成長する影
混沌加速装置
目撃
気づくと、いる。時間も場所も関係ない。朝でも夜でも。家で食事をしているときだろうが、学校で授業を受けているときだろうが。あれが他人に見えていないのも、人々の反応でわかる。
はじめは目に入ったゴミか、もしくは光の残像かと思った。黒い点のようなものが、たまに視界の端に点滅する、ように見える。と思っていたのが小学校五年のときまで。
クラスの
喧嘩をした日、ベッドで横になっているうち、末永のことを思い出してイライラが募ってきた。背後から蹴った、などと言いがかりをつけて殴ってきた、末永が確実に悪い。俺はやっていないのだから、非は完全に向こうにある。だから殴り返したまでだ。
階下から夕食の声が掛かり、ベッドから起き上がって気がついた。目の中にあった人型が、部屋にいることに。手のひらほどの大きさだった。すぐ母親に知らせ、翌日眼科へ行って検査を受けると、診断は
同日、午後から学校に行くと、末永がまたおかしなことを言ってきた。
「もう勝負はついただろ! 嫌がらせすんなよ!」
意味がわからなかった。俺は何もしていない。また言いがかりだ。頭にきたけど、教室だったから抑えて、「テキトーなこと言ってんじゃねぇよ」って言い返しただけにしておいた。
末永が行方不明になった、と担任の
「先生、
訊かれてもいないのに、挙手して勝手に立ち上がって意見を述べたのは、クラス委員の
「川本、根拠や証拠もないのに、他人を疑うのはよしなさい。人として恥ずべきことだぞ」
宇都宮が
「そうなのか、菊地」
「先生、論点がズレてませんか? 俺が末永を殴ったかどうかと、末永が行方不明になったこととの関連性の話なんてしてませんよね? 末永が行方不明になった話ですよね? だいたい、小五の俺に何かできると思いますか? それに川本さん程度が気づけることなら、警察はとっくに気づいて調べてると思いますけど」
普段は無口な俺が長口上をぶったもんだから、川本も宇都宮も含めクラス全員が驚いていた。
「わかったから、菊地もその辺にしておけ。川本も座りなさい」
川本は勉強ができるが、頭の使い方が悪い。物事の表面しか見ていない。だから、俺が末永を殴ったのを見ただけで、俺のことが怪しいなどと言いだすのだ。どうせ向こうが先に手を出したことも知らないのだろう。もしかしたら、川本は末永に気があるのかもしれない。
「ともかく、まだ詳しいことはわかっていないので、勝手な憶測や想像で妙な噂話を広めないこと。いいか、川本」
宇都宮に指摘され、川本が恥ずかしそうに下を向いたのには溜飲が下がった。自分は常に正しい、他人よりも優れている、などと傲慢な考えを持った人間の裏をかき、そんな連中の鼻を明かすのは心地がいい。
「それから、菊地は放課後、ちょっと職員室まで来い。いいな」
放課後、宇都宮がしたのは説教ではなく、川本の言葉の事実確認だった。俺は信じてはもらえないかもしれないが、と前置きを入れて事実を話した。
「わかった。だが、状況を見ていない先生が、どちらか一方が正しく、もう一方がそうでない、と判断することはできない。誤解してほしくはないが、先生は菊地が嘘をついていると言っているのでは決してないからな」
「わかってます」
「それで、菊池。おまえ、本当に知らないのか? 末永がどこへ行ってしまったのか」
「本当に知りません。別に、仲も良くないし」
アイツがどうなろうと知ったことじゃない、と言いそうになるのを俺はどうにか堪えた。
「そうか」
「あの、もう帰ってもいいですか」
宇都宮は一瞬だけ奇妙なものでも見たかのような表情を作ったが、「ああ、気をつけて帰れよ」と気を取り直したように言うと職員室から俺を送り出した。
家に帰ると、末永と喧嘩をしたことを知らない母親が、「末永くん、心配ね」と声を掛けてきた。連絡網がまわったらしい。警察が訪ねてきたのは、その直後だ。スーツを着た刑事風の中年男性と若い制服警官の二人連れ。母親はすぐに末永のことだと気づいたようだった。
刑事ドラマのような事情聴取ではなく、終始なごやかムードで母親とは世間話をし、俺には学校は好きかとか得意な教科はとか、おもに刑事風の男性が他愛もない質問をしてきた。末永との喧嘩の件は一度も出てこなかった。
十分ほど話して「では我々はそろそろ」と刑事風の男性が立ち上がろうとし、思い出したように「あ、そうそう」と言ってもう一度腰を落ち着け、奇妙なことを言いはじめた。
「つかぬことをお訊きしますが、こちらで中型犬か大型犬を飼われていますか?」
父親が嫌うのでうちではペットの類は飼っていない。動物の種類や大きさに関係なく、一律禁止となっている。母親は「いえ、うちは主人が動物嫌いで、何も飼ってはいませんけど」と不思議そうに答えていた。
「そうですか。いえね、末永蓮くんの行方がわからなくなった日、つまり昨日の午後十一時半頃ですが、こちらのお宅に動物のようなものが入っていくのを見た、という方がいらっしゃるんですよ」
「あら、野良犬かしら? 嫌ねぇ。庭の扉、閉め忘れたのかしら?」
「まぁ、お宅のまわりは街灯もなくて暗いですし、お心当たりがないのであれば、目撃者の見間違いということも十分に考えられるんですが」
「うちでは全員寝てる時間ですからねぇ。とくに大きな物音も聴こえませんでしたし……でも刑事さん、その動物、ですか? それと末永さんとこのお子さんの行方がわからなくなったのと、どういった関係が」
「これは、失礼しました。ええ、それがですね。その動物、末永さん宅周辺でも目撃されているんですよ。昨日、一昨日と二日つづけて。まぁ、先ほどは中型犬、大型犬と表現しましたが、正確には人の形をしていたというんですよ」
「え? じゃあ、うちと末永さんとこに、泥棒が下見に来たということですか?」
小五の俺にも母親が見当違いなことを言ったのがわかった。そうじゃない。それなら警察は初めから、まわりくどく動物とは言わずに、泥棒や空き巣などと表現するはずだ。
「いえ、そうではなくてですね。端的にいいますと、人の形で動物のように四足歩行していた、ということなんですが。あとそれと、報告された大きさが、目撃された初日と二日目とで倍ほども違うんですよ。それも初日の奴の大きさは」
そこで制服警官に袖を引っ張られ、刑事が言葉を切った。最前から居間を
「失礼」と言って刑事は一つ咳払いをし、「ともかく、我々も不審者の特定に全力を尽くしますので、くれぐれも夜間の戸締りには気をつけていただいてですね、もし何かあれば警察でもいいし直接私のほうでも構いませんのでご連絡ください」と母親に名刺を差し出すと、制服警官と席を立って帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます