暴力に支配され、生き残るために盗みを働いた少年が魔導師に救われる話。

雨徒然

出会い


「また殴られた……」


 粗末な衣類を身につける少年は腫れた自身の頬をさする。

 毎日のように繰り返される暴力に殴られることには自然と慣れてしまっていた。下手にかわそうとすると相手を苛立たせるだけで、適度に殴られることこそが最も楽に終わる手段と少年はわかっていた。


「今日も盗まないと……」


 屋根の上から少年は人々が行き交う様を観察していた。見渡す先には多くの店が軒を連ね、多くの人が行き交っていた。

 少年は、その中から獲物を探していた。

 できるだけ金を持っていそうな奴に狙いを定める。

 すると、店先で店主と何やら話し込んでいる一人の商人に目をつける。その商人は、見るからに羽振りが良さそうな身なりをしていると、少年は期待に胸を膨らませる。

 その商人が財布を取り出したのを少年は確認すると、その財布は不思議な力によって持ち主である商人の手から離れ、空中を漂っていると突然跡形もなく消えてしまった。


「俺の財布が⁉︎」


 商人が突然のことに慌てるが、店主はその光景を見慣れたように商人に話す。


「うわぁ。やられたね。あんた、ついてない」

「ついてないって、俺の財布はどこに?」

「スリだよ。相手が悪かったね」

「スリ? 財布が突然不思議な力によって消えてしまったのが?」

「そうだよ。ここ最近、今みたいに魔法で財布を盗られる事件が多発しているんだよ。特にあんたみたいに身なりの良い商人を狙ってね」


 商人が店主の言葉を聞いて、辺りにスリと思わしき人物がいるか探すが、怪しい人物は見当たらない。


「無駄だよ。見つかりっこない。誰も犯人の姿を見たことがないんだ」

「じゃあ、俺の財布は⁉︎」

「残念ながら、諦めるしかないね。まぁ、衛兵に被害を届けることはできるだろうけど財布は戻ってこないと思うよ?」

「クソが!」


 そんな二人のやり取りを気づかれないように少年は屋根の上から眺めていた。

 少年の手には、消えた商人の財布が握られていた。少年は気づかれないように屋根をつたって移動し、その場から離れた。

 

「ここまで来れば大丈夫か」


 屋根から降り、少年は人気のない狭い路地裏で止まった。

 辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから少年は財布の中身を見る。


「……チッ。意外と少ないなぁ」


 金を持ってそうな身なりの割に、あまりにも寂しい財布の中身に少年は肩を落とす。

 少ない財布の中身を抜き取り、ポケットの中に突っ込もうとしたところ、少年のその手は突然掴まれた。その拍子に財布とその中身が地面に落ちた。


「スリの犯人みっけ」


 突然現れた青年は少年に微笑みながら、話した。


「誰だ、てめぇ!」

「暴れない暴れない」


 少年は青年の手を振り払おうと暴れるが、青年の方が力が強く振り解くことはできない。

 青年は子供を宥めるように少年に話しかける。


「スリの一部始終を見させてもらったよ。それと、君の魔法もね。大した腕だよ。誰に教わったのかな?」

「うっせえ。誰にも教わってねぇよ」

「誰にも教わってない? もしかして独学? すごいね、君」


 感心したように話す青年。その態度が少年をより苛立たせる。


「てか、誰だよ。てめぇ!」

「俺? 俺は通りすがりの魔法使いだよ。君と同じね」


 青年がそう言うと、落ちていた財布が宙を浮かび、地面に散らばっていたお金が財布の中へと収まっていく。


「何だよ、それ」

「君が使ったのと同じ魔法の力だよ」


 青年は元通りになった財布を手に取る。

 すると、二人を狭い通路を塞ぐように四人のガラの悪い男達が現れた。


「おい、ウィル。そいつは何だ?」


 一人の男が少年、ウィルに声をかけた。

 青年はウィルに目を向ける。

 ウィルの表情が曇ったことに気がつく。その目は、恐怖に怯える目だと。


「……そういうことね」


 何となく青年は事情を察して呟いた。


「お前らこそ何だ?」

「俺らは、そのガキの保護者みたいなもんだよ。で、お前はうちのガキに何か用か?」

「この子が人の財布を盗むのを目撃してね。この通り、取り返させてもらった」

「チッ。しくじりやがったか」

「本当に見事な手際だったよ。ここ最近話題のスリっていうのは」

「何が言いたい?」

「簡単なことだよ。お前らがこの辺りを騒がせている犯人だろ?」

「……お前ら、こいつを生かすわけにはいかねぇ」


 男達はナイフを取り出す。


「ウィル。お前は後で仕置きだ。覚悟しておけ」

「子供に盗みを働かせておいて失敗したら、虐待かよ。クズだなぁ」

「どうとでも言え。バレてしまった以上は生かすつもりはねぇからな」

「ウィル、君はどうする?」


 青年はウィルに尋ねた。


「どうって……俺に何ができるっていうんだよ」

「そうだね……俺は君にこの財布を渡そう。君はこの財布をどうすべきなのかを決断するんだ。財布を君のことを道具としか見てない奴等に渡すのもいいし、俺に預けてもいい。君の自由だ」

「俺は……」

「君がもし俺にその財布を預けてくれるのなら、君をこの生活から抜け出す手助けをすると約束する。さぁ、どうする?」


 ウィルは恐る恐る青年に財布を手渡した。


「ありがとう。よく決断した」

「ウィル。テメェどういうつもりだ! 育ててやった恩を何だと思ってやがる」

「黙れよ。この子はお前達の操り人形じゃない。自分達の都合のいいように動かせると思うなよ」

「部外者がしゃしゃり出てくるんじゃねえぞ。お前ら、やっちまえ!」


 青年はウィルを庇うように立つ。


「ウィル、よく見ておくんだ。魔法には不可能を可能にする力があるってことを」

「死ね!」


 男の手にあるナイフが青年に向かって振りおろされる。しかし、ナイフは青年に届くことなく、見えない何かが青年の体を守る。


「何だよこれ……」


 呆然と男から言葉が漏れた。


「何って、魔法だよ」


 青年がそう告げると、男の体は宙を舞った。


「こいつ、本物の魔法使いだ! 逃げるぞ。勝てるわけがねぇ」


 仲間の一人がやられたのを見て、残りの三人が背を向けて走り出す。


「逃さないよ」


 背を向けて逃げ出す三人の背中を青年が放つ魔法が撃ち抜いた。


「……つえぇ」


 地面に横たわる男達を見て、ウィルは言った。


 四人を魔法で器用に締め上げた青年は衛兵にそのまま引き渡した。

 ウィルは強制されたとはいえ、共犯者であったにも関わらず、罪に問われることはなかった。

 そのことについて、ウィルが尋ねる。


「……いいのかよ」

「何が?」

「何って、俺はあいつらに言われてたくさんの人から金を盗んでいたんだぞ」

「犯人逮捕に協力してくれたでしょ。協力者を牢屋にぶち込むようなことはしない」

「じゃあ、俺がもしあいつらに財布を渡してたら、お前はどうしてたんだ?」

「それはもちろん、君も奴等と同じように捕まっただけだよ」

「……危ねぇ」


 当然のように話す青年を見て、ウィルは自分の選択が誤っていなかったとほっと胸を撫で下ろす。

 ウィルの様子を見て、青年は笑みを浮かべる。

 

「よかったね。正しいことを選択できて」

「……ありがとう」

「いいよいいよ。俺もいい拾い物ができたから」

「拾い物?」

「君のことだよ。魔法の素質がある子はそんなにいないからね」

「俺は、これからどうなるんだ?」

「君には魔法使いの素質がある。それもとびきりのね。その気があるのなら、魔法使いになるための学校に通わせることができる」

「俺が学校に?」


 盗みをすることで何とか暮らしていたウィルには、学校に通う未来など想像もできなかった。


「選ぶのは君だ。今の生活から抜け出したいのなら、迷う必要はないとは思うけどね」

「……行くよ」


 ウィルは決断した。

 青年の言う通り、今の生活から抜け出したいウィルにとって迷う必要などなかった。

 

「決まりだね」


 そこでウィルはふと思ったことを口にする。


「なぁ、あんたの名前聞いてないんだけど」

「俺の名前? あぁ、そういえば名乗ってなかったなぁ」


 青年は名乗る。


「俺の名前はアイリーン。魔導師だ」

「……女みたいな名前だな」

「その反応には慣れたよ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暴力に支配され、生き残るために盗みを働いた少年が魔導師に救われる話。 雨徒然 @amature

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ