親友に彼女が出来たらしい

@altyhalc

親友に彼女が出来たらしい

親友に彼女が出来た、らしい。

誰もいなくなったクラスルームで俺はカミングアウトされた。

目の前の親友、イオリは飄々とした態度で俺に向き合っている。

うらやましいなー、とか、抜け駆けだぞ、とか、そう言った冗談を言うことができなかった。言葉を濁す。

「へえ、彼女ねえ……」

放課後に話したいことがあるからと言われて聞かされたことがこれだ。

自分でも思った以上にその報告は衝撃的だった。

イオリに彼女?あいつ、女と付き合うのなんて面倒くさいって言っていたのに。

咄嗟に次に紡ぐ言葉が出てこない。教室内が静かになる。

遠くから野球部がグラウンドを走り込む掛け声が聞こえてくる。

教室内のカーテンが初夏の風にはためいていた。

気まずくなってきて、なんでもいいからと彼女のことを聞く。

「その子、かわいいの?」

「まあー、かわいい、かな」

イオリは指先で首から垂らしたイヤホンを弄びながらけだるげに答えた。

俺は改めてイオリを眺める。

高校になって茶髪に髪を染めた俺の幼馴染はさらに垢抜けた。

背は周囲の人より頭一つ大きいし、運動だってできる。勉強に関しては多少目をつぶらなくてはいけないが、それだって彼の場合は愛嬌なのかもしれない。

赤い限定デザインのイヤホンだってイオリだから付けていられる。

俺なんかが付けたら変なおしゃれに目覚めだしたなんて馬鹿にされるだろう。

イオリはモテる。俺よりもずっと。

けれど、軽そうな見た目に反してチャラチャラ遊ぶような奴じゃないから俺はこいつが好きだった。

そもそも中学の頃から陽キャグループにいたイオリが友達もろくにいない俺なんかと未だにつるんでいるのがおかしいのかもしれない。

艶のない、少し癖毛の混じった自分の髪を思わず摘まんだ。おしゃれなんてしようと思わなかった。第一、俺がやったところで似合わないし。背も低い方だし、ガリ勉君と昔から言われている。

ただ、イオリが眼鏡しない方がいいと言われたから眼鏡はしていない。

中学生の頃、ふいにイオリは俺に言った。

「コウ、すげえ綺麗な目してるよな」

「は?」

「俺その目好き。眼鏡してない方がいい」

「何つけても俺の自由だろ」

そう返したけれど、俺はあれから眼鏡をやめている。

我ながら女々しい。

どうせ、イオリはそんなことを覚えてもいないだろう。

誰にでもいいやつなのだから。

考えれば考えるほど俺はイオリとかけ離れている。

俺なんかよりも華やかな彼女といた方が楽しいに決まっている。

考え始めると落ち込んできた。

「彼女、一緒にいて楽しい?」

「まあね」

またしてもやる気がなさそうにイオリは答える。

教室に残ってまでする会話じゃないな、そう思うもののイオリをどこか引き留めたい気持ちがあった。

「そいつさ、俺といるよりもいいの?」

思わず口に出してからしまったと思った。

重たい彼女みたいな質問。

イオリは少し虚を突かれたような顔をして、それから口元を微かに上げて笑った。

「どうだろ」

先ほどからイオリはどこか彼女に関してやる気がなさそうだ。

だからこそ俺はもやもやしていた。

「どこまで行ったんだよ」

どこか責めるような口調になっていた。

「どこまで?」

「するだろ、ほら、キス……とか」

「うーん、そうだね」

大げさに唸って、イオリは椅子の背に持たれる。それからこちらを見やって言った。

「コウはしたことある?」

「は?」

「キス」

「それは……」

ない。彼女なんかいたこともない。イオリだって知ってるだろう。

だけど、ここで素直に答えるのもしゃくだ。

どうこたえるか迷ったけれど、俺の元をどんどん離れていくイオリに少しでも歩みたかった。

「ある」

つい、嘘をついた。

イオリは驚いたように少し目を見開いた。

「マジ?そう見えなかった」

そう言って椅子から立ち上がった。

「俺、実はしたことなくてさ」

「したことがない……?え……?」

予想外の言葉に困惑しているとさらに彼が重ねた。

「やり方教えてよ」

「え?」

「いい?」

いや、何言ってんの?キス?

理解する前にイオリの顔が目の前にあった。

綺麗な茶色の髪が俺の頬にさらりと触れる。

急に心拍が上がった。体が激しく熱くなる。

「お、お前、待てって……!」

手のひらをぎゅっと固く握った。

イオリは気にも留めず顔を近づけてくる。

柔らかくて湿った感触。詰めた吐息がイオリの唇にさらわれる。

一瞬の出来事だった。

イオリを見上げるといたずらめいた笑みを浮かべていた。

「イオリッ……!お前なあっ!」

「お前、キスしたことないだろ。ウブすぎ」

「……いいだろ、別に……!」

「まあいいよ。俺も彼女なんかいねーし」

「は?」

驚いて口がぽかんと空く。

イオリは悪びれないで言葉を続ける。

「コウ、俺のこと好きなのかなーって気になって嘘ついちゃった」

「なんだよ……マジで……」

無言でイオリの肩を軽くパンチした。

「ほっとした?」

にやにや笑ってるのが腹立たしいけれど、気が抜ける。

つい素直に答えてしまった。

「うん」

あいつのにやけ顔を見るのが嫌で、そっぽを向いた。

「なあ、でも俺も怖かった、おめでとーとか言われたらさ、俺も寂しいなって」

「じゃあやるなよ……」

呆れて思わず笑った。

「コウ、俺のこと好き?」

イオリがこちらの顔を覗いてくる。

「ちゃんと言ってくれないと俺、また彼女作っちゃうかも」

イオリが隣でそんなことを嘯く。

油断ばかりするなよ。

背を伸ばしてイオリの頬に唇を当てた。

「好きだよ、これでいいか?」

顔が熱い。赤くなってる自覚があった。

「よかった。俺も好き」

イオリが嬉しそうにそう言って笑う。

ひとしきり照れて、それからふと思って言った。

「……そもそもなんで彼女作った報告から告白の流れになるんだよ」

「まあいいじゃん、彼女出来たのは本当だし。ね、ユウ」

「誰が彼女だよ」

いろいろ振り回されたけれど、まあいいか。

結局はイオリが好きで、何を言われても許してしまう。

ぺしりと軽く親友兼恋人の頭をたたいた。

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