サイドブラッド

七色 そら

1 覚醒《めざめ》I incident

1-1 出来事インシデント

 「え・・・?、何だ・・・これ?」

 少し遅れてその言葉を口にしていた事に気付き、我に返った。

 

 その日はいつものように帰宅したが、様子はいつもと違っていた。

 眼下に広がる辺りの景色は幼い頃より見慣れたものだったが、全体的に薄っすらとモヤがかかり、何処となく冷たい薄暗さを漂わせていた。言葉としては矛盾しているものの、カラーなのにモノクロに見えるという表現が妙にしっくりとくる。単純に曇っているだけだろうかと空を見上げるが、そこには雲ひとつなく太陽が地平線に向け徐々に傾きを進めようとしていた。ふと気付くと、周りの全てが不気味なぐらいに静まり返っている。いや、静かと言うよりむしろ息苦しいまでに音が無く、そのあまりの不気味さに思わず寒気がしてくる。

 久々に風邪でも引いたかと思い直し、足早に家まで急いで帰ると、見慣れた玄関の扉に手を掛ける。

「ただいまー」

 いつものように扉を開けると、そこは外だった。目の前には、また玄関があった。

「え・・・?」

 慌てて振り返るが先ほど入ったはずの扉はそこには無く、さっきと同じ淡々と薄暗い街の景色が広がっている。そして相変わらず不気味に静まり返っていた。

 ゆっくりと前方に視線を戻すと、『また玄関』は依然としてそこにある。

「何だ・・・これ?」

 

 その重厚な趣のある扉は自宅の玄関とは大きく異なっているが、昔からよく知っている。

「これって、隣の家じゃないか」

「どうなってんだ?」

 これを開けるとまた外でした、なんてオチじゃないだろうな。などと思いながら無意識のうちに扉に手が伸びる。

(ダメだ、入っちゃダメだ!)

と心の中で叫んでいたが、そんなことはお構いなしに扉が開かれる。そして家の中の光景が目に入ってくる。そこは古くからある屋敷にのっとった大きな造りで、玄関の中もかなりの広さがある。

ふと奥を見やると、廊下を抜けた先の居間の方から薄っすらと灯りが漏れているのが分かる。

(戻るんだ!) 

心の中で引き返そうと試みるも、身体はそんなことはつゆ知らず足は勝手に進んでいく。

 廊下を進むにつれ、耳鳴りがするかと思うほど張り詰めた空気が容赦なく突き刺してくるのが分かる。やがて息をするのも重く、もはや歩いている感覚さえうまく感じられない程だった。

「ゴクリ・・・」

 自分が息をのむ音が異様に大きく頭に響いてくる。


 ゆっくりと居間に差し掛かると奥の方から人らしき気配がする。

 障子が開け広げられたままの敷居の手前では、母親らしき人物が『誰か』と向き合っているのが見える。その背中越しに相手を確かめようとしてみたものの、ぼんやりとしていてはっきり分からない。その母親から少し離れた縁側では、すっかり怯えた様子の少女が床にヘタリ込んでいる。

 

 出来事は一瞬だった。

 

 その『誰か』は大きく手を振りかざすといきなり母親に襲いかかった。

 それと同時に辺りが眩しい光で照らされる。

「チッ、だが虚ろにさえしてしまえば・・・」

 それだけ言葉を残し、そいつはそのまま忽然こつぜんと消えて居なくなっていた。

 母親が膝から崩れ落ちる。

 少女が叫びながら駆け寄る。

 駆け寄る少女を呆然と眺める視界の片隅には、その一部始終を庭先の物陰から見ている者がいた。その少年は目を見開いたまま、あまりの出来事に目を逸らす事も出来ず震え上がっている。

 力なく倒れている母親は、恐怖と悲しみで泣きじゃくる少女の手を両手で包み、優しく言い聞かせるようになだめていたが、やがて眠りに落ちるように少しずつまぶたが閉じられていく。完全に閉じられようとする前に、物陰の少年に気付いた母親は、微かに口元を動かし何かを伝えようとしている様子だった。そしてかたわらの少女はあまりのショックからか、手を握ったままその場で気を失っていた。

 その少女は自分が最もよく知る幼馴染、天ノ川あまのがわ 詩織しおりだ。

 そして物陰の少年は、神ノ木かみのき かける、七歳の自分だった。

 忘れもしない、ちょうど十年前に目の前で起こった出来事だ。る


 

 見ていることしか出来なかった。全身が金縛りにあったかのように。身じろぎひとつ出来なかった。

(あの時、僕にもっと、勇気があったら・・・)

 何もすることが出来なかった自分の弱さを改めて思い知らされ、うなだれる。

 

 いつも決まってここで目が覚める。同じ夢はこれで何回目だろう。


 ー今回は違っていた。


 「・・・?」

 ふと顔を上げると人らしき影が目に留まる。

 先ほどと同じく眩しい光で辺りを照らされているため逆光でよく見えないが、気配は明らかに近く、声がハッキリと聞こえて来た。

「こっちへ来るんだ!」

 いきなり手を掴まれ身体が上方に引っぱられる。まずい、母親を襲ったヤツがまだいたのか!

 必死で手足をばたつかせて抵抗してみたものの、それは全くの無駄だった。身体はすっかり宙に浮いていて、下方に見える光景が少しずつ遠ざかる。慌てて上を見やるがあまりの眩しさに、掴んで来たヤツの手とその内側にあるあざのようなものが辛うじて分かるだけだった。

(やっぱり、さっきのはコイツの仕業なんだろう。でも、一体詩織の母親に何が・・・)

 考える間にも、光の方向に徐々に引き込まれていく。その眩しさでまともに目を開けていられない。加えてフワフワとした感覚がなんとも気持ち悪い。徐々にその光の中に吸い込まれていくにつれ、やっと辺りの眩しさが次第に弱くなっていく。とにかく目を慣らすべくパチパチと瞬きを繰り返し、最後にギュッとまぶたを閉じ大きく目を開けると、一瞬だけ、そいつの姿が視界に入って来た。

「えっ?」

 ー微かに見えたその横顔には見覚えがある気がした。



「わぁぁあああー!」

 かけるは自分の声で飛び起きた。かなりうなされていたらしく、息が上がり冷や汗がにじんでいる。周りを見渡すと、既に外は明るくなっているようで、カーテンの隙間から光が差し込んでいる。まださっきの光に引き込まれる感覚が残っていて何とも落ち着かない。ふと両手に力が入ったままだということに気づきゆっくりと手を開く。手のひらが赤くなる程なので、余程強く握っていたのだろう。

 ベッドの上で大きく伸びをして力を抜くと、両手がパタンと落ちる。当たり前の事なのに重力を感じられて心からほっとする。そのまま何となく先ほど掴まれた腕に目をやるが、特に跡がついているわけではない。それでようやく夢だったんだと確信できた。それ程までにリアルな感覚だった。

「またいつもの・・・」

「それにしても最後のは一体?」

「あいつ、どこかで・・・」 

 先程の夢を思い返しながらぼんやりと記憶を辿たどっていたが、まだ頭がぼーっとしている。ふと何気なくぼやけた視界の中で、机の上のデジタル時計が映ってくる。徐々に目の焦点が現実に戻ってくると、そこには7:40と表示がされている。あぁ、そろそろ家を出る時間だなぁ、としばらく時計を眺める。


かける、急ぎなさいよー」

 一階から聞こえてくる声でハッと我に返る。

「やっば、学校学校、遅刻ダァー!

「ねぇ、起こしてくれてもいいのに!」

 大慌てで制服に着替え、カバンを抱えて階段を駆け降りながら思わず噛み付く。

「あら、起きないあなたが悪いんでしょ?パンは焼いておくから早く顔洗ってらっしゃい、それから、私にはちゃんとかえでっていう名前がありますー!」 

 何度呼んでも起きてこないんだから、せっかくの美声が枯れちゃうわよ、もう。とブツブツ言う声が聞こえる。

 (美声って・・・自分で言うか普通)

 いつもの事ながらあの性格は何とかならないものかとため息をつく。だが、とにかく今は言い合いをしている場合ではない、反撃したい気持ちをぐっとこらえ、洗面台に向かう。

 急いで支度を済ませて食卓につくと既に朝食が並べられていた。パンを一口かじる。焼きたてのパンにバターとジャムを塗るのが翔の好みだ。自称美声の人にお子様だとよく揶揄からかわれるが、好きなものは仕方ない。が、今日はゆっくりと味わえないのが残念だ。

 なーんて思い巡らせつつ二口三口と急ぎ頬張っていると、向かい側に座ってきた自称美、、いや、母親が、肘をついた両手に頬を乗せ、満面の笑顔で付け足した。

「そうそう、詩織しおりちゃん、もう来てるわよ?」

「ぶっ、ゴホゴホ! そういうことは早く言ってよ!」

「とっくに言いましたー。それとも起こすのが詩織ちゃんなら、ちゃんと起きたのかしら〜?」

 悪そうな顔でそう言うと満足げに台所へ戻っていく。

 まったく、急がせたいんだか、チャチャを入れたいんだか、相変わらずのマイペースっぷりである。もっとも既に詩織を待たせている時点で血は争えない気はしているが・・・

 聞こえないフリをして、残りのパンとハムエッグを牛乳で流し込み、慌ててカバンを引っ掴む。

「詩織ちゃんはほんと優しくていい子よねぇ、いつお嫁さんに来てもらうの〜?」

「詩織ちゃ〜ん」「はいお母さま〜」「なーんて、きゃーぐふふっ」  

と相変わらずのん気な口調のまま台所で小芝居が繰り広げられている。何だよお母さまって、まったく、自分の子には名前で呼ばせるくせに。しかも、なんで『さま』なんだよ、と思いつつも、この投網とあみに捕まってこれ以上詩織を待たせるわけにはいかない。

「あーはいはい、それじゃ行ってきまーす、かえでちゃん」

 やれやれとばかりに玄関に向かうと、カバンを胸の前で抱えた詩織が待っていた。

「おはよう、翔」

「ああ、おはよう、詩織。待たせてごめん」

「ううん、今日は来るのちょっと早めだったし、大丈夫ー」

「おやおやー?翔くん、お口の横に美味しそうなジャムが付いてますねぇ〜?」

 詩織は口に手を当ててクスクスと笑っている。

「待たせて悪かったって、こ、これは頑張って急いだ証拠だってのは・・・ダメ?」

 気まずそうに口元を手で拭いながら玄関を出る。

「まぁ、朝しっかり食べるのは大事なことだし、第一お医者の息子が朝食抜いて病気になりましたなんて笑えないから、今回は良しとします!」

 と詩織が後に続く。

「ほんと実感無いんだよなぁ。全然それっぽくないし。自分でも『確かに医者でもあるけど、どちらかと言うと私は学者なのだよ!』だってさ、あ、いずれにしても反省・・・してます」

「そんなことないよ、私のお母さんも病院ですごく良くしてもらってるし、とっても安心してる。それに白衣すっごく似合っててかっこいいんだよ」 

「白衣姿かぁ、そういえば見たことないな、でも詩織にそう言ってもらえるなら本人も喜ぶよきっと」

翔が少し照れ笑いを浮かべ足を踏み出すと、素早く詩織が隣に並んで来る。

「ところで・・・・優しくていい子の詩織ちゃんを、いつお嫁さんにしてくれるのかな〜?」

 意地の悪い顔でニヤニヤしながら目をのぞき込んでくる。

「聞いてたのかよ!」

「いいえ、特に何も聞こえて来ませんでしたよ?」

「あーっ、もうこんな時間、急がないと、学校!」

 腕時計に目をやり、誤魔化すように詩織を先に歩かせる。 

「そういえば、翔ってお母さんって呼ばずに、名前で呼んでるんだね」

 詩織が今更ながら不思議そうに尋ねてくる。

「あぁ、なんでも、『あなたは『お母さん』なんて呼んでるからいつまで経っても頼りないままなのよ、あたしが『息子よ!』っていつもあなたのことを呼んでたらおかしいでしょ?それと同じよ』っていうのが言い分らしい。まぁ言ってることは理解は出来るんだけど、ちょっと変わってるとは、思う・・・とはいえ名前で呼ばないと無視してくるし。流石にもう呼び慣れちゃったけどね」

「ふ〜ん、それじゃあ『お母さま〜』じゃなくて『かえでさま〜』に、なるのかしら?」

人差し指を立てて宙を見ながら考えた後、ぷっと詩織が吹き出す。


 やっぱりがっつり聞いているんじゃないか・・・。しかもなんだか*二人*に同じ匂いを感じて、翔は無意識に顔が引きつっているのが自分で分かった。


 

 詩織は歳が一つ下の幼馴染だ。翔の家の隣で昔ながらの日本家屋に住んでいる。屋敷が立派なだけではなく、広い敷地の隅には蔵もあり、離れも建っているのでかなり古くから続く由緒ある家なのだろう。幼い頃は詩織と、もう一人、 同じく近所に住むわたると三人でよく遊んでいた。まるで兄弟かのように、何をするにも三人でいつも一緒だった。


 

 幼い時の詩織は泣き虫でよく近所の子供達にからかわれていた。もっとも今思えば子供によくありがちな、興味があるからいじめるというやつだ。特に詩織の家が日本家屋だったことが格好のからかう材料となっていたんだろう。子供達の意地悪の決まり文句はだいたいそれだった。 

「やーいやーい、お化け屋敷のお化けの子」

「お化けなんて出ないもん、大好きなお家だもん!」

と詩織はいつも泣きながらも言い返していた。そしてそいつ達を追い払うのが翔の役目だった。

「しおりはボクが守ってあげるね!」

「かけるくんありがとう」

「うん、だって一つ年上のお兄ちゃんだもん」

そこで、決まってわたるが割り込んでくる。

「じゃぁ、俺はかけるもしおりも両方守る!」

「あー!わたるずるい!それじゃわたるが一番お兄ちゃんみたいじゃない!」

「ずるくないよ。誕生日がかけるより早いんだから一番のお兄ちゃんであってる!

「それからしおり、これからはかけるも俺も呼び捨てなっ、俺たち三人は仲良しなんだから」

「えっ?でも・・・」

「いいからいいから、これは一番のお兄ちゃん命令だからなっ」

 渉がいかにも子供らしい元気一杯の笑顔を見せる。

「うん、分かった。かけるー、わたるー、ずっと仲良しでいようねー」

「そんじゃ帰りは3人で競走だー、よーいどん!」

 渉がそう言うや否や真っ先に駆け出す。

「あー、わたるずるい!待てー」

 翔と詩織がケラケラと笑いながら後に続いて走り出していく。


「お父さん、今日ね、わたるにね、しおりはボクが守るんだって言ったんだ!いじめっ子が来てもボクが追い払ってやるんだ。そのためにも、うーんと強くなるんだ!」

 散歩に来ていた夕暮れの公園で得意げに翔が父親に宣言している。

「それは頼もしいな。じゃぁ嫌いなニンジンも残さず食べてうんと強くならないとな」

 父親が優しく笑顔で翔の方を見て答える。

「えー・・・・・・じゃぁ、分かった!もうニンジン残さない!他にはどうしたら強くなれる?お父さん」

「そうだなぁ、じゃあ、特別にお父さんが知っている誰よりも強くなる方法を翔にだけ教えてあげよう」

「本当に⁉︎なに?なに?」

「それはね、決して諦めない事だ。何があっても希望を捨てず絶対に諦めない人は、本当に強い。誰にも負けないんだよ」

 父親は穏やかに、諭すように翔に微笑みかける。

「やったー!、、、でもなんかぼんやりしててよく分からないや」

 父親の言葉はゆっくりといつも通りの優しい口調だったものの、その妙に説得力のある迫力と雰囲気に、当時まだまだ幼かった翔だったが、胸に何かを撃ち込まれたような衝撃を感じたのを今でもよく覚えている。

 

 

 全てが懐かしく、そして本当に大切な時間だ。あの頃の事を思い出す度に、知らず知らず顔がほころんでいるのが自分で分かる。

 そういえば小学校に上がった頃からだろうか、詩織が泣いている姿はめっきり見なくなった、小さい頃はあんなに泣き虫でいつも目をうるうるさせてたのに。と歩きながら何気なく詩織の姿を眺める。

「あー、翔ニヤニヤしてる!どうせいやらしい事でも考えてたんでしょー、危ない!これは詩織ちゃんに命の危機がっ⁉︎」

 と詩織が大袈裟に飛び退く。

「あのねぇ。なんでいやらしい妄想が命の危機につながるのさ?」

「あっ!やっぱりいやらしい事を妄想してたんだ!」

「してないよ!」

かなり食い気味に断固否定した後、少し間を置いて続ける。

「ちょっと、昔のことをふと思い出してさ。小さい頃は詩織、泣き虫だったなって。最近は泣いたとことか見たことないから、その、、、強くなったんだなーって、思ってさ」


詩織が身構えていた両手の力を抜き、自分の手のひらを見る。

「強くなった・・・か。そうなのかな?そう、なのかもしれないね・・・」

少し寂しそうにそう呟くと、より一層小さい声で詩織が続ける。

わたる、元気にしてるかな・・・」

「あ、なんかごめん」

 詩織が我に返り反射的に謝る。お互いあまり口には出さないし、そもそも謝るようなことではないが、やはり詩織も渉のことが気がかりなんだ。そりゃそうだ、自分だってずっと気になっている。今でこそ詩織と二人だが、渉がいた小学校の頃までは、いつも三人でいるのが当然のことで、もちろん通学も一緒だったんだから。

「今朝ね、翔のお家の玄関で待っている時にね、昔もこんなことあったなぁって思い出してたの。まぁ、その時は待ってるのは二人だったんですけどねぇ〜?」

満面の笑みの詩織がじっと見てくる。あれ?この満面の笑み、どこかで見たぞ・・・あれ?


 そういえば渉がいた頃の登校時の思い出といえば、なぜか決まって自分の家の玄関の風景が思い浮かぶ。なぜかは、まぁ分からない事にしておこう・・・。そしていつも元気な詩織とは裏腹に、渉には変なあだ名をつけられそうになったのが妙に印象に残っている。

「おはようー翔!」

「おはよう、寝坊助くん!」

 と渉が敬礼をしながら続ける。

「あー、そうだそうだ、翔、寝坊助くんだー」

 と、詩織が嬉しそうに繰り返す。

「待たせてゴメンって、でも寝坊助くんはやーだー」

「嫌ならちゃんと起きるんだな、翔」


渉がいつもの調子で得意げに言い放つ姿が思い浮かぶ。もうかれこれ十年にもなろうとしているのに、つい先日の事のようだ。

 ふと気付くと、翔を置いて先に駆けていった詩織が振り返り大きく手を振っている。

「翔〜、ほんとに遅刻しちゃうよ!」


 十年、もうあれから十年・・・か。

 

 あれ以来、詩織は明るく振舞ってはいるものの、自分から外に出ることはめっきり減り、また渉も突然家の事情とやらで引っ越してしまったっきり音沙汰はなく、三人は何となく散り散りになってしまっている。

 

 それでも朝は出来るだけ一緒に登校しようと詩織に持ちかけ、今まで続いている。少しでも気休めになればとそうしたのだ(が、自分が寝坊して迎えに来てもらっていたんじゃ世話がない)詩織の母親はあの事件以来ずっと入院しているが、いつでも戻って来られるようにと詩織はそのまま屋敷に住み続けることを選んだ。

 まだ幼かった翔はそのかたくなな選択に初めて詩織の強さを垣間見た気がして少し驚いたのを覚えている。以来、家事などは遠縁だと言うお手伝いさん二人にそのまま色々世話をしてもらっているようだが、外に出る時は出来るだけ馴染みのある自分が一緒にいる方が少しでも安心できるだろう。

 いや、そうしたいと翔自身が思っているのは自分で良く分かっている。そうすることで少しでも・・・



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