺の頭を撫でた。潜入捜査は正直心が折れかけたが、こうやって先生に大事にされていることがわかると少しだけ気持ちが穏やかになる。





「どういうことですか?」




「第三者から見るとそうかもしれない。でも理央、君はこの二週間で何を見てきた?」





 ……俺は一度、学校でいじめっ子に同調してイジメを行っている奴らを見たことがある。そいつらは自分が次のターゲットにならないようにいじめっ子の指示に従っていた。三船は発言の内容から優秀な人間、自分に刃向かう人間を嫌っていることがわかる。そうか、もしかして……




「三船が全て行っていたことで、周りの人間はそれに同調しただけ」




「正解。答えがわかったところで後片付けしにbeonに行きましょう」




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「三船さん、お久しぶりです」




「今日はシフト入ってないと思うけど何で来たの?」




「今日は本当は入ってたんですけどね、三船さんに嫌がらせで消されたんですよ」




 閉店時間に合わせて俺は先生と共にbeonスーパーのバックルームに来ていた。




「で、そこの人は誰? 部外者は入れないはずだけど」





「これはこれはすいません。私、南沢理央くんの雇い主の小鳥遊叶と申します。今日は折り入って貴女にお話がありまして」




 先生は笑顔を崩さないまま、三船と対面する。顔は笑っているけど目は真顔だ。




「私、別に何もしていないけれど? ねぇ南沢くん」





 先生の表情の掴めなさに狼狽えたのか、冷や汗を垂らしながら俺に同意を求める。





「私は別に貴方が何をしたのか興味ありませんよ」



「な、じゃあ何のために来たのよ!!」




「醜い心を持った貴方を食べに来たんですよ」




 先生は留めてあったヘアゴムを取り、今まで縛られた髪が自由を得た。




「だ、誰のことかしら」





「怪物になりきれない偽物の貴女ですよ、ご自分が一番理解しているんじゃないですか」



 偽物と聞いた瞬間に人間の三船は意識を失い、怪異としての三船が浮上する。



「あーあ、バレちゃったわぁ」




 見た目は煌びやかな装飾に塗れているが、顔面は火で炙られたように爛れていた。その見るに堪えない姿をした怪物が俺と先生の前に現れた。




「理央、危ないから物陰に隠れてて」



 先生に言われたとおり、俺は近くの柱に隠れる。今日はどういったやり方で先生は勝利するのだろうか。




「……嫉妬に狂った人間が作る不幸は体に幸福が満たされるぐらい美味しいの。同じ怪異ならわかるでしょ?」



 恋に溺れている少女のように三船は顔を赤く染めながら、絶頂していた。それを見た先生はため息をし、目を赤く染めた。




「幸福に満ち溢れた人間が絶望に陥ったときに作る不幸の方が美味しいと思うけど、私たち気が合わないみたいね」




「……え?」



 三船は自分が起きている状況を理解していないようだった。赤い血飛沫が店内の窓ガラスを染めていく。先生は目にも見えない速さで三船の胸を刀で貫いた。




「貴女の絶望した顔が良いスパイスになってるわ。ご馳走様、そしてさようなら」



 怪異に取り憑かれた三船の血を飲む先生の姿はどの怪異よりも美しい。口元についた血を舌で舐め、不幸の味を噛み締めている先生の顔は幸せそのものだった。

 この世には心が美しいものと醜いものがいる、先生はそうでないものたちの不幸を食べて食べて食べ尽くしてきた。俺は先生にとって不幸を呼んでくれる都合のいい人間だ、でもそれでいい。


 怪異が見える体質に悩んでいた俺に先生は生きる力を与え、普通の人間と同じ生活を分けてくれた。

 だから俺は先生にいらないと言われるまで、ずっといっしょにいたい。




  04



 事件の後日談を話すと、三船は怪異を祓われたことで心が素直になったのか警察に出頭したらしい。赤山さんを自殺と見せかけて殺害し、失踪した人間も同じように殺したと鏑木さんは俺や先生に三船の最後を教えてくれた。



「これ、報酬です」




 鏑木さんは先生に分厚い封筒を渡した。先生は子供のような目で封筒に入っていた諭吉の人数を数えていた。その姿を見て、俺は笑ってしまう。俺を可愛いと言うけど先生の方がギャップがあって可愛い。




「海馬さんが今後ともよろしくと言ってましたよ」





「私、あの人苦手だから二度と事務所に来るなって伝えといて」








 怪異の王である小鳥遊叶の裏の顔は凄腕の探偵で、セクハラが好きなのに少し少女らしい一面を持っている。とても変わった人だけど俺はこの人に救われた。






「さっ、先生。次の依頼場所に行きましょう」



 最近、生きるのがとても楽しいと思えるようになった。

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人の不幸は蜜の味 デトロイトのボブ @Kitakami_suki

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