第6話 頼れよ
ある日の昼下がり。
ぼんやりとテレビを眺めつつ、チャンネルをポチポチ変えていく。
けれど、どの番組も前に見たことのあるドラマばかりで、
(……つまんない)
チバいわく『再放送』と言うらしい。
「日曜日、正午のニュースをお知らせします」
綺麗なメイクをした女の人が、淡泊な声で言葉を繋ぐ。
今日の天気や、洗濯情報。海開きが近いとか、てんのーこうごーりょーへーかについて。
天気予報以外なんのことを言っているのかわからなくて、これもつまらない。
「……」
リモコンの赤いボタンを押してテレビの電源を切り、ふわあーと欠伸をしながら上半身を前に倒して大きな背伸びをした。
(のびのびー)
そのまま足も伸ばしてうつ伏せになる。
「…………」
ひま……ひまひま!
不意に、
「ちょび、暇してるの?」
今までパソコンの画面とにらめっこをしていたチバが口を開いた。
ノートパソコンをぱちりと閉じて、変な声を出しながら背伸びをするチバ。
(ひまだよ、チバ)
私が頷いたのを確認すると、彼はパソコンをテーブルに置きながら立ち上がり、
「じゃあ、お出かけするか」
そう言って私の頭を撫でた。
(お出かけ……?)
***
私は、最初から持っていた白いワンピースを着用。
チバの格好は、無地のシャツに紺のジーパン。
二人で少し歩いて、大きなビルの前にやってきた。
「?」
辺りはどこを見渡しても人で溢れ返っている。
建物を仰ぎ見ると、ビルのてっぺんにはこれまた大きな風船がぷかりと浮いていた。
(なにあれ!? なにあれ!!)
「ん? ああ。あれはアドバルーンだよ」
(ア“ブ”バルーン!)
大きな風船は『アブバルーン』で、この建物は『デパート』だとチバは笑い混じりに説明してくれる。
それから、チバの前を行きガラスの壁に近づいた。
瞬間、それは音もなく横にスライドされてしまう。
(魔法のドアだ!!)
「自動ドアって言うんだよ」
じどードアは私が近づけば開き、遠のくと勝手に閉じる。
まるで生き物みたいに思えて、面白くて何回も同じ動作を繰り返していると、
「こーら、迷惑になるからやめなさい」
チバに頭を小突かれ、首根っこを引っ張られた。
***
ようやく中に入ると、そこはまるで魔法の世界。
キラキラ光るお店に、美味しそうな匂いがたくさん。……人も、たくさん。
「ちょび、はぐれるなよ?」
おいでと手招きされ、あたりを見渡しながらチバの後ろをついて歩く。
チバは「もし迷子になったら、店内放送で呼び出すからな」とか笑っていたけれど、そんな言葉は右から左へ。
あっちもこっちも興味を惹かれるものばかりで、気になって仕方がない。
***
また少し歩いてたどり着いたのは、服がたくさんあるお店だった。
どこを見ても服ばかり。でも、チバが着るにはどれも似合わないような気がして(チバは何をしに来たんだろう?)と首をかしげる。
「ちょびの服、買わなきゃな」
(……私の?)
私に、服を買ってくれるの?
「どんなのがいいかな……俺が勝手に選んでもいい?」
(うん! ありがとう、チバ!)
チバの気持ちが嬉しくて、必死でこくこく頷いた。
そんな私を見て彼は少し照れ臭そうに笑い、店内へぐるりと目をやる。
「……じゃあ、心を込めて選ばせて頂こうかな」
付近の棚に手を伸ばしトップスを見てみたり、ハンガーにかかったワンピースを眺めたり、マネキンに飾られた衣装をじっと観察して悩むチバ。
かと思えば、ボトムスを手に取り、
「うわっ! 短い……!! だめだめ!!」
なぜか顔を赤くして、慌てた様子で棚に戻す。
(やっぱりチバはへんだなー)
そんなことを思いながら一連の動作を眺め、お店の外に出て、すぐ正面に設置してあったソファーへ腰をおろせば、
「これ、どうかな?」
どこか嬉しそうな声が飛んできた。
ぐっと親指を立てれば、スカートを片手にチバが笑う。
(……チバ、さっきよりへんな人に見える)
不意に、どこからか美味しそうな匂いが漂ってきた。
(……そういえば、お腹すいた)
クンクンと鼻を鳴らしてその匂いを辿り、到着したのはたくさんの食べ物屋さんが並ぶ広場。
生唾を一つ飲み込み、ぐーぐー鳴り響くお腹に手を当てた。
でも……テレビで見たから、私は知っている。
物は、お金を払わなきゃもらえないのだと。
(……チバにお金もらおう)
服のあるお店へ帰ろうと踵を返してからハッとする。
(……ここ、どこ?)
周りをよく見ていなかったから、どの道をどう通って来たのかわからない。
辺りを行き交うのは、知らない人ばかり。
ざわざわと響く雑音が、不安を煽り続けていた。
(ど、どうしよう……)
チバはどこ?
どっちから来たっけ?
右も左も……人、人、人。
さっきまでの魔法の世界が、途端に恐怖の異世界へ変わってしまった。
(チバ……)
何をするわけでもないのに、あてもなく前に差し出される自分の両手。
とにかく全部が怖くて、水に飛び込んだみたいに視界が歪んだ。
「……ち、ば」
思い切って出した声は、ざわめきにかき消される。
これじゃあ、チバにも届かない。
「ちば、ちば……」
それでも、あの人を呼ばずにはいられなかった。
すれ違う人たちはみんな、不思議そうだったり怪しむような目で私を見て通り過ぎていくだけ。
まるで、“あの時”と同じ。
「……っ、ば、」
心細くて、涙が頬を伝った。
(チバ……)
何回も何回も、心の中で彼を呼ぶ。
チバ、私はここだよ。今どこにいるの?
怖いよ、チバ。お願い――……私を、捨てないで。
「……っひ、ろと……ひろ、と……っ!」
次の瞬間――ぐいと腕を引っ張られ、誰かに抱きしめられた。
ふわりと鼻をかすめたのは、珈琲の香り。
「ちょび」
鼓膜を撫でたテノールは、確かに求めていた人のもので。
顔を上げれば、そこにはやっぱりチバがいた。
(ひろ、と……)
安堵すると同時に涙がまた一つこぼれ落ちると、
「勝手にうろちょろしない。探しただろ?」
口ではそんなことを言いながら、私の目尻に落とすキスはひどく優しくてあたたかい。
「ひろ、と……っ、ひろと……!」
「よしよし……怖かったな」
微笑みながら頭を撫でてくれたチバは服の袖で私の頬を拭い、片手に持った袋を見せてくる。
「服買ったから、もう帰ろうか」
そう言って体を離すと、あいている右手で手を繋ぎぎゅっと握りしめた。
彼の手はすぐここにあって、頼りになる大きな背中が少し前を歩き出す。
思わず緩む口元に、どきどきうるさい心臓も一緒。
「……ち、ば」
「ん?」
「せ、せん、きゅっ」
テレビを真似てお礼を言えば、
「……何で英語なの? ちょび」
ヒロトは楽しそうに声を出して笑った。
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