第11話 差別の根拠

「耕太」

 慧一は翌日学校で、朝練が終わって教室に入って来た耕太の姿を見つけ、すかさず声をかけた。

「おはよう、慧一」

 耕太はやや疲れていたが、それでも慧一の顔を見ると元気のいい声で答えた。


「今日、古賀先輩に会えるかなぁ」

「どうしたんだい、古賀先輩に何か用があるの?」

「ああ、ここでは話せないけど、直接会って話がしたいんだ」

「先輩は、二日ほど風邪をひいて休んでいる。鬼の攪乱だとみんな笑っていたけど、今日の朝練も来なかったから、部活休んでお見舞いに行こうかと思ってる」

「それ、おそらく風邪じゃないと思う。もしお見舞いに行くなら、一緒について行ってもいいかい」

「かまわないよ」


 二人で今日の段取りを話し合っていると、乱入者が現れた。

「何々、男二人でひそひそ話って。私も混ぜてよ」

 晶紀だった。

 厄介なのが現れたと思ったのが、不覚にも表情に出てしまった。

「あっ、嫌そうな顔をした。絶対楽しいことを二人で独占しようと思ってるでしょう」

 晶紀は武道やってるせいか、こういう駆け引きにも長けている。

 慧一はしぶしぶ、三人で行くことを承諾した。


 今日の午後の授業は、二コマ連続で北条先生の進化の授業だった。

 進化の授業はこの学園で最も大切な授業で、中高一貫の生徒は一年時はファントムの習得に費やす。

 我々E組は既にファントムを持っているので、進化の考え方について学ぶ。もちろんダーウィンではない。そんな基礎的な学習は、ここを受験する者なら、過去問からの傾向と対策で、受験時にマスターしている。

 この時間に学ぶのは木崎教授が構築した、今後の人類の進化に対する考察のはずだ。


「前回の授業で生物の持つ感情の捉え方は、大別すると二つに分かれると説明した。大山、その内一つはどういう考え方だ」

 晶紀は要求を通す場合の話は得意だが、説明はあまり得意ではない。頭の中で答を反芻しながら立ち上がった。

「感情は脳の活動の一つです」

 なんと短い説明だろう。晶紀はこの短い説明を緊張しながら答え、すぐにお役御免とばかりに座った。


 北条は苦笑しながら、晶紀の顔を見た。更に追及するかと思いきや、意外にもあっさりと許した。

「付け加えると、脳の活動ということは、感情は肉体から発生する機能の一つであり、肉体の死によって、強制的に感情も消えるということだ」

 今日は他に話したいことがあるのか、大事な部分は北条が説明した。

「では、もう一つはなんだ。東」

 指名が来た。愛美を交え何度も三人で話してきたことだ。これは理解を確かめるためではなく、話を進めるための指名だと理解した。


「はい、肉体と独立して、感情を捉える考え方です。古くは生物は炭素から構成される有機体という定義が成されていました。しかし、現代では細胞分裂のような持続性のある組織と、神経間の電流の流れのようなエネルギーの流れを併せ持つものを、生物と定義しています」

 ここで一人走りしてないか、周りを見渡す。大丈夫、皆ついて来ている。

「持続性のある組織とは、我々の肉体そのものであり、エネルギーの流れは脳の活動がメインですが、感情に関しては脳とは別個のエネルギーの流れだと考えます。これは古来からある魂という概念で、米国の医師、ダンカン・マクドゥーガルは、死後の体重変化から体液やガスなどの消失分を差し引き、二一グラムの原因不明の差があることから、これを魂の重さとしました」

 みんなの顔に苦悩が走り出したので、この辺で説明を打ち切った。


「いいだろう。後に魂は光と似た性質を持つと言われ、粒子であり波、つまりエネルギー体だと定義された。木崎博士はこの魂は意識だとして、人間の思考的な個性の違いは、脳の働きではなく、意識の違いだと発表した。この学説は学会では受け入れられなかったが、後に博士はみんながよく知っているファントムを発見し、ファントムは意識が進化し視覚化と個性としての特殊能力を持つとした」

 北条先生は相変わらず切れのいい説明をする。話し方がうまいのか、説明が言葉を介さずに、脳に直接インプットされる感じだ。


「質問してもいいですか」

 真野恭祐まのきょうすけが手を上げた。恭祐は慧一と同じ学力系の選抜で入学した生徒だ。人づきあいは苦手な用で、あまり積極的に接してこないが、学問への探求心は人一倍有り、授業中は積極的に発言する。いわば晶紀と正反対なタイプだと思えばいい。

「木崎教授がファントム理論を学会では発表せず、JCLC内に留めた理由は、初期の学説が学会でリジェクトされ、異端を排除する空気を感じたからと思います。しかし、その教授自身が、白いファントムのみ正当な進化の系譜で、他の色を亜種と定義する差別的な考え方について、論理的な説明がされていません。教授程の人が論理的な根拠なしにそう言われるとも思えません。説明しない理由を教えてください」


 恭祐の目は、差別自体に反発している様子はなかった。むしろなぜそうなのか、探求心が呼び起こした質問だった。そしてその解は慧一にもなかった。

 北条はそのとき相好を崩した。目に喜びがあふれている。


「いや今日は非常に授業がやりやすい。この学園における木崎教授の影響力が強すぎて、不満には感じても、誰もそこには踏み込んで考えなかった。今日、私が話したいのは正にその点についてだ」

 クラス全員の意識が北条先生に集中した。

「この説明は言葉で理解してもらうのは難しい。なぜなら理論自体が非常に複雑な過程の上に成り立っているからだ。だからファントムを使って意識共有したい。全員ファントムを出してくれ」


 最初の授業のときと同じように、それぞれファントムを出した。カラフルなファントムで教室が鮮やかに彩られる。

 北条先生の身体からもファントムが流れ出し、最初の授業のときのように、真っ白い雲が各自のファントムを覆っていく。


 北条先生のファントムは、色のない真っ白な空間を描いていた。その中に様々な人のファントムが存在した。全て白いので目には見えないが、エネルギーとして感じることができる。それぞれのエネルギーは皆活動的で、相互に干渉し合っている。つまり人間でいう意識の触れ合いが生じているのだ。


 そこに色付きのファントムが紛れ込む。色付きのファントムが白いファントムに干渉すると、空間内のエネルギーの量が明らかに落ちた。

 色付きのファントムが空間内に増えてゆくと、どんどん空間内のエネルギーが小さく成り、やがてゼロに成り空間が消滅した。

 空間が消滅すると、行き場を失ったファントムが、それぞれ現在の空間の宿り木である肉体に戻ってゆく。


 ここで、ファントムによる意識共有は解かれた。みな、論理的な言葉にはできないが、ファントムが集う空間があることは理解できた。それが現在自分たちがいる空間とは別次元に存在することも……


「皆さん既に気づいてると思いますが、ここにいる限り、肉体は不要になります。肉体が無ければ、食事もいらないし化石エネルギーの枯渇などのエネルギー問題も解消する。この空間を保つために木崎教授は白いファントムに統一したいと考えているわけです」


「もう一つ質問してもよろしいですか?」

 また真野だった。色による差別については、納得したらしい。

「いいですよ」

 北条先生はまた、嬉しそうな顔で質問を歓迎した。


「それぞれの意識の持つエネルギーが共振し、空間を存在させることは分かりました。では意識のエネルギーの元は何なんですか?」

 北条先生の顔は破顔した。顔をくしゃくしゃにして笑顔を見せる。

「今日は、ここまで話す気はありませんでした。でも素晴らしい気づきです。意識の波がエネルギーと成ることは、もう理解したと思います。では日常生活で皆さんの意識が波打つときは、どんなときですか?」


 この質問には、皆次々に答を返した。

 いい、映画を観たとき

 恋愛が成就したとき、あるいは失恋したとき

 美味しいものを食べたとき

 いい成績をとったとき

 美しい風景をみたとき


 答えは多岐に渡った。北条先生はどの答にも頷き、共感してくれた。

 全ての答えが出尽くしたとき、北条先生の口から恐ろしい言葉が飛び出した。


「皆さんの答えはそれぞれ意識を刺激する素晴らしい答です。刺激が強いほど意識の振幅は大きくなります。でも一番強い刺激は、実は他の生物の命を奪う行為なのです」

 その言葉に全員が絶句した。

 慧一も、さすがに予想できない答だった。

 活気と興奮に満ちた教室内が、いきなり静まり返った。

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