たった2人での魔王復讐

@_yuno_k

第1話

「やっとここまで来た」

と彼は言った。それは少年のような声だった。

「そうね」

それに応える声はまだ若い女の声。

ここは魔王の城。周りには魔物の死骸が散らばっている。ここにいるのはたった2人。仲間はいない。しかし、とてつもなく強く、魔王の部下を少し苦戦はしつつも200体を超える数をたおしている。広い部屋にたった2人の声が響いている。

「最初に魔王を倒そうと思ったのは10年もまえのことだったな。随分長い時間が経ったが、つい昨日の事のように感じるよ。」


「あの日が私たちの全てをかえたわ。もちろんその後にあったことも含めて私たちはようやくたどり着いたの」


ここで2人は同時に目を閉じた。そして、過去のことを鮮明に思い出していた。



それはこの世界では特別なことではなかった。常に魔王の驚異に晒されている人類は、死と隣合わせの生活をしていた。村が襲われて壊滅するなんてまさに日常茶飯事のようなものだった。それがたまたまあの日彼ら彼女らの村だっただけ。不運だっただけだ。

しかし、その時まで裕福に暮らしていたとはいえずとも、幸せに暮らしていた子供二人にはとてつもない理不尽が襲ってきたようにしか見えないだろう。

毎朝花に水をあげていたおばあさんが死んでいる。

いつもパンをくれた気のいいおじさんが死んでいる。

一緒に遊んでいた子供たちが死んでいる。

お父さん、お母さんが死んでいる。


たまたま2人は生きていた。

森に果物を取りにいってた幼なじみの少年少女が2人だけ。生きていて幸運なのか、死んでしまえず不運なのか。

2人は涙を流した。

そこに生きていることの喜びなどはもちろんなくただ失ったものへの悲しみとやりきれない思いだけだった。

このまま幸せに生きていたかった。たったそれだけの願いすらこの世界では叶わない。

自らより強大な力に踏み潰されるだけ、これはどの世界でも同じかもしれない。

この2人は幼い頃に理不尽を学んだ。散々泣いて、泣き疲れた頃には騎士が村に来て、生き残りがいることに驚きながらも無事に保護された。

保護した騎士は、国で1番の強さを持つ者だった。



2人はその騎士の指導を受けた。戦い方を学んだ。この頃は魔王に復讐するなどという意識はなく、両親を失った悲しみからなにか打ち込むものが欲しかっただけだ。

しかし、2人には才能があるとは言い難かった。少年の方は剣術を、少女の方は魔術を一通り学んだ。決して強くはなかったが、一般的なことはひと通りできるようになったある日、再び理不尽を知ることになった。

今度は目の前で恩人の騎士を殺された。

彼は少年少女を守るために必死に戦った。魔王といえども、国を攻めるにはいささか手間もかかるし、損害も考慮せねばならない。

そこで、自分に届きうるものを探し、ピンポイントで殺すことにしたのだ。白羽の矢が立ったのはその騎士だった。

騎士は奮戦したが、少年少女を守りつつも数百の魔物の物量はさすがに厳しかった。倒しきったものの、騎士は致命傷を負っていて助かりそうもない。

騎士は最後に


「幸せに生きなさい、私との約束だ」


と2人に言い残し亡くなった。

少年少女は嘆いた。

どうしてこうも世界は私たちから大切なものを奪うのかと。

私たちが弱いからなのか、強くてもどうしようもならないのか。

少なくとも強くなくては奪われる。どこまでも奪われる。ならば強くならなければならない。

少年少女は最初で最後の約束を破るという行為をした。



2人は死に物狂いで鍛えた。少年少女がもはや大切なものは、お互いのみだった。恋愛感情などというものではなく、共依存に近いものだったとはいえ、お互いを守るために手段を選ばなかった。

悠長に強くなってもまた奪われるかもしれない。才能がある訳でもない。なら、死ぬ思いをして鍛えるしかない。

魔物の群れに突っ込んでは狩り尽くす。死にそうになっても無理矢理薬を使って回復しながら殺す。

殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。

そんなことをひたすらやっていたら少年少女はありえないくらいに強くなっていた。



「それから、勇者学園に入って勇者にもあったね」


「そうね、どれくらい強いかと思っていたら思ったていたほどでなくてびっくりしたわ」


彼ら彼女らは、勇者すら凌駕する力を持っていた。純粋な才能では勇者が圧倒的だろう。

しかし、経験と、死ぬ思いをして磨き上げた技は決して劣るものではなく、極めた領域にすら達していた。

2人はそんな昔話をニコリともせずに感情がないような能面で歩きながら話していた。

そしてついにとてつもなく大きい扉の前にたった。


「ここだな」


「そうね、やっとはじめられるわ」


彼が望むのは、彼女が望むのは


「「___ただ、復讐のみ」」



それはとてつもなく長く永い戦いだった。

魔王と名乗るだけあって、人類最強格の2人であっても苦戦を強いられた。剣を振るえば弾かれる。魔術を放てば相殺される。

そんな絶望的な状況で2人が戦い続けられた理由は、復讐の心のみ。心を奮い立たせひたすらに戦い続けた。

勝負が決したのは戦闘開始後丸1日がたった頃だろう。

実力が覚醒するなどの才能もキャパシティももう残っていない。

ただ勝てた理由は彼ら彼女らが2人だったからだろう。

魔王といえ、いや魔王だからこそ実力が近い相手と戦う経験は少なく、2人が放った渾身の攻撃がひとつの技としてとてつもない威力になった時、怯えを感じ、死の危険を感じ動くことが出来なかった。

少年だけなら魔術で遠距離からなぶり殺せた。

少女だけなら一気に接近して切り捨てられた。

2人がお互いをカバーし合う連携こそ、彼らが唯一魔王に届き得る刃であり、それを届かせたのだ。

しかし、そんな死力を尽くした戦いで、2人も死にかけていた。

当然だろう。薬を使い、自らを使い潰していたのだから。


「終わったな」


「終わったね」


「これから俺たち死ぬのかな?」


「この傷じゃ助からないでしょうね」


「死ぬのは怖くないけど、最後に魔王に大切なものを奪われたのが癪だな」


「あら、奇遇ね。私もあなたが死ぬことだけが最後の心残りだわ」


「ああ、もう疲れたよ。結局俺には才能がなかった。大切なものは守れずに終わる」


「魔王に殺されるのは気にくわないけど、あなたと死ぬならそれも悪くないわ」


「そうかい」


そんな言葉を最後に2人の意識はゆっくり闇に落ちていった。



「ここはどこかしら?」


「さあ、周りを見るだけだと天国っぽいけどな」


少年少女は2人だけ花畑の真ん中に立っていた。

そこは、とても心地好くずっといたいと思える場所だった。

そんな中、遠くから2人を呼ぶ声が聞こえる。


「ん?何だこの声は」


「聞き覚えがあるような…」


声のするほうを見ると、そこに居たのは2組の夫婦ととある騎士だった。

そう、彼ら彼女らの両親と恩人の騎士である。その他にも村の人々もいるように思えた。


「ああ、やはり天国か。でもみんながいるなら悪くない」


「はやくいきましょう!」


2人はいつしかぶりの笑顔を浮かべながら走りよろうとする。

しかし、いくら走っても何故か一向に距離は縮まらない。


「どうしてだい、神よ!死んでまで大切なものとすら触れ合えないというのか!」


いつしかぶりかの大声を出す。

それに応えたのは神ではなく、向こうにいるもの達だった。


「お前らはまだ死んでない。きっとアホみたいに死にかけているせいで特別頑丈になってやがるからな」


「そうね、こっちに来るのはまだ早いわ。あなたたちに触れたいのは私達も一緒だけど、もう少し生きなさいな」


少年の両親が話す。


「私たちはもう疲れたわ!戦って、復讐を果たした私たちには何も残ってない!やりたいこともない!みんなと一緒にいたいわ!」


と少女も叫ぶ。


「馬鹿言うな、まだ10代だろう?やりたいことがないならこれから見つけろ。本当はこんな復讐なんてしなくて良かったんだがなあ」


「でも、あなたたちが頑張ったおかけで、魔王の理不尽に飲み込まれる人達はもう居ないわ。せめて孫を作ってから来なさいな」


と彼女の両親は返す。


「すまない。私のせいもあり君たちに復讐といつ辛い道を進ませてしまった。でももう終わったのだから今度こそは」


そう騎士が言うと


「「「「「幸せに生きなさい」」」」」


と全員が声を揃えていい、2人の意識は浮上した。



「ここは、魔王城か」


「本当にしぶとく生きているわね私たち」


「ああ、でもあそこまで言われたら簡単には死ねないな」


「そうね、精々長生きして待たせてやりましょう」


2人はそう言って向かい合いどちらからともなく近づき、唇を重ねた。


「今まで復讐に精一杯で気づかなかったけど、お前のこと好きだわ」


少年がいつに無い笑顔で言うと、


「もっとムードのある展開で言って欲しかったわ」


と少女はいい、2人で大きく笑いあった。その声は泣いているようにも聞こえたが、幸せそうに、いつまでも魔王城に響いていた。



表向きには魔王は、勇者が倒したことになっている。

勇者を出し抜いて一足先に着いた2人は目立つことを望まず、いくらかの報酬を秘密裏に受け取ってどこかへ去った。



「おしまい」


「お母さん!この物語ってほんとーの話なの?」


「さあね、この家にしかない話だから本当かどうかは分からないわ」


「この女の人お母さんと名前一緒だね!お父さんも同じだけどこんなことってあるんだね!」


「ふふ、お母さんが魔王倒してたりして」


「あはは、お母さんでも冗談言うんだね」


ガチャリ


「あら、お父さんが帰ってきたみたいね。ご飯にしましょうか」


「はーい!」


たった2人の魔王討伐は、この村でのみ語り継がれていく。

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