第0話『卒業式』

「っ……!!」

激しい心拍と多量の汗が体験したことのない焦りを生む。

「なんでこんな夢を……」

沈思黙考ちんしもっこうするうちに、寒気を感じてスマホを覗く。

「8時?嘘だろ!?」

遅刻を恐れ、飛び起きて支度する。

緩く閉まったネクタイ。

かけ違えたボタン。

両親への挨拶もないまま家を飛び出した。


「すみません!寝坊しましたっ!」

息を切らして勢いよくドアを開けると、クラス中の視線が刺さる。

「おいおい、今日卒業式だぞ?最後の最後で遅刻……ってお前なんて髪型してんだよ!」

教室中が笑いに包まれる。髪をいじり、耳まで真っ赤に染まる前にトイレに駆け込んだ。


「……最悪だ」

鏡に映る自分は 髪の毛が逆立ち、その風貌はベジータのようだった。

両手を水で濡らし、必死に手櫛で髪を整える。

しかし髪は言うことを聞かず、結局碇いかり先生のワックスで整えた。


「卒業生が退場します。拍手でお送りください」


無事にプログラム通り終わり、体育館内は笑顔と涙で包まれていた。クラスへ戻り、最後の学活が始まるまでの自由時間に声がかかる。


「陽向が教室に入ったときびっくりしたよ〜」

「ボタン掛け違えて、顔真っ赤にしてな!」

蒼と菜乃花が からかいに来た。2人は幼馴染で同じサッカー部に所属していたチームメイトだ。

「どうせ遅刻なら、身だしなみ整えて来れば……はぁ、ほんと、今日をやり直させてくれ」

「それにしても陽向が遅刻って。雪でも降るんじゃないの〜?」

そう言って菜乃花は外を見る。晴れだ。雲一つない快晴だった。

「なんで今日に限って……」

下を向いてつぶやき、寝坊の原因を考えていた。

「なんだ?長い夢でも見てたのか?」

少しニヤけた顔で蒼が脇腹をつつく。

「いや、別にそういうわけでは」

言い掛けた時、今朝の出来事がフラッシュバックする。



〈陽向…!危な――〉



「おい、どうした?真剣な顔して」

不思議そうにこちらの顔をのぞき込む。迫る2人に、記憶を辿りながら重い口を開いた。

「た、確かに長い夢を見ていたかもしれない……目が覚めたら心臓がバクバクで、大量の汗をかいていたんだ」

「なんだ?まさか夢の中でも遅刻ギリギリだったんじゃないのか〜?」

「……」

笑う2人に顔を向けられず、うまく反応してやれなかった。



「陽向、卒業式だよ?そんな思い詰めた顔しないで笑って?」

菜乃花が頬をつつく。

「だけど……」

顔を上げると清々しい笑顔が瞳に飛び込む。一瞬、今朝の夢が過ぎったが、その表情は不安を無くすほどに希望に満ち満ちていた。

「そうだよな。笑っていい思い出にしよう」

「ほんと、今日の陽向ちょっとおかしいぞ!」

「ほら、また髪の毛はねてるよ?」

「や、やめ……いじるなっ!」

顔を背け、手を振り払う。いつも通りのスキンシップに中学校3年間の日常を感じ、自然と不安は解消されていった。その後、先生の述懐じゅっかいに泣かされ、正門前では部活のメンバーや幼なじみと一緒に写真を撮った。

「春休みも遊ぼうな!」

「そうだな。サイべリアにでも行って語りあうか!」

「ちょっと、2人だけで計画しないでよ〜!」

「みんなで行くに決まってるだろ!」


ウグイスの鳴く帰り道、春休みの予定を作り、小さかった頃の思い出や部活動などの話に花を咲かせた。


その夜。ご飯を済ませた後、部屋に戻りアルバムを開く。

部活動での記憶、修学旅行での思い出。ページをめくる度、脳裏に走馬灯のように流れた。


しかし、入学した年のアルバムに手が止まった。

貼られているのは記憶にない女の子と笑顔で撮られたツーショット写真。


 疑問に思いながら慎重にめくる手を進める。


しかし、そのページ以降 彼女と親しそうにしている姿は見られなかった。


「誰だこの子…」






『この日からだろうか。

  俺の夢に、一輪の花が咲いたのは』

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