約束
望月遥
序章 迷子の人魚
その日も漁師の父と息子は、いつものようにキーラ浜へ漁に出ていた。
船で沖へ漕ぎ出して、数日前からかけていた数本の網を二人で分担して引き上げる。このポイントは潮の流れがよく彼らのお気に入りの漁場だった。
「よーしよし、なかなかの重さだ。今の時期のレガシーカマスなら高値がつくぞ」
「高く売れたらあいつの花嫁衣装、いいの作ってやれるかな」
「ああ、せっかくの嫁入りだ。恥ずかしくないもん着せてやらんとな」
嫁入りを控えた家族のためにとせっせと手を動かす二人。幾つめかの網を引っ張っていた息子が
「うわあっ!!」
突然大声をあげ網を握っていた手を離してしまった。
「ど、ど、どざえもんだあああ」
「何ぃ!?」
「ひええええ」
腰を抜かしてへたりこむ息子と違い、漁師歴の長い父親はさすがの落ち着いた態度で手を伸ばすと、引き上げ途中の網が沈んでしまわないように握りしめた。海中で揺らめく網の中を確認し、そして息子の頭をぽかりと叩いた。
「ばっかやろう、驚かせるんじゃねえ!」
「へっ」
「よく見てみろ、水膨れてもいねえし髪も肌もつやつやしてる。まだ生きてるぞ」
「えっ、生き…!?」
「ぼやぼやしてねえでさっさと手伝え」
慌てて立ち上がった息子も手を貸し二人で網を手繰る。
「生きてるって、むしろそっちのほうがびっくりじゃねえか!なんでこんな網に」
「いくぞ、せーの!」
「よっ、と!」
他のものよりはるかに重い網をなんとか船の上に引き上げる。重さと勢いで船が傾いだ。
「さあな、わからねえ。わからねえが」
網を広げ、ぴちぴちと鱗を煌めかせる魚たちを父親が手早く生簀に移していくと、大漁の海産物の中からその特徴的な姿が現れた。
「こいつが人間じゃねえってことだけは俺にもわかる」
父親は網の中の大きなヒレを広げて息子に示してみせた。
「こいつは、『人魚』だ」
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