自立型戦闘人形の戦後譚―使命を終えた少女の二人旅—

アークアリス

第1話 終わりと始まり

随分と長い間、私は戦っていた。

産まれたその瞬間から私たちには世界を護ると言う、唯一の使命があった。


世界の果ては教会が建てた壁によってぐるりと取り囲まれていて、その外側で私たちは侵略者を粉砕し撃退していた。


戦い方は身体が知っていた。

侵略者が押し付けてくる膨大な、絶望的なデバフを枢機卿の圧倒的なバフで塗り潰し、即死の概念を何度も生まれ変わることで潜り抜け、無限の距離を因果逆転で踏破する。

もはや隙間が無いほどの弾幕で迫る完全貫通攻撃、時間軸から存在ごと消しに掛かる抹消攻撃、自身の攻撃が自明であるとする法則改編攻撃、侵略者の攻撃は多岐にわたり、そして私たちはその全てを叩き潰してきた。


ただひたすらに使命を全うする為に。


初めは教会の壁も世界の果てに有ったわけではなく、私たちの人数が増えるごとに壁の場所は遠くなっていき、いつしかそれは限界点に達した。

生きとし生けるもの全てを守護するようになって幾万年、遂に侵略者を発生させる概念の核の所在が明かになり、私たちの総力を以てこの長きに渡る侵略戦争に終止符が打たれた。


多くの仲間たちは侵略者の居なくなった世界に生きる意味を見出だせなくなっていた。

もしも新たな侵略者が生まれた際に即応するための数百人を残し、希望する者は停止処置を行うと枢機卿からお達しがあった。


ほとんどはそれに応じたようだが、私は漠然と停止する気にはなれなかった。


多くの仲間たちが枢機卿の邸宅の地下で停止し、最後に私が呼ばれた。


「私は君たちに、君たちの働きに報いると言うことをすることが出来なかった。無論それは状況がそれを許さなかったと言うこともあるが、君たちに情を持つことを私が恐れたと言うこともある。」


数万年、もしかすれば数十万年以上この世界を支えてきた枢機卿は、それでいて見た目は初老止まりだった。

情はたぶん、無くは無かったと思う。

私達は侵略者を撃滅するため柔軟な思考力を初めから与えられている。

酷く壊れた私を直す枢機卿の眼差しが冷たくなかったことを覚えている。

戦闘で壊れても必ず救出にリソースは割かれ、見捨てられた仲間は一人も居ないことを私は知っている。


「多くが停止を望んだが、君は只一人それを望まなかった。私は君にこれまで護ってきた世界と言うものを見て、実感して欲しいと思っている。」


世界、私が、私達が護り抜いた。

実感は無いけど、頭では分かってる。


「綺麗なことばかりではないが、私は世界を愛しているし、君にも世界を愛して欲しいと思ってる。」


枢機卿はサラサラと万年筆を操って書状を三枚作った。


「私は君に幾つか贈り物を贈りたいと思う。まずは名前を贈ろうと思う。今日から君の名前はノーディアだ。」


ノーディア。そう口に出せば枢機卿はにっこりと笑った。

中々上手く口が回らなくて、三回ぐらい言い直した。

三枚の書状をくるくると綺麗に巻き、蝋で封をして枢機卿のマークをスタンプした。

机の端に置かれている手持ちベルを鳴らしたかと思えば勢い良く一人の少女が部屋に入ってきた。


「お呼びですかお父様って、可愛いーー!!」


私を見るなり彼女は飛び付いてきた。

淡い金髪の少女で、身長は私より一回り高い。

固まる私を枢機卿が見ている。


「アセビ、その子の名前はノーディア。明日から二人で旅に出てもらう。」

「きゅ、急っすね!分かりました!目的地は何処っすか?」

「無い。」

「はい!了か、・・え?・・え?」

「ノーディアは今まで社会に出たことが無い。一般常識の類も足りないだろう。その辺りの補佐をアセビには頼みたい。この書状があれば教会ではよくしてくれるはずだ。予備も含めて三枚渡しておく。」

「は、はい!頑張るっす!」

「旅の資金や荷物についてはアセビの部屋に運ばせておいたから確認しておくように。足りないものが有ったら遠慮なく言いに来なさい。」


枢機卿は立ち上がると私を抱きしめた。


「本当に、本当によく今日まで頑張ってくれた。世界を愛して欲しいと言ったが、押し付けるつもりは無い。旅に疲れたらいつでも帰ってきなさい。愛してる。」

「ノーディア、人と言う生き物は脆いものでな、ノーディアの力を以てすればすぐに崩れてしまう。触れ合うときは慎重にな。」

「アセビ、ノーディアの力は世の火種になるほど強大だ。家族とも比べ物にならない。だが、世界が許す限り自由に生きて欲しいと思っている。彼女の良き友に、良き家族になってあげて欲しい。」


枢機卿は最後に一振りの剣をくれた。

剣技は一応使えるが実戦で利用したことは無い。

剣を使う仲間もいたけど、私はどっちかと言うと素手が好みだ。


「これは私の家族となった者に一本ずつ贈っている絆の剣だ。これが君が私の娘であることを示してくれる。諸刃の剣に成りかねないが、伝統として渡しておく。良い旅になることを祈っている。」


そうしてもう一度抱きしめられてから私とアセビは枢機卿の執務室を出た。

取り敢えず部屋の荷物を確認すると言うアセビに引っ張られて枢機卿邸宅の中を歩く。

私が侵略者と戦っていた初めの頃は大破することもそれなりにあったが、終盤になると滅多に無くなっていたため、この屋敷に居ること自体とても久しぶりに感じる。


アセビの部屋には着替え一式と移動式邸宅の権利書が届けられていた。


「す、凄すぎっす!!はえ~~移動式邸宅の利権者が私とノーディアちゃんになってるっすよ!知ってるっすか?移動式邸宅。」


私が首を横に振ると懇切丁寧に教えてくれた。

なんでも見た目は少し大きめの馬車らしいのだが、中は空間拡張が施されていて、大きな屋敷と謙遜無い造りになっていると言う。

権利書に書かれているのは最上位の物らしく、とても住み心地が良いらしい。

権利書には目録が付属されていて、家具や食料、日用品、それと路銀が箇条書きに書いてある。


「いやいやいや、路銀なんてレベルじゃないっすよ!一生分の金っすよこれは!」


アセビはベッドの上で飛び上がっている。


「ノーディアちゃん、ノーディアちゃんはオンリー・ウォールってやつっすか?やつっていうか、ビックリするぐらい可愛い女の子なんすけど。」


オンリー・ウォール。

世界の最初にして最後の、唯一の防御壁。


「家族と同じぐらいなら帝国の勇者って線もあるっすけど、とびぬけるってなると噂のそれぐらいしか思いつかないっす、あってるっすか?」

「・・うん。」

「良かったーー。あ、ノーディアちゃんももう家族だったっす!じゃあ私達姉妹っす!」


また笑顔で抱き締めてくるアセビを、力加減に気を付けて抱き締め返してみる。

今日初めて知った温かみに身を委ねる。

世界を愛して、護ったものを実感して欲しいと言われたけど、もうこれだけで護った甲斐はあったように感じる。


「折角姉妹になったっすから、愛称で呼び合いたいっす!私のことはアビーって呼んで欲しいっす!ノーディアちゃんのことはなんて呼べばいいっすか?」


二人でノーディアを捩った名前をあーでもないこーでもないと頭を悩ましていると鐘の響く音が聞こえる。


「これは夕飯の音っす。しばらくすれば机の上に頼んでた品が送られて来るっす。あ、ほら!」


侵略者の全てを看破してきた眼が否応なしに転移してくる物体を解析するが、ただのパンとフルーツジュースだった。


「サンドイッチとフルーツジュースを頼んでたっすって、あれ?なんか普段より大きいっすね。あとジュースも二杯あるっす。」


きっと枢機卿が手を回してくれたのであろうそれを二人で分け合って食べる。

機能としては持っていたが初めて食事として口を使った。

味覚を刺激することがこんなにも楽しいことだとは衝撃だ。


「は、初めてのご飯っすか?!こんなことならもっと豪華な食事を頼んどくべきだったっす・・。」


アセビ改めアビーは気落ちするようにそう言ったが、私は十分楽しめてるよ、アビー。

アビーにはさっき私の愛称を考えている時に今後何かしたいことはあるのかと聞かれた。

旅をするにあたって何か指針があった方がいいと言うことらしいが、美味しい食事探しを目的の一つにしてもいいかもしれない。


次の日。

枢機卿邸宅前に停められていた移動式邸宅に乗り込む。

ここは世界の果てに近い街で、枢機卿のためだけに存在している。

街を振り返ると数少ない街の住人たちが手を振っているのが見えた。


「こういうときは手を振り返したらいいっすよ!」


しばらくアビーと一緒に手を振っていたが、途中で切り上げて中の探検をすることにした。


「この権利書、必要最低限のことしか書かれてないっすから、さっさと全貌を確かめるっす!」


中は至る所にランプがあり、揺らめく炎が優しく照らしている。

手を近づけてみても熱さは感じない。

ふかふかの絨毯がずっと敷き詰められていて、歩くだけで少し楽しい。


「いやー、本当に広いっすね~。自動清掃機能付きなんでこんなに広いのに楽チンってところも完璧っす!」


唯一緊急の問題と言えば、それは旅の指針候補の一つである日々の食事だった。

食材自体は食料庫に沢山保存されているのが分かっているが、料理出来る人がいない。


「これは盲点だったっす。食料と水があることは分かってたっすけど、どうやって料理作ればいいんすか?」


当たり前だが私は作れない。今まで戦いしかやってこなかったから。

アビーも料理は簡単なものしか作ったことが無いと言う。

まあ、私は何でも食べれる(と思う)ので、最悪面白い味になってたら問題ない。


「しょうがないっす、私頑張るっすから、大船に乗った気持ちで構えといてくださいっす、ノア!」


ノーディアの最初と最後を取って『ノア』。それが私の愛称に決まったらしい。


そういえば昨日からアビーと何度も話すことで少しずつ口も回るようになってきた。


「楽しみにしてる、アビー。」


それでも、アビーみたいなテンションで話すにはまだ時間が掛かりそうだ。


これは戦うことしか知らなかった一人の少女ととある少女の物語。

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