未知の力、己が愛しき相手につき

落花生の悪魔

第1話 捨て猫は孤独に寄り縋る

これは、ある日のこと。僕が高校からの帰り道、河川敷で四葉のクローバーを探していた日に起きたことである。

なぜ探していたかというと、河川敷にクローバーを見つけたので「せっかくなら四葉を探そう」と思い立ったからだ。

子供っぽいとか言うなよ!? ……ともかく、本題を話そう。

僕は河川敷の、周りより雑草が高く生え揃った位置で、とある猫を発見した。毛色は黒。日本で不幸を連想させる黒猫かと思いきや、その手足や首は細長い。猫には詳しくないので種類の断定はできないが、その猫は見てわかるほどに弱っていた。

チラリ……。猫が瞳で僕を捉えた。

ドクンと僕の心臓が鳴る。このままではこの猫が死ぬという直感ゆえだったのだろうと、今なら言える。

動物病院がどこにあるのかを調べるのに液晶キーボードをフリックすることすら面倒であった。カバンの中からスマホを取り出し検索アプリのマイクマークをタップ。猫を抱えて河川敷を駆け上がりながら、動物病院の位置を教えてと言う。河川敷の歩行路に垂直に繋がっている道路を右に曲がり、200メートル先だと返された。

走る車の向こう側に、右方向に出発しようとするバスの姿が見える。近くに信号はなく、バスを用いることは不可能だと素早く結論づけた。

残された手段は、自らの足で向かうこと。「200メートル走なんて走ったことないなぁ」と独りつ。しかし僕はそんな不慣れな距離を、一欠片も迷わず全力疾走する。50メートルを過ぎるとさすがに息が乱れるが、もういいだろと弱音が頭によぎって目を下ろすと猫と目が合うので、悪態を吐きながらも走り続けるほかに道はない。

100メートル、150メートル……大まかに数えながら、向かいの建物群に動物病院の文字を確認する。途中の信号で足を止め、数秒もかからない待ち時間を焦燥で埋め、青色が目に入ると闘牛の突進のごときスタートダッシュで白線を渡ると、急カーブに体力を奪われながら動物病院に飛び込んだ。

「すいません! この猫が倒れていたんですが、診てもらえませんか!?」

あまりにも僕の形相が必死さにまみれていたのだろう。順番を待っていた飼い主(とペットたち)に会釈をして、僕は早くも獣医師に猫を診てもらえることとなった。

200メートルを全力疾走したことで乱れた息を、喉の渇きを唾を飲み込んで抑えながらゆっくりと整える。

僕が息を整えるのを待って、獣医師が猫の容態を告げた。

「……食べ過ぎです」

「……え?」

「おおかた、野生のこの猫に誰かが餌を与え過ぎたんでしょう。猫はよく嘔吐する生き物ですが、恐らく特別大きな何かが邪魔をして吐けず、そのまま具合が悪くなり、発見された場所で横たわっていたんだと思います」

説明を頭の中で反芻し、完璧に理解を終えた瞬間、僕はその場で膝から崩れ落ちた。つまりは、その大きな何かさえどうにかしてしまえばいい問題だったのだ。

獣医師がその何か──正体は毛玉だったのだが──を取り出した瞬間、用意されていたエチケット袋にゲバァと吐き出すと、何事もなかったかのように僕につぶらな瞳を向ける。

(お前がっ! お前がずっと見てきたから!)

猫を責めるのはお門違いだろうが、必死に走ったことに感じる馬鹿馬鹿しさはこうでもしないと晴れやしない。実際に言ってるわけではないから許してほしい。

「それで……この猫はどうしますか?」

「どう……しましょうか、ね……」

野生に戻すと、こんなことがもう起こらないという保証はない。となると家で飼う、他の誰かに飼ってもらうという選択肢が残るだろう。

お母さんが飼ってもいいと言ってくれるだろうか。いや、言うだろうな。ゴ○ブリですらゴキジェ○ト片手に慈悲を与えるほど命というものを大切にする人だ。

しかし、この猫はどうしたいのか……

そう思って猫を見ると、僕の足に頬をすりながら本物の猫なで声を上げた。

僕の負けだ。そう思うしかなかった。お母さんに猫を拾ったから飼うとメールで送ると、数秒も経たずに了解の返事を受けた僕は、その意志を獣医師に伝えた。

話が長くなってしまったが、結論だけ言うのなら、これだけ短く言える。

僕は、珍しい猫を拾った。

………………

…………

……

ちなみに、キャットフードや猫用トイレなどを買い揃えて、僕の財布が空になった。素寒貧だ。

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未知の力、己が愛しき相手につき 落花生の悪魔 @Qootalou

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