自粛の街

宵野暁未 Akimi Shouno

第1話 コロナに勝利した日

 人類は、ついにワクチンと特効薬によって新型コロナウイルスに勝利した。WHO(世界保健機関)がその宣言をし、そのニュースが全世界を駆け巡った日、世界中の国々で盛大な祝祭が催された。カウントダウン行事や花火やパレードや、まさにお祭り騒ぎ。

 ただ一つ、日本を除いて。


 

 TVでは内閣総理大臣の記者会見が放送された。次のような内容だった。


 耐えがたきを耐え、忍びがたきを偲び、国際協力によって開発された数種類のワクチン接種が高い効果を上げ、特効薬も実用化され、本日、我々は、新型コロナウイルスに勝利しました。

 世界中の多くの国々では、多数の感染者と死者という犠牲を払いましたが、我が国では、最小限に抑えることができたと考えております。これもひとえに国民の皆様が自粛要請にご協力下さり、医療機関従事者をはじめとした多くの皆様が、捨て身の努力を重ねて下さったお陰であると、政府としても感謝申し上げます。

 ただ、最小限の犠牲とは申しましたが、多くの方々が感染に苦しみ、多くの方が亡くなられたことも確かで、リーダーシップを発揮できなかったこと、政策が後手後手になってしまったことは、お詫びしなければなりません。

 WHOによって新型コロナウイルスに対する勝利宣言はされましたが、ウイルスは消滅したわけではなく、今も存在しています。新型コロナウイルスが世界中から根絶されるまで、ウィズコロナは続きます。体質的にワクチンを接種できない方やワクチンが効かない方もおられますし、ワクチンは感染を撥ね返すわけではなく感染に対する抵抗力を強めるだけであり、特効薬に強い副反応が見られる方や後遺症に悩む方もおられ、新型コロナウイルスの脅威が完全に去った訳ではありません。

 国民の皆様には、今後とも、できうる限りの自粛生活を継続していただければとお願いする次第であります。


 すなわち、日本では新型コロナウイルスに対する勝利を祝う行事は、全てが自粛された。


「当たり前でしょ。まだお祭り騒ぎなんてできる状態じゃないの。あなたも目立つような事はしないでよ」

 あたしは、母にたしなめられた。


「だけど、世界中の他の国々はお祭り騒ぎしているじゃない」

「よその国はよその国。日本は日本。お願いだから、近所の人や学校で、そんな話なんてしないでよ。変な目で見られて、お母さんまでとがめられるんだからね」

「えーーー。せめて、今まで自粛してた分さ、家族みんなでパーッと外食にでも行こうよぉ」

「何言ってるの。駄目に決まっているでしょ」

「えーーー。じゃあ、友達と一緒に行くからいいよ」

 母は、目を吊り上げて怒った。

「いけません!! ホントにこの子は、なんてこと言うの。学校が終わったら、真っ直ぐ家に帰ってくるのよ」


 まあいいや。別に、いちいち親に断らないと何もできない年じゃないし。幼なじみの瑛太エータ毘偉斗ビート詩香シーカと一緒に、カラオケにでも行って騒ごう。卒業したら、もう一緒に遊べなくなるし、やっとコロナの不安が無くなったんだから、今までの青春を取り戻さなくちゃ。


「それじゃあ、あたし、学校行くね」

 あたしは、カバンを手に玄関を出ようとした。

「ちょっと待って月子ちゃん」

 ん? あたしの聞き間違い?


「お母さん、もしかして、今、月子って呼ばなかった?」

「呼んだに決まっているでしょ」

「だって、あたし、陽子だよ」

「昨日話したじゃないの。コロナを連想させるような名前だから改名するって」

「えーーーーー。陽子のどこがコロナを連想させるのよ」

「コロナって名前、もともと形が太陽のコロナに似ているかららしいわよ」

「陽子って名前だけで、誰もそこまで考えないってば。それじゃあ『コロナ』って名前の会社はどうすんのよ」

「もうとっくに社名変更しているわよ」

「じゃあ、あたし、これから先、学校でも月子って呼ばれなきゃいけないわけ?」

「そうよ、月子。早く慣れてね」

「もう信じらんない。とにかく学校行ってくる」

「あ、もうひとつ言い忘れてたわ」

「何よ、まだあるわけ?」

「あなたのスマホの電話番号だけど」

「〇〇〇-〇〇〇〇-〇567だけど、それが何?」

「567はコロナと読めるから、特別に番号変更が認められるのよ。オンラインで変更できるから、必ず変更手続きするのよ。今日中にね」


 あたしは、よく分からなかったけれど、とにかく学校に向かった。同じクラスの詩香シーカや、幼なじみの瑛太エータ毘偉斗ビートに話して、この鬱憤うっぷんを晴らさなければ。

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