第6話 引き続き頑張ります。

 しばらくの後。先ほどと同様の光景が繰り返された。

 治癒が無事終わり、ミーナは子供の母親と向き合う。


「はい……もう大丈夫です。坊やをゆっくり休ませてあげて下さい」

「ありがとうございます……。その……あなたは伯爵様と婚約された……聖女様では……?」


 女性がミーナの服装に気付いて質問する。するとミーナは視線を下げ、つぶやくように言った。


「私は……もう婚約者では……ありません」


「えっ?」

「申し訳ありません、次の方がお待ちですので……クラウディオ様、あの方を」


 驚く女性を後にし、ミーナは次の怪我人に向かう。

 いつのまにか聖堂付きの神官が軽傷者を、彼が癒やしきれない重傷者をミーナが担当するという暗黙のルールが生まれていた。




 空が白み始める頃、ようやく一通りの治療が終わる。


 ミーナの活躍により、重傷者がいたのにもかかわらず一人も命を落とすことはなかった。

 神官や侍女達は、奇跡が起きたと喜び、わぁっと歓声を上げる。

 皆がミーナの方を向き、誰となく拍手を始めたのだった。


「お疲れさま、ミーナ……おっと!」


 クラウディオが労いの声をかけた瞬間、ミーナの意識が途絶え崩れ落ちる。

 ギリギリのところで、クラウディオが駆け寄り抱き留めた。

 わっという声が響き、侍女たちがミーナの周りに集まっていく。


「ミーナ様は……その、大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、疲労により気を失ってしまったようだ。さすがにもう限界だろう。皆落ち着いたみたいだし、休ませたい」

「お休みできる部屋を用意しています。こちらへ」


 ミーナには全身の汚れを拭き取ることと衣服の着替えが必要だと、その場にいる全員が感じていた。


「では、ミーナ様の清拭はわたしが付き添います。クラウディオ……様はそこに座って待っていて下さい」

「ああ。ヴァネッサ……こういうとき君が女性で助かる」

「はい。お任せを」


 数名の侍女とヴァネッサが、お湯と布を用意し、ミーナを連れて部屋に入っていく。その様子をクラウディオは神妙な顔をして見守るのであった。



 窓から差し込む陽差しが眩しい。

 徹夜となってしまったが、クラウディオにとっては、これしきのことたいしたことは無い。


 しかし、ミーナは……どう考えても働き過ぎだ。

 あの細い体のどこにそんな力があるのか。クラウディオはそう思った。

 強力な治癒呪文を躊躇わず行使し、まるで自らの命を削り、分け与えるように人を癒やしていく。


「命を、削るか……」


 そうつぶやいた彼に、話しかける者がいた。


「あの、騎士様……息子を救って頂いた方は、どちらへ?」


 この街の住人だろう。一人の男性が、部屋の前に佇む彼の前に現れた。

 話を聞くと、どうやらミーナが最初に救った青年の父親だという。


「それが、ついさっき意識を失ってしまい……今は、あの部屋にいる。侍女たちの手で、身を清めている最中だ」


 クラウディオは、ミーナがいる部屋を指差す。


「なんと…………うちの馬鹿息子のためにそのような……。大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、単なる疲労のようだし、ゆっくり休めば問題無いだろう」


 気がつくと、青年の父親以外にも何人か街の住人が集まってきていた。どうやら、皆ミーナの治療を受けた者の家族のようだ。

 クラウディオの説明に、集まった者たちがざわつく。


「騎士様。もし、ミーナ様の意識が戻りましたら、是非お礼を言わせていただきたいと思っております。ここにいる皆、同じ気持ちです」

「ああ、分かった。伝えておこう。其方そなた達も、気を張り詰めすぎず、ゆっくり休むといい」

「は、はい、ありがとうございます」


 クラウディオに、というよりは彼が指差した部屋の方に向かって礼をし、住民達はぞろぞろと帰って行った。


「ミーナ……あんなに素敵で綺麗に……そして……本当に聖女に……なったのだな」


 騎士の目に涙が浮かぶ。その雫は、決して、再会の嬉しさによるものではなかった。




「部屋を二つ用意して頂いたようですね。一室は私一人でお借りします。もう一部屋はお二人でごゆっくりなさって下さい」


 しばらくして、ミーナを両腕に抱いたヴァネッサが部屋から出てきた。女性ながら、気を失った少女を軽々と抱えている。

 彼女も背が高いとは言え相当の細身であるのに、いったいその力はどこから出てくるのかクラウディオはいつも不思議に思う。


「ああ……。って、おい……」


 ミーナは静かに、すう、すう、と寝息を立てていた。顔色も悪くない。真っ白で清潔なシフトドレスを身につけており、薄い毛布が掛けてある。

 クラウディオは、少女を受け取り、両手で抱えた。

 すると、ミーナは眠ったまま、彼の首に手を回し「クラウディオさま……」とつぶやいたのだった。

 クラウディオは眉を下げ困った顔をヴァネッサに向ける。


「な、なあ……ヴァネッサ。その、夫婦でもない男女が同室というのは……まずくないか? 君がミーナと一緒じゃないのか?」


 何を言い出すのかと思えば……。ヴァネッサは少し呆れながら答える。


「やれやれ……。もっと、どっしりと落ち着いていた方が、女性は安心するものですよ。こんな状況で誰があらぬ目で見るものですか」

「そ、そういうものか」

「戦いの場に身を置いていたときのように、自信を持って接してあげて下さい。彼女はついさっきまで戦場に、それも最前線にいたのです」

「ああ…………そうだな。ありがとう、ヴァネッサ」

「はい。私は大変眠くなったので、一人で休ませて頂きます。昼過ぎには起きますが、それまでは……何かあっても一人で対応して下さいね」


 にっこり微笑むヴァネッサだったが……要はミーナをよろしく、ということである。

 その迫力は相当なもので有無を言わせない圧をクラウディオは感じていた。


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