第37話

 「おはようございます」

 6時少し前にライラと一緒にキッチンに入っていくと、パンを焼く支度をしていたマリーがにっこりしかけて眉をひそめた。

「おはよう…まあ、竜、なんだか顔色が悪いわ」

「大丈夫です。ちょっと寝不足なだけです」

「勉強のしすぎなんじゃないの?」

「いいや、夜遊びのしすぎですよ」

 後ろからキッチンに入ってきたエミルが笑いを含んだ声で言った。

「夜、果樹園に行っただろう。窓の音がした」

 竜はちょっと笑って首を竦めた。

「バレちゃった。でもちょっとだけです。なんだか眠れなくて」

「あんまり長いこと帰ってこなかったら連れ戻しに行こうと思ってたんだけど、割とすぐ帰ってきたみたいだったから。帰った後はちゃんと眠れたのか」

「はい」

 竜は嘘をついた。果樹園から帰った後も、ため息ばかり出るし、眠りは浅いし、うとうとしたと思ったら嫌な夢を見て変な汗をかいて目が覚めるし、散々だったのだ。

「ならよかった。じゃ、行こう」

「お父さんが10時には家を出なきゃいけないのを忘れないで」

「大丈夫。それよりずっと前に帰ってきますから」

「ピエールによろしくね」

 外に出ると、竜は深呼吸した。朝の空気は本当に清々しいという言葉がぴったりだ。その清々しさが胸の奥まで染み渡る。見上げると、小さな雲が浮かぶまだ少し朱鷺色がかった綺麗な薄水色の空が広がっている。いい天気になりそうだ。

 振り返ったエミルが、朝の光を浴びた竜の顔を見て顔を曇らせた。

「ほんとにあんまり顔色が良くないな。大丈夫か」

「大丈夫です。ちょっと寝不足なだけですから」

「車の中で魔法の練習をしてもいいかなって思ってたんだけど、やめとく方がいいかもしれないな」

「えっ。します。したいです!」

「うーん、竜は前科があるからなあ」

 車に乗り込みながらエミルが笑う。

「朝食前だし」

 竜も初めてフリア魔法大学に行った朝を思い出して、苦笑いした。確かにちょっと危ないかもしれない。

「本当にあの時はかなり参りました。マリーのロールパンのおかげでなんとか生き延びた、って感じでしたもの」

「それが今は小石を歌わせるのなんて、それこそ朝飯前だ。まったく、父じゃないけど、末恐ろしいね」

 エミルは頼もしそうに竜を見やった。竜は照れ笑いしながら、胸の奥がきゅうっと絞られるように感じた。末恐ろしい。帰ってこられればの話だ。

 車がすうっと発進する。この静かに走る車にももうすっかり慣れた。向こうに帰ったら車のエンジン音や排気音をさぞうるさく感じることだろう。むろん、こっちのことを覚えていればだけれど。

 竜はエミルに聞こえないようにそっとため息を漏らした。一事が万事この調子だ。こんなんじゃ、残りの滞在を楽しむことなんか到底できやしない。一体どうしたらいいんだろう。

 気持ちを切り替えようと、竜はエミルに尋ねた。

「どんな魔法なんですか?練習したらいいかもっていうのは」

「ものを見えなくする魔法だ。それを先にやってから、自分の姿を見えなくする魔法につなげる。適度に難しいから、練習にいいと思うよ」

「わあ、やってみたいです!」

 すかさず、心の中で待ち構えていた別の声が言う。そんな魔法ができるようになったって、明日の午後までしか使えない。それに、練習をして魔法の力を伸ばしたって一体何になるんだ。帰ってこられないかもしれないのに。

「まあ、初めてやる魔法だから、念のため朝食を食べてからにしておこう。今日はロールパンも何も持ってきてないからな」

「はい…」

 朝食。この世界での、最後から二番目の朝食。

 竜は危うく出そうになった大きなため息を飲み込んで、窓の外の景色に目をやった。美しい木立。緑の丘。なんて綺麗なんだろう。忘れたくない。戻ってきたい。ずっとここにいたい。

 胸が詰まって、慌てて景色から目を逸らし、視線をうろうろさせた。エミルの髪に目が止まる。

「今日は縛ってないんですね、髪」

「えっ、ああ…」

 エミルの手首からするりとダークグレイの髪ゴムがはずれて、エミルの髪をいつものように後ろでまとめた。

「これでよし」

 エミルがにこりとしてみせた。

「縛ってなくてもカッコいいのに」

「出かける時はなんとなくこの方が落ち着くんだ」

 ダークグレイの髪ゴムからは、いくつかの艶々した小さな天然石のようなものがぶら下がっている。エミルは結構おしゃれだ。左の耳にはいつもピアス(といってもこっちでは穴は開けない。耳たぶに押し付ければピタッとくっつくもので、普通にイヤリングと呼ばれている)をしているし、ブレスレットをしているときもあるし、アルマンサの紐にアクセサリーのついたネックレスをしているときもある。イケメンには何でも似合う。いいなあ。僕もエミルみたいになりたい。もっと一緒にいたいのに。もっと色々教えてもらいたいのに。

 今度は抑えきれずにため息が出てしまって、エミルがちらりと竜を見た。

「どうした?」

「…何でもありません。なんだか、なんていうか…」

 竜はもう一度ため息をついた。

「いえ、なんでもありません」

「心配するな、竜。全部うまくいく。ちゃんと覚えてられるし、ちゃんと戻ってこられるから」

 宥めるように優しく言われて、竜は目を丸くした。

「どうしてわかったんですか」

 エミルは微笑んだ。

「顔にこれ以上できないくらいはっきり書いてある」

 竜は思わず自分の頬を撫でてしまった。

「それで眠れなかったんだろう」

「…はい」

 うなずいて、竜は何だか心の中の硬く団子になっていた結び目がふっとゆるんだような気がした。

「…昨日の夜、授業のあと日記を書き終えたら、急にこんなふうになっちゃったんです。ちゃんと記憶を保ったまま向こうに帰れるのか、こっちにちゃんと帰ってこられるのか、すごくすごく心配になって…。もう明日で本当に最後になっちゃうような気がして…。もうみんなに会えないような気がしちゃって…」

 心の中の結び目が解けていく。つかえていた塊が溶けていく。竜は大きく息をついた。胸がずいぶん楽になった。言葉に出すってすごい効果があるんだ。

「…どうして急にこんなふうになっちゃったんでしょう」

「多分、課題がなくなっちゃったからだろう」

「課題?」

「最初は、記憶を守るために、マルギリスを歌わせられるようになることが課題だった。次は健太くんを守るために、二つの魔法を同時にやれるようになることと、次元を拡げて相手を覆う魔法ができるようになることが課題だった。昨日は健太くんなしで向こうに帰った時どうするか計画を立てなきゃならなかった。昨夜それに一応の目処がついて、頭も心も暇になったから、急に不安になったんだろう。明日帰るんだし」

 明日帰る…。さらっと言われて、竜はかえって何だかさばさばした。そう、明日帰るんだ。

「マルギリスの歌…ほんとに効くでしょうか」

 エミルは笑った。

「効くも何も、そういうものだ。マルギリスの波動はなにものも通さない。なにものも通さないという点では、ジリスとフュリスのシールドと全く同等だ。そのシールドを使って行き来をしていた真の記憶が守られてたんだから、竜の記憶だって守られる。確かに、ジリスとフュリスのシールドと違って、20秒くらいしかもたないけど、この分野の天才が二人揃って20秒あれば十分だって言ってるんだから、信じろ」

「はい、ドクター•ブリュートナー」

 竜も笑ってうなずいた。強張っていた心が柔らかくなる。本当にそうだ。信じろ。エミルとカールが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫って思っていいはずだ。

「でも、こっちに帰ってこられるかどうかは、残念ながらそれほど簡単に受けあえない。真がジリスとフュリスを持っていれば、確実に帰ってこられると思っていい。でも真がジリスとフュリスを持っていない場合、竜がこっちに帰ってこられるかどうかは、僕の魔法が成功するかにかかってるからね。もちろん成功させるつもりだけど、まだ今は『確実に』と言える段階ではないから」

「大丈夫です」

 竜はにこりとして言った。

「この分野の天才が、エミルの魔法は必ず成功するって言ってましたから。信じましょう」

「え?」

「カールが言ってました。エミルの魔法は必ず成功する、って。『あの子はとっくに私を超えている。大したものだ』って」

「……」

 エミルは前を向いたまま、照りつける朝日が眩しいというように目を細めた。エミルの周りの空気が輝いているのが感じられて、竜は微笑んだ。今なら言える。自然に言葉が続いた。

「その時、カールに、エミルが向こうの世界に行く実験をするのを止めちゃいけないって言われたんです。でも、僕、ずっと、エミルに実験しないで欲しいって思っていて…今でもまだほんの少しだけそう思ってます。エミルがいなくなっちゃうなんて絶対に嫌だから。でも、カールが必ず成功するって言ったんだから、僕も信じることにします。もしエミルが実験をしたら、絶対成功するから、だからエミルはいなくなったりしない、大丈夫だ、って」

 エミルが微笑んで竜をちらりと見た。とても嬉しそうだった。

「いなくなったりしないよ。僕がいなくなったら、誰がこっちで竜の面倒をみるんだ」


 エミルの研究室のある建物は、相変わらずシャボン玉のようだった。この前のように、ミニカーになった車をポケットに入れ、ガラスのように見えるコントルを通り抜け、リフトでエミルの研究室へと昇っていく。帰ってきたら、僕もエミルと一緒に毎日ここに来るんだ。竜はリフトから周りを眺めながらそう思った。今はもうそんなふうに思えるようになっていた——ほんの少しだけ、心の底に不安は残っていたけれど。

「ここにももう一つデスクを入れないとな」

 明るい光の満ち溢れる研究室に入るとエミルが言った。竜に向かって指を振ってみせる。

「もちろん竜のデスクだから、どう使おうと自由だけど、でもあんまり散らかすなよ」

「整理整頓を心がけます、先生」

 大真面目に言ってから、竜は嬉しくなって辺りを見回した。この広くて明るい見晴らしのいい部屋で毎日勉強できるんだ。

 エミルがつやつやした白いドアの真ん中あたりに手を当てると、ドアの中からすうっと大きな白い箱が出てきた。まるで大きくて深い引き出しのように、一面はドアにくっついたまま宙に止まっている。エミルはその中から大きめの小包を一つと、手紙の束を取り出した。

「さすがにたまってるな」

 小包を竜に渡し、指先で白い箱をつっと押してドアの中に戻すと、エミルは手紙の束をデスクの上に投げ出して選り分け始めた。

「その包み、開けてごらん。中にマルギリスが入ってるはずだ」

 竜はその白い艶のある紙のようなもので出来ている包みを、何で開けたらいいのかわからなかったので魔法で開け、中を見た。ふかふかする大きな泡のようなものに包まれた、見慣れた黒い箱が二つ入っている。

「中を確かめたほうがいいですか?」

「そうだな、一応」

 答えながらエミルは次々に封筒を右へ投げやって、

「まったく。こういうのを紙の無駄っていうんだ」

 とぶつぶつ言った。デスクの上に手紙の大きな山と小さな山ができつつある。

「何なんですか、それ」

「新しい商品の宣伝とか、くだらないパーティの招待状とか、そういうのだよ」

「パーティ?」

 タキシード姿のエミルが竜の頭に浮かんだ。似合いそうだ。

「そう。多いんだ。くだらなくないパーティもあるにはあるけどね。学会関連のものとか。そういうのには、まあ出なきゃいけない時は出るけど、こういうのには絶対に出ない」

 最後の薄いピンクに金で模様の描いてある封筒を顔をしかめて大きな山の方に放り投げると、エミルは小さな山の方の手紙を開封して目を通し始めた。竜は首を曲げて、横向きになっているその薄いピンクの封筒に印刷されている差出人名を見た。『マイン!』ミスターアンドミズパーフェクトコンクール運営委員会。

「…これ開けてみていいですか」

「…ん?いいよ」

 エミルは読んでいる手紙から目を上げずに言った。竜は小包をデスクに置いて、いそいそとピンクの封筒を開けた。封筒よりも濃いピンク色のカードに、きんきらの字が踊っている。

「ドクター•エミル•ブリュートナー。おめでとうございます!あなたは『マイン!』第79回ミスターアンドミズパーフェクトコンクール魔法•科学部門における、恋人にしたい男性ナンバーワンに選ばれました。よって表彰式並びに晩餐会にぜひご出席いただきたく…」

「うひゃー…」

 思わず頓狂な声を上げた竜を横目で見たエミルは、竜の手にしているピンクのカードを見て顔をしかめた。

「何読んでる」

「だって開けていいって言いましたよ」

「マルギリスのことかと思った」

「何なんですか、このコンクールって」

「ある雑誌がやってる投票だよ。その雑誌を読んでいる人間が、色んな項目別に投票するんだ」

「魔法•科学部門の恋人にしたい男性ナンバーワンだって…。すごいですね」

 感心して言うと、エミルは苦笑した。

「まあ、光栄なことだと思うべきなんだろうけどね。向こうでもこういうものがあるのか?」

「ありますよ。抱かれたい男ナンバーワン、とか」

 エミルはぎょっとした顔をした。

「…そりゃ随分…ダイレクトな表現だな」

「うーん、エミルも選ばれそうですねえ。魔法•科学部門、抱かれたい男ナンバーワン…」

 からかうように言うと、エミルが真面目な顔をして、たしなめるように言った。

「こら、竜。そんな品のないこと言うな」

「…はい」

 恥ずかしくなって竜は首を縮めた。品のないこと。もっともだ。やっぱり向こうの世界はこっちに比べて少し野蛮であるらしい。

 それにしても…、とマルギリスの箱に手を伸ばしながら竜は思った。どんな雑誌か知らないけど、でもとにかく雑誌の投票に名前が上がるなんて、エミルって結構有名人なんだ。まあ当然か…。竜は手紙を読んでいるエミルの横顔をちらりと見た。トップクラスの魔法発明学者で、しかもこんなイケメンじゃ、目立つんだろうなあ。それにしても、恋人にしたい男性ナンバーワンなんて…。真がどんな顔するかな。

 マルギリスはそれぞれの箱の中にちゃんと入っていた。こうやって見比べたことが今までなかったからわからなかったけれど、やはり一つ一つの形は微妙に違っている。色の違いはわからない。まったく同じ色に見える。

「エミル、こういう結晶にも質の良し悪しとかがあるんですか?」

「そう、多少はね。これはいつもと同じところから調達したものだから、大丈夫だろうけど…」

 エミルは手紙を置いて、マルギリスを手に取った。

「宝石とかは、質の違いとかが色なんかでわかるんでしょう」

「こういう結晶もそうだよ。マルギリスを光にして、それを結晶化するって話はしただろう?質の良し悪しは、光を結晶化する技術者によるわけだ…」

 結晶を大きな窓からの明かりにかざす。

「うん、いつもと変わらない。大丈夫だ」

 マルギリスを竜に渡すと、

「さて、そろそろ行こう」

 時計を見て、

「そうだ、ちょっとプールに寄ってみるか。いつも今くらいの時間に泳いでるんだ」

「わあ、やった!」

「見るだけだぞ。水着がないからな」

「ちぇっ。残念」

「まあ、次回の楽しみにとっておけ」

 竜はにこりとして頷いた。

「その方がいいかもしれません。やり残したことがある方が、帰ってこられるような気がします。別れの盃の話って知ってますか」

「別れの盃?」

「何かで読んだんだか、誰かに聞いたんだか、覚えてないんですけど…。昔、どこかの国のしきたりか何かで、旅に出る前に別れの盃を酌み交わすとき、旅に出る人は盃を全部は飲み干さないで、少し残して発ったんだそうです。残りは帰ってから、っていうことで。ちゃんと戻ってこられるようにってことですね」

「へえ、なるほどな」

 エミルは微笑んで、竜の肩をぽんと叩いた。

「大丈夫、帰ってこられるよ」


 エミルの研究室をでると、ギャラリーの右の方から歩いてきた男の人が

「ドクター•ブリュートナー!」

 と嬉しそうに声をかけた。振り向いたエミルも笑顔になった。

「ドクター•アハトフ!」

 二人は握手をした。

「こうして直にお会いするのは初めてですね」

「そういえばそうですね」

「今日お会いできるとは思っていませんでした。明日まで休暇中では?」

「ええ、ちょっと用があって…」

 エミルが竜を振り返る。

「ドクター•アハトフ、こちらは早川竜君です。竜、こちらはドクター•ジャン•アハトフ」

 四十代半ばくらいに見えるドクター•アハトフは、綺麗な灰緑色の目を細めて微笑むと、竜と握手をした。

「はじめまして、早川竜君」

「はじめまして、ドクター•アハトフ」

「君は…もしかして日本から?」

「はい」

「そう…」

 ドクター•アハトフは、額にかかる濃い金色の髪をちょっとかき上げて、懐かしそうに竜を見つめた。

「子供の頃の僕の親友が、やっぱり日本の男の子だったんですよ。もう随分長いこと会っていませんが。彼にぜひ連絡を取りたいと思っているんです」

「それは楽しみですね」

 エミルとドクター•アハトフの間で、意味ありげな笑みが交わされた。


 「今度ドクター•アハトフと始める共同研究はね、向こうの世界にメッセージを送ることなんだ」

 ドクター•アハトフと別れたあと、リフトで一階に下りながらエミルが言った。

「メッセージって…あのいつも使ってるメッセージボールですか?」

「いや、あれだと相手が魔法の使い手じゃないと受け取れないからね。少し違うものになると思う」

「でも…」

 竜はちょっと考えて言った。

「相手がそれを受け取れたかどうか、どうやって知るんですか?」

 エミルは片目をつぶった。

「それをこれから考えていくわけだ。ドクター•アハトフは、世界と世界の間の空間と、そこを物体が移動することについて主に魔法化学の方面から研究している人なんだけど、僕が『表の』研究でやっていることとは随分分野が違うから、これまで実際に会って話したこともなかったんだよ。一緒に研究ができるのは楽しみだけど、」

 エミルはちょっとため息をついて声を低めた。

「『裏』の研究と同じ分野だから…。うっかりそのことを口走ったりしないように気をつけないといけない。それを考えるとちょっと緊張するね」

「なるほど」

 リフトから降りて歩き出しながら、竜もひそひそ声で言った。

「それ、やっぱりまずいんですか?向こうの世界との行き来についての研究をしてるって他の人に知られたら」

「そりゃあね。禁止されてるわけだから」

「罰されるんですか?」

「研究してるっていうだけだったら、学会追放、免職、学位剥奪、くらいで済むだろうけど、実際に世界間の移動をしてるとか他の人にさせてるなんてことがバレたら…まあ刑罰だろうね」

 竜は目を丸くした。

「研究してるっていうだけでも学位剥奪なんてことになるんですか?自分のお金で、自分の自由時間に何をやろうと個人の自由じゃないですか」

 エミルは微笑した。

「公で決められている規則に反するわけだから、そこは仕方ない。まあ、研究者同士、気持ちはわかるってことで見て見ぬふりをしてくれる場合が多いとマーカスが言っていたことがあるけど、もう時代が違うし、気をつけるに越したことはないな」

「人間の移動はだめでも、物体ならいいんですね」

「そう。でもそんな研究をしてる人は少ないけどね。ドクター•アハトフは、さっきも言ってたけど、向こうの世界にどうしても連絡を取りたい人がいて、それでずっとそういう研究をしているって聞いていた。まだ詳しい話は聞いてないけど、なるほど、子供時代の親友か…」

 エミルが目を細めた。竜も微笑んだ。

「似たようなシチュエイションですね。しかもその子も日本人だなんて」

「まったくな。ますます口が滑りそうだな。気をつけないと」

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