第176話 海への道のり――メダルと温泉饅頭
ベッドに半身を起こし、ぼうっとした目で窓を眺めるレン。
窓の向こうの白み始めた空を見ながら首を傾げたレンは、握っていた手の中に小さなメダルがあることに気付いた。
黒いメダルをマジマジと見つめ、
(
そう思考を巡らせたレンは、今見た夢は普通の夢ではないのだろうと判断する。
「防御系のエンチャント特盛りみたいだし、これはお守りとしても優秀だな。意匠は女性の横顔……リュンヌかな? 裏は……花……桜?」
メダルを確認し、以前、マリーから貰ったメダルと一緒に首から下げたレンは、ベッドから降りた。
今回、宿に部屋が余っていたため、レンは個室である。
静かな部屋で、首から提げたメダルを服の上から撫でると、レンは部屋のドアを開ける。
「おはよう」
ドアの横にしゃがんでいたリオを見下ろし、レンがそう声を掛けると
「おはよう。思ったより早起きなんだ」
と、何事もなかったかのようにリオは立ち上がり、返事をする。
「リオ、なんでドアの前で息を潜めてたんだ?」
「エーレンに聞いたんだ。その、リュンヌ様がレンにお声を掛けたって」
「まあ、クロエさんの神託と同じような感じで夢の中で神託を貰ったんだけどね」
神託の巫女の神託と、今回の神託の違いを大雑把に理解した上で、敢えてレンはそう説明をする。
「なるほど、レンはあたしたちと違って眷属じゃないから、それくらいが限界なんだね。まあそうだよね? それで? リュンヌ様はなんでレンにお声を掛けたの?」
神託の巫女は夢で情報を貰うだけ、レンもそれと同じ。会話ができる眷属の方が神々の覚えめでたい、と考えたリオは満面の笑顔でそう尋ねた。
「ああ、色々分からないことが多くて、動くのに支障があったからかな、今後の指針になるようなことを教えて貰ったんだよ」
それは事実とは少し異なるが、嘘でもなかった。
だが、リオには納得できる話だったようで、レンの返事を聞いて嬉しそうに笑う。
「なるほど。レンは使徒って言われてるしね。大変だろうけどリュンヌ様のためだから、しっかり頑張ってね。あたしたちはリュンヌ様からお声があるまで待機してるから」
「まあ、下手に動いておかしな事になっても困るから、今回はそれが正解かな」
命令される前にやれ、自分でやることを見付けろ、自分の判断なのだからそれはお前の責任だ、などと
◆◇◆◇◆
その日は馬を休ませるため、丸一日の安息日である。
もちろん、
休みは交代で取りつつ、休みの者はノンビリほどほどに気を緩める。
妖精騒動で大きく予定が狂った一行だが、黄昏商会の協力で貴族のお嬢様の話は順調に広められており「クローネお嬢様」が神託の巫女であると疑う者はあまりいない。
例外は、実際に妖精騒動を間近で見た者に限られ、そうした者にはしっかりと口止め料を払い、神の名の下に誓約を交わしているので、そこから広がる心配は少ない。
そんなわけで、この街の温泉でクロエが泳いでいることを知る者は、レン達しかいないのだ。
「レンはずるい」
湯浴み着を着て、温泉でぷかぷか浮かびつつクロエは口を尖らせる。
「ずるいって何が?」
「リュンヌ様と夢の中で対話したって聞いた」
「誰に?」
「ソレイル様」
「神託の無駄遣いだな……」
「眷属でもないのに対話が出来るのはずるい」
「でも、クロエさんもその気になれば対話のように出来るんだよね?」
「あれは神託を受けた私の疑問をソレイル様が読み取って、二回目の神託をくれるだけ……ってそんな話、レンにした?」
「明確には聞いてないけど、以前、質問が可能だとは言ってたからね。そっからの推理」
レンの返事を聞き、クロエはその意味を考え、考えるのを諦めた。
「それはそれとして、レンはずるい」
「俺の場合、知合いの姿と声で対話したけど、リュンヌに出来たんだから、ソレイルだって似たことは出来るんじゃないか?」
「リュンヌ様は冥界の管理者だから、死んだ人の魂を真似ることが出来るけど、ソレイル様だと権能が異なるから多分無理」
「ん? 死んだ人の魂が関係するってことは、俺が話したディオは、リュンヌが真似をしただけじゃなく、魂までディオになってたってことか?」
「多分。だから、話し方、レンを呼ぶときの呼び方、記憶、考え方なんかもその人そっくりになってた筈。少なくとも神話ではそう。だよね?」
ぷかぷか浮かぶクロエのそばに座っていたエミリアは頷いた。
「はい。リュンヌ様が死者の言葉を伝える神話などもありますが、本人達しか知り得ないことを伝えたり、生前そのままの姿を見せたりもします……が、クロ……ーネお嬢様、言葉遣いが乱れていますよ」
「気を付ける」
レンのそばで足だけ湯に浸けていたライカは、その会話を聞いて驚いたように目を見開く。
「
「……まあその偽物にね。でも、言われてみれば確かに俺のこと、会頭って呼んでいたし……いかにもそれっぽい感じだったかな。まあ、ディオが知らない筈のことも色々知っていたから、ディオ本人ってことはないだろうけど」
SETI@homeのこと。この世界がゲームであること。ディオがそれを知るはずがない。
そう思いつつもレンは、その前のやたら賢そうなリオそっくりの声色と、ディオの自然な話し方の違いがどこに起因するのだろうかと考えた。
「……そうか……リオは生きてて、ディオは死んでるからか……リオの魂は冥界にないけど、ディオの魂は冥界にあるから、リュンヌはそれを使えたんだ」
「ディオは喜んでましたか?」
「ん? えーと、久し振り、こんなに早く話が出来るとは思ってなかった、みたいなことを言ってたかな?」
「ディオらしいです」
ライカはクスクス笑いながらそう答えた。
「らしいかな?」
「ええ、もしもディオがそう言ったのなら、『エルフである
「そうなのか?」
「そうです。でも良かった。ようやくディオも
ライカの言葉に、レンはディオの言葉を思い出す。
あの言葉もディオのものだとすれば。
「そか、ディオは幸せだったんだな」
呟くレンに、ライカは頷く。
「もちろんですわ。でもそれは、私にも、黄昏商会のみんなにも言える事です」
◆◇◆◇◆
湯あたりやふやける事を考えると、いつまでも温泉に浸かり続けているわけにもいかず、レン達は温泉施設内を適当に見て回った。
植物、小動物、それに。
(……まあ、この世界が現実をベースにした『碧の迷宮』の世界ならこうした場所にあって当然なような気もするけど、食料が貴重なのにいいのかコレは……いやまあ、別に食べ物を粗末にしてるわけじゃないけど)
レンの視線の先では大きな蒸籠が湯気を上げていた、
湯気に含まれる甘さを含んだ小麦の香りが辺りに漂っている。
それはどう見ても温泉饅頭だった。
ただ、レンの知るそれとは異なり、湯気には芋のような匂いも混じっていた。
ちなみに、醤油や味噌、味醂などは相当するポーションなどがあるため、この世界では日本の料理は割と普通に知られていた。
食料を無駄遣い出来ない時期が長かったため、幾つかのレシピは失伝していたが、そんな中でも温泉饅頭は生延びていたらしい。
試しにと買い求めてみると、予想外の高値にレンは驚かされる。
酒と同じく、甘味は贅沢品なのだ。
食べてみると、小豆と芋で作った餡が入っている。
生地からも、芋の甘さが感じられる。
(まあ砂糖はそこそこ高いからなぁ)
本来のレシピで作るには、さすがに砂糖は貴重すぎるのだろうと考えたレンは、オラクルの村でも同じように温泉風の色々を提供できないかと考え始める。
(とは言っても、それほど温泉を知ってるわけでもないし……温泉卵、饅頭、後は蒸した温野菜くらいか?)
味付けに関しては日本で一般的なものなら、値段と入手難易度さえ気にしなければ大抵のものが存在するので、その点は問題ない。
問題は、それらがあっても、レンが日本の温泉に何があったのかを覚えていないことだった。
(……それ以外の食べ物っていうと、漬物とか……でもそれは、日持ちの問題と、日本の温泉は山間部にあることが多いからだろうし、あんまり温泉とは関係ないよな……温泉の料理って言うと、茹でたり蒸したりかな……魔物の肉を蒸して脂を落して、味付けして蒸した野菜に包んだりとか?)
蒸気を使ってノンビリ加熱するのを売りにすればそれなりに行けるだろうと、知っているレシピからそれっぽいものを考えるレンだったが、どうも温泉っぽさが感じられないように思え、様々な料理を検討し出す。
(現在の温泉は、輸送ついでに商人なんかが足を運ぶ場所でしかないけど、いずれ魔物の脅威が低下して、『観光』って考え方が広まったとき、オラクルの村は観光地として栄えて貰いたいし)
立ち上げに関わった以上、いずれそこから離れるとしても、廃れないように手を打っておきたいレンは、思考を巡らせる。
仮にレンが、如何にもな温泉名物を提供できたとしても、それを温泉らしいと感じる者などはいないのだが。
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