第5話 四時間目
九木礼中学校の三年一組の教室では、四時間目の授業が行われていた。
ここ九木礼中学校では生徒の数が少ない為に、複式学級(2つ以上の学年を一つのクラスにする事)が取り入れられていた。
三年生の生徒数は10人だったが、二年生一人と一年生が一人づつしか在籍しておらず、全校生徒が合わせて12人という状況だった。
そのため三年一組に全ての生徒を集めて授業をしているのだった。
三年一組の担任である女性教師の鳥岩恵(とりいわめぐみ)先生が四時間目の担当だった。
「それじゃあ今からおくの細道のプリントを配るから各々で訳していって。質問は後で受け付けるからちょっと待っててね。」
鳥岩先生がそう言うとおくの細道のプリントを三年生全員に配った。
そして鳥岩先生が一番後ろの席の二年生の羽部長孝(はべながたか)と、一年生の松浦亜美(まつうらあみ)のもとに向かった。
羽部長孝は九木礼中学校唯一の二年生であった。
中肉中背の体格で黒髪の少年だった。
もう一人の松浦亜美(まつうらあみ)はこの学校で唯一の中学一年生であった。
黒髪のショートヘアで小柄な少女であった。
「羽部(はべ)くん、松浦(まつうら)さん、どこか分からない所はある?」
すると長孝が鳥岩先生に尋ねた。
「鳥岩先生、語幹(ごかん)と活用語尾(かつようごび)ってどう違うんですか?」
鳥岩先生が長孝に言った。
「語幹というのは、例えば話すという言葉なら話の部分が語幹で、すの部分が活用語尾になるの。これが話せという言葉になると話の部分が語幹で、せの部分は活用語尾になるの。つまり動詞の中の変わらない部分が語幹で変わる部分が活用語尾と覚えておけばいいわ。」
長孝が鳥岩先生に答えた。
「うーん、難しいっすね。」
鳥岩先生が長孝に言った。
「ええそうね。だけど重要な所だからしっかり覚えておいてね。」
鳥岩先生が亜美に尋ねた。
「松浦さんは何か聞きたい事ある?」
亜美が鳥岩先生に答えた。
「あっ、大丈夫です。」
一方三年生はおくの細道のプリントに取りかかっていた。
すると晴南は隣の席の優斗に尋ねた。
「ねえねえ、優斗?おくの細道の作者って誰なの?」
優斗が晴南に言った。
「松尾芭蕉だよ。」
「まつおばしょうね。」
晴南はそう言いながらプリントに作者の名前を書き込んだ。
晴南が再びプリントを指差しながら優斗に尋ねた。
「ねえ優斗、ここはどういう意味なの?」
優斗はプリントを見ながら晴南に言った。
「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。だから。月日は永遠の旅人のようなもので、来ては過ぎゆく年も旅人のようなものだって意味だよ。過ぎ去っていく年月は旅人みたいだって言いたいんだろうね。」
晴南が優斗に言った。
「そういう意味なんだ。ありがとう優斗。」
すると鳥岩先生が教室の前方に戻ってきた。
そして鳥岩先生が晴南に言った。
「水内さん、何か質問ありますか?」
晴南が鳥岩先生に答えた。
「もう大丈夫です。ありません。」
鳥岩先生がみんなに尋ねた。
「それじゃあ、何か質問したい人はいる?」
すると優斗が鳥岩先生に質問した。
「鳥岩先生、ここの訳を教えて貰えませんか?」
鳥岩先生が優斗の元にやって来て、優斗の机の上に置かれていた本を覗きこんだ。
鳥岩先生が優斗に尋ねた。
「第58段、荒れにけりあはれいく世の宿なれやすみけむ人の訪れもせぬ、の所でいいかしら?」
優斗が鳥岩先生に言った。
「はいそこです。」
鳥岩先生が優斗に言った。
「これは、なんと荒れ果てているのでしょう。いつの世なのでしょう。住んでいる人が訪れてもこないなんて。という意味よ。つまり建物の奥に逃げた男性に女性達が呼び掛けている歌なのよ。ひどいあばら屋ですわね。それにしても客人に声もかけてくれないの?という感じでね。」
優斗が鳥岩先生に言った。
「なるほど、そういう意味なんですね。鳥岩先生ありがとうございます。」
すると優斗の前に座っていた晃太が優斗に尋ねてきた。
「なあ、優斗?何を聞いてたんだ?おくの細道じゃないよな?」
優斗が晃太に言った。
「伊勢物語だよ。」
晃太が優斗に聞き返す。
「伊勢物語って何だ?」
優斗が晃太に言った。
「平安時代にできたとされる歌物語だよ。この前面白そうだったから、図書館で借りてきたんだ!それからずっと訳しながら読み進めてるんだ。」
すると晃太が優斗に言った。
「ふーん、そうなのか。俺も今度借りてみるかな。」
すると授業終了のチャイムが鳴った。
「それじゃあ四時間目の授業はここまでね。」
そして四時間目の授業が終了した。
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