気づいたら異世界で雪女になっていました

花見川港

序章

文化祭前日

「そっち足りてるー?」


「あー! ちょ、ここ塗り忘れっ、ペンキどこ!?」


「おい、そこ気をつけろよ!」


 明日に迫る祭りに向けて、最後の大詰めに校内中が活気に溢れていた。


「これでいいかな?」


 着物の着方に間違いないか、家庭科室から借りた姿見の前で腕を胸の高さまで上げて、上半身を軽く捻る。背中にくっ付いた綺麗な形の帯結び。形成済みの結びを差し込むだけの作り帯のおかげで一人でも簡単に着ることができた。


 肩より少し上で切り揃えられた髪。これでは迫力が足りないのではと、念のために黒のロングウィッグを用意しているが、使う使わないは好きにしていいと言われている。少し迷って、結局ウィッグは箱の中に戻した。


 教室の端っこにパーテーションを立てて作った道具置き場兼着替えスペース。そこから出て、衣装係の友人に言われるまま、両腕を真横に伸ばしてその場でくるりとひと回り。白い振袖がひらりと舞う。


「よし、サイズは大丈夫みたいね。動き辛いとこはある?」


「大丈夫。作り帯って少し心配だったけど、思ったより着崩れしなさそう」


 このクラスの出し物は文化祭の定番、お化け屋敷。教室二つ分を使用した大掛かりな物になっている。受付や宣伝など、外回りは死装束の幽霊。脅かし役は妖怪という配役。誰がどちらを、何をやるかは公平にくじ引きで決めた。


 せつなが纏っているのは白い着物だが、幽霊ではなく妖怪の装いだ。幽霊役と区別する為に振袖にしたり、裾に刺繍で白い花を加えたりと、衣装係の力作でもある。


 自分たちにとっては高校で最初の文化祭。制限の多かった中学のときまでと比べると自由で、生徒たちぼ気合の入りようがすごい。


「せつなはもともと肌が白いから白粉も必要ないし。ほんとピッタリな配役よね。確かお祖母さんが東北の人なんでしょ?」


「私はこっち生まれだからあまり関係ないと思うんだけど」


 せつなが引いたのは「雪女」。東北に伝承が多くある妖怪。東北に祖父母の家があるというのが知っているだけでも同学年に自分を含め四人はいるので、運命的なものを感じるほどでもない。


 縁と言われれば、そうなのだろうけど。


「――なあ、なんか臭くないか」


 賑わう教室内で、その呟きが不思議なほどはっきりと耳に届いた。


 意識してみると確かに変なニオイがする。


「どこから」


「ねえ、ちょっとやばくない?」


 ニオイの元を探ろうと数人が教室を出て行く。


 せつなは窓を開けた。そしてニオイが中からではなく外から来ていることに気づく。


 三階の一年の教室は、飲食関係の出店が並ぶ校庭に面している。ちょうど真下辺りが騒がしく、窓から身を乗り出した。


「――――ぁばいっ、逃げろっ!!」


 それは咄嗟の叫びだったのか、周り向けた警告だったのか。ともかくそれが、覚えている最後の声だった。

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