助けた美少女JKが可哀そうすぎて同棲を始めるしかなかった

かんなづき

プロローグ

 冬制服の内側に温もりが帯電たいでんするのを感じ始める季節。

 仕事帰りの革靴の音が駅構内を牛耳ぎゅうじるようになる頃には、空の橙色おれんじはすっかり拭き取られてしまっていた。


 美咲みさきからもらったショートケーキの予約券を片手に、僕は立川たちかわ駅の東改札をくぐった。


 ちょうどくだり電車でも到着したのか、黒い人の波が出来始める。僕はあっという間に大きくなるそれに逆らいながら、まっすぐ目的地へ向かった。


 黄色い光に包まれたケーキ屋さん。洒落しゃれたデザインの美味おいしそうなケーキがたくさん並んでいるショーケースの向こう側に、ショートケーキの妖精ようせいみたいな店員さんが立っていた。


 エプロンのお腹あたりで指を組んでいた彼女は、店の前で足を止めた僕が客だと気付いてぴょこっと跳ねるように笑った。頭に乗っかっていたいちごのような赤い帽子も連動する。


「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?」


 耳に残る、甘くて可愛かわいらしい声だった。見るからに若いけど、アルバイト店員さんだろうか。


 僕は予約券をレジに差し出す。


「受け取りです」


「ありがとうございます。今、ご用意しますね」


 彼女は予約券にある番号と手元の表を見比べながら店の奥の方へ入っていったかと思うと、すぐさまホールケーキの箱を持って戻って来た。


「ご自宅まではどのくらいですか?」


 持ち帰り用の袋を用意しながら彼女は聞く。


「あ、三十分もかからないくらいです」


「わかりました」


 彼女は慣れた手つきで保冷剤を袋に入れていく。その際もずっと可愛らしくにこにこしてて、なんだかとっても楽しそう。


「妹さんの誕生日ですよねっ。おめでとうございます!」


 えっ。


「ど、どうして……?」


「お母様とご一緒に予約をされに来ていたので。受け取りはお兄ちゃんが来ますって言ってましたよ」


 確かに予約しに来たのは母さんと美咲だけど。


「よく、覚えてますね……」


「大切なお客さんなので。それに、すっごく楽しみそうにしてたから」


 彼女は胸元で手を組みながら微笑ほほえんだ。


 こうやって喧騒けんそうの中にこっそり花を咲かせてる人って本当にいるんだな。


「ありがとうございます。妹も喜ぶと思います」


 僕は彼女からケーキを受け取った。

 これを電車の中でつぶさずに持って帰るのが今日のミッションだ。こんなに気持ちを込めてもらったものならなおさら。


 店員さんに頭を下げて、ガラス張りの世界に顔を向ける。


「また来てくださいね!」


 彼女は疲れきった灰色の東京とうきょうベッドタウンをすっかりらしてしまうようなまぶしい笑顔で、主役を待たせている平凡な兄の去り際にはなむけをしてくれた。





「ただいまー」


 リビングの扉を開けると、そこはすっかりパーティー会場になっていた。いつもは白い壁紙も、てかてかの風船がかざられている。


「あ! お兄ちゃんっ! おかえり!」


 僕に気付いてキッチンの方から走ってくる美咲。その前で天井に向かって不意打ちクラッカーを鳴らす僕。


 ぱぁん、という乾いた音に、案の定美咲はひっくり返った。


「な、なにすんのぉ!」


「お祝いだよ。おめでとう美咲。ケーキ、お待たせしました」


 潰さずに持って帰って来たケーキを掲げる僕のお腹に彼女は抱きついた。


「ねねっ、お店のお姉ちゃん、めっちゃ可愛かったでしょ!?」


 美咲は目を輝かせながら飛び跳ねた。黒いツインテールが一緒して踊る。


「あぁ、店員さん?」


「立川のケーキ屋さん、店員さんが天使過ぎるって結構評判ひょうばんなのよ。まぁ若くて素敵な子だった! 美咲なんか、予約しに行った時に一目惚れしちゃって、ねぇ?」


 キッチンの方でなべを見守っていた母さんがタオルで手を拭きながらこちらに笑いかける。


「どうだったっ? お兄ちゃん」


「え。あぁ、確かに綺麗な人だったよ。美咲のこと覚えてたし」


「えっ!? ほんとっ!?」


 彼女の目の輝きが増す。


「うん。受け取りに行ったら、妹さんの誕生日ですよね、って言われてびっくりしちゃったよ。おめでとう、だって」


「ぴゃー……っ!」


 奇声を上げながらその場に倒れる美咲。その目は見事にハートに染まっている。


「あんな天使様にお祝いされるなんて、われ、今日死んでしまうのでは……?」


「何物騒ぶっそうなこと言ってんのっ。まだまだ親孝行おやこうこうしてもらわなくちゃいけないんだからねっ!」


 母さんはそう言って笑った。


「私、毎日あのケーキ屋さん通うっ」


「毎日いるわけじゃないでしょ。多分アルバイトだと思うし」


「え、そうなの?」


「わからないけど、高校生、ぽかったかな」


 ぱっと見た限りでは僕と同じくらいの年齢に見えた。


「いやそれよりも毎日ケーキを食べる方にツッコまんかい! ニキビぶつぶつになっちゃうでしょ! もう、ほら二人とも手伝ってっ。今日は食卓いっぱいにしちゃうんだから」


「はーいっ、ママ!」


 美咲はカーペットから起き上がって、キッチンの方へ戻っていった。生まれてからちょうど十二年の主役はとても機嫌きげんが良いようだ。


 右手に持ったショートケーキが、少しだけいつもより重く感じた。

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