Queens Quintet
「・・・」
弦真はいきなりの急な話にひどく混乱してはいたが、頭の中は冷静だったため、正しい判断を下せない、なんてことはなかった。
「いくつか聞いていいかな?」
「・・・いいよ」
舞雪は頭を下げたまま答えた。
「まず、一つ目。どうして俺を?俺はピアノ始めたばっかりで超がつくほど下手くそなのに」
「いつから始めたかなんて、そんなの関係ない。自覚がないだけで弦真君は十分に上手だよ」
間髪入れずに舞雪は答える。
「じゃあ二つ目。なんで急にこんな話をしたんだ?」
「一昨日、『Q.Q』の偉い人たちが来て、騎士はまだ決まらないのかって話をされてさ。私、男子の友達とか全然いなくて、頼れるのが弦真くんしかいなかったんだ。身勝手でごめん。でも、わかって欲しい。」
次の質問にも、すぐに答えた。
「じゃあ、最後に。俺が今ここで断ったら?」
舞雪は初めて言葉に詰まった。
「俺は別に、少し舞雪と連弾ができればそれでよかった。
コンクールなんて、まだずっと遠いものだと思ってた。
でも、そんな風に一歩ずつ進んでいけば、きっといい演奏ができるんじゃないか、って思ってた。なのに、なのにさ、舞雪。幾ら何でも早すぎないか?俺には到底、無理だよ。」
弦真は俯いて言う。
「・・・舞雪も、鈴音さんも。才能があるからそんなこと言えるんだ。
俺には才能がないから、目の前に高い壁があるけど超えられない。
でも隣のやつらはすいすい超えていく。俺はそれをを見ることしかできない。
そんな気持ちがわかるか?
そんなこと、悩んだことも、考えたこともないだろ?
薄々わかってはいたんだ。俺じゃあ、万に一つ壁が超えられたとしても、そこで力尽きて終わってしまう。二人の後を追いかけていくなんて無理な話だったんだよ」
そう言った弦真の目頭には涙が浮かんでいた。
「ねえ、弦真くん」
舞雪は優しく弦真の手を取った。
「私ね、数日前のあの日。弦真くんと初めて会ったあの日のこと多分一生忘れない。ううん、忘れられない。なんでだと思う?」
舞雪は弦真の目元の涙を指で拭いながら言う。
「え・・・」
弦真が顔を上げると、舞雪に正面からまっすぐ見つめられた。
その力強い舞雪の目にも涙が浮かんでいた。
「・・・私ね。あの日ピアノをやめようかって考えてたの」
舞雪の突然の告白に弦真は目を白黒させる。
「・・・ピアノを?」
「うん。あの日の前日、入学式の日かな。
あの日、『Q,Q』のコンクールがあったの。
去年の秋に私は雪姫になった。
雪姫になって、初めてのコンクールだった。
そこで、まだ騎士が決まってなかった私は、『Q,Q』所属のピアニストの人が代理で騎士をやってくれたんだけどね。
その時にこう言われたの。
『こんな身勝手な演奏だから騎士もきまらないんだろう』って。
そりゃそうだろうなってその時思ったの。
自分には向いてなかったんじゃないかって、前々から思ってたの。
ちょうど潮時かなって。
でもね、そんな時に君と出会ったんだ。
初めて人前で演奏した、あのストリートピアノを最後に見ておこう、って思って行ったらさ、見知らぬ男の子が演奏してたの、すごく楽しそうにね。
その姿を見てたらなんかムズムズしちゃって、つい演奏に参加しちゃったんだ。ほんとあの時はごめんね」
舞雪は、恥ずかしそうに笑って言う。
だが、その顔はとても晴れ晴れとしていた。
「あの日演奏が終わった時、もっと演奏したい。
もっと先の景色を見てみたい、そう思ったの。
だからあの日、君が私と連弾したいって言ってくれた時、奇跡だと思ったの。
奇跡って起こるんだな、ってあの日初めてそう思ったの。
だってそうでしょ?連弾相手に悩んで、ピアノもやめようかと思ってた時に、
ピアノの楽しさを思い出して、連弾相手まで向こうから言い出してくれて、見つかった。
だからね、君を手放すわけにはいかない、って思って鈴音に相談して、いろいろ頑張ったんだよ。
そのせいで入院する羽目になるとは思ってなかったんだけどね、あはは。」
弦真は舞雪の思いを知り、ひどく後悔していた。
「悩んだことないだろ、だなんてひどいこと言ってごめん。
全く舞雪の気持ちを考えてなかった。」
舞雪は笑顔のまま首を横に振った。
「ううん、私こそ弦真くんに全く相談しないで話を進めてごめんね」
弦真も首を横に振り返した。
「いや、舞雪は悪くないさ。俺が八つ当たりしたようなもんだから。
でもまあ相談くらいはして欲しかったな」
舞雪に愚痴を言う弦真の顔も、とても晴れ晴れとしたものだった。
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