STARDUST

オニワッフル滝沢

第1話

 新横浜から在来線を乗り継いで石川町駅へ降り立つ。一週間ほど遠出していたが荷物はボストンバッグだけ。湯川充史(あつし)は、それを左肩にかついで元町商店街を重い足取りで進む。8月も終りに近づくと、乾いた風が身体を通り抜ける。もう、暑さにやられなくて済むな、と湯川はホッとした。


 自分のアトリエ以外での絵画修復は骨が折れた。だが、知人の修復士に頼まれたら断れず、一週間前に西の方に赴いた。修復するのは絵画にとどまらず写真や手紙も含まれる。期せずして水と泥にまみれた絵画や記念品。経年ではなく、一瞬で。無残に雨や泥に飲み込まれ、戻らないものも少なくないが、残ったものもある。それを以前の状態に近いものにすれば、持ち主の心のいくらかは救われる。今回初めての土地で、そのようなものの修復に取り組み、湯川は自分がドラマの片隅にいるような錯覚に何度も陥った。


 自分の部屋に着くと、バッグを開け洗濯するものを洗濯機へ投げ込む。洗濯機が回っている間に自分はシャワーを浴びる。シャワーから出て体を拭き終わったくらいに洗濯が終わり、ボクサーパンツ姿で洗濯物を干す。


 ベランダから部屋に入ると、裸のままベッドへ自分の体を投げ込む。ノリの利いていない、くたびれたシーツや自分の匂いが残る枕カバーにすっかり緊張感がほぐれた。湯川はそのままベッドに埋もれた。


 数時間後、窓から差し込んでくる西日の明るさと熱に眠りを遮られた。うつぶせに寝ていた湯川は重たそうに寝返りを打って、目をあけた。すると真上から自分を見つめる男と目が合った。

「うわ!」

 湯川はそう声を上げて起き上がらざるを得なかった。

「驚きすぎだろ」男は平然とそう言った。

 湯川は男に背を向けてベッドの縁に座った。顔と首筋に滴る汗をシーツで拭きながら、頭の中を整理した。

「洗濯物、中に入れといたぞ」

 男はそう言った。

「あぁ、サンキュ……準備するから、ちょっと待ってて……曽我部」

 湯川はそう言ってバスルームに入った。


 曽我部は高校からの付き合いだ。同じクラスになった時から一緒に帰ったり、共働きだった湯川の家に入り浸ったり。その頃から曽我部は湯川の自室に勝手に入ってくる。着替えている時でも、寝ている時でも。一度、湯川が≪一人でとりこんでいる≫時にも勝手にドアを開けられたことがあった。だからだろうか、湯川は付き合っている女の子を家に連れてくることはしなかった。

 そして卒業式の日に帰り道で彼から好きだと告白された。湯川はその告白を受けなったが、曽我部を拒絶することもなかった。それゆえに友情は続き、勝手に部屋に入る曽我部を許容しつづけている。曽我部は気に入った男ができるたび、湯川に話をしている。


 曽我部に案内される形で2人はジャズバーに向かう。湯川は途中にある馴染みの中古レコード屋を外からのぞいた。そこではたまに遭遇する青年がいる。背丈は湯川より少し低く、少し長めの髪は栗色で、日に当たるとかなり明るい髪になる。若そうな見た目をしているが、様々なジャンルの棚を熱心に見たり、馴染みの店員と話していたり。華奢に見え、奇麗な顔をしているので女性かと思っていたが、昨夏に見かけたTシャツ姿は男の身体だった。彼に遭遇するたびに目で追ってしまう。一通り店内を見回したが、今日はその青年はいなかった。


 2人はジャズバー≪CURE-キュアー≫の中に入ると中央の席についた。

「おつかれ」 曽我部はそう言って湯川の分のビールを注文する。

「酒飲んでジャズなんか眠くなっちゃいそう」

「そうしたら俺が叩き起こしてやるわ」

 湯川は曽我部の上気した顔をまじまじと見つめる。

「いまのお気に入りがでるの?」

「そう!」

「また若い子?」

「若いと言っても23だけど」

 2人は運ばれてきたグラスをカチンと鳴らした。

「一応は成人しているワケね。付き合ってるの?」

「まぁ……≪深い関係≫ではある。」

 湯川は呆れながらビールに口をつけた。その瞬間、周囲から拍手が聞こえた。前を見ると4人のが青年が出てきて楽器を取り、一人はピアノの前に座った。

「あのピアノの子」曽我部が湯川に耳打ちする。

 紺色のオープンカラーシャツにライトグレーのパンツ。背は低くないが、華奢だから23歳といえども幼く見える。栗色の髪がライトを反射して、より明るい色になる。彼の顔がしっかり見えると、湯川の心臓が大きく揺れた。


 目の前にいる青年は、中古レコード屋で見かけるあの青年だった。


 青年はグランドピアノの前に座り、一息ついて指を鍵盤に置く。彼が弾き始めたのは、どこかで聞いたイントロダクション。湯川は目を閉じて遠い記憶をたどる。そして曲名を思い出すのと、主旋律の始まりが同時だった。Life on Mars?

 アドリブの時は本当に楽しそうに鍵盤を叩く。彼は顔に無駄な肉がついておらず、二重まぶたや鼻、唇の美しさが際立っている。そんな彼が≪Life on Mars?≫を弾くのはなんだろう?湯川は、まとまらない考えをビールで流し込んだ。


 青年たちは3曲つづけて演奏し、深々と礼をしてステージを後にした。しばらく2人でビールを飲んでいると、曽我部の隣に先ほどのピアニストが座った。

「湯川、紹介するよ。榊くんだ」

「榊登偉(とうい)といいます」

 登偉は湯川に右手を差し出した。

「湯川です」

 湯川も右手を出し登偉の手を握った。

 実は曽我部とは高校の同級生で」

 湯川がそう話すと、登偉は「え!」と目を丸くし曽我部に視線をうつした。

「年をとるとね、色々と個人差が出てくるモンなのよ」

 曽我部は弁解しながら登偉にメニューを差し出す。

 湯川たちはジャズバーの前で別れた。湯川は山下公園方面に歩いていく曽我部と登偉をしばらく眺めていた。彼らと30分くらい談笑して感じたのは2人の温度差だ。曽我部が登偉に入れ込んでいるのが見て取れるのに対し、登偉は心ここにあらず、という印象を湯川に与えた。

「深い関係って……」

 湯川は歩いていく2人をみてそう呟いた。そして、2人とは逆方向の元町方面へ歩き始めた。


  ホテルのロビーラウンジの中にあるトイレの個室で、曽我部は蓋をしたままの便器に座り、立ったままの登偉を前にした。登偉が自分でベルトを外すと、曽我部は自分の手を添え、彼のズボンと下着を下ろした。若い性器を口に含む。登偉のため息が漏れた。登偉の性器を味わうように唇で弄ると登偉は身体を震わせる。曽我部はそんな彼を可愛く感じ、登偉の尻や肛門を愛撫した。曽我部がしゃぶったまま前後運動を繰り返すと、登偉は彼の口のなかで精液を放出して果てた。

 登偉は便器をまたぐようにして体勢を変え、曽我部に尻を突き出した。 曽我部は避妊具をつけると、すかさず登偉のなかに入っていった。自分の身体に登偉の身体に密着させて下半身を動かす。登偉の性器に触れると、ふたたび固くなっているのがわかった。「若いね」登偉の耳元で曽我部はささやいた。登偉を抱え込んだまま、曽我部はしばらく腰を振っていたが、自分を抱え込む曽我部の手に自分の手を添えて握りしめると、曽我部は糸が切れたように果てた。


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