第95話 邪悪な治療
一人の男が、布にくるまれた大きなものを肩に担いで、廊下を歩いていく。
男は突き当りの扉の前で立ち止まると、もう片方の手で乱暴に扉を押し開けた。
「……ドクター・ミゲル。彼の容体はどうです。」
部屋の中央には治療台があり、負傷した男性が一人、寝かされていた。
その傍らには白衣の男性が一人立っており、開いた扉には目もくれず、せわしなく何かの器具を準備していた。
「あのねぇ……ロキちゃん、どうもこうも無いわよ。」
白衣の男――ミゲルは手を動かしながら、顔だけロキの方へ向けた。
「左腕が根元から持っていかれちゃってるのよ? これじゃ、手術に耐えられるわけないじゃないの。半殺しでいいって、いつも言ってるじゃない。」
「その点は申し訳ない。彼が、思ったよりも健闘しましてね。割って入る隙が無かったのです。」
淡々としたロキの言葉に、ミゲルは手を止め、大きく溜息をついた。
「で、この子の腕は拾ってきてくれたんでしょうね。」
「それが、どうもキマイラが飲み込んでしまったようで。現場には既に無く……」
「ええ?! ちょっと、じゃあ流石に無理よお。埋め込みはあきらめて――」
「ですので。」
ミゲルの言葉を遮り、ロキは肩に担いでいた物を机の上に落とした。
どちゃ、と耳障りな音が鳴り、布の間から赤黒い液体が飛び散る。
「代わりに、これを。」
ええ……と軽く引きつつ、ミゲルは机に歩み寄ると、及び腰で布をめくった。
そして目を見開いて、ロキの方へと向き直った。
「……本気なの?」
「もちろん。これに『埋め込み』を行えば、一石二鳥でしょう。」
「紳士な顔してアナタ、とんでもないこと言うわねぇ。肉体的な負荷も、精神的な負荷も、相当なものよお?」
「不可能、と?」
ミゲルは最初呆れた顔をしていたが、その表情はすぐに好奇心に歪んでいった。
ぐい、と開いた白衣の内側から、様々な大きさ、様々な形のメスが顔を覗かせる。
「いいえ? いいえ! とんでもないわ。面白そうじゃなぁい。ねえ!?」
いくつもの器具を手に持ち、薄暗い部屋の天井に映し出されたその影は、まるで悪魔のようにも見えた。
そして、嬉々としてその器具を患者の体に突き立てようとするその手を、ロキが掴んでとめた。
「それと。」
「……なによぉ、いいところなのに。」
「今回、記憶の処理は行わなくて結構です。」
それまでの態度が一変し、ミゲルは怪訝な顔をした。
「ええ? この子、一応ギルド関係者でしょ。大丈夫なの?」
「これほどの大怪我。生存するには、極めて強い感情が必要でしょう。その可能性を上げたい。……それに、彼にはギルドに対する忠誠心などありません。問題はないでしょう。」
「……へぇ。」
ミゲルはロキに片手を掴まれたまま、ぐいと顔を近づけた。
「ずいぶんと、彼にご執心じゃない……。本当に、それだけかしら……?」
「他に、何が?」
ロキは表情一つ変えず、その疑るような目を覗き返した。
数拍おいて、ミゲルはぱっと笑顔に戻り、顔を離した。
「やあねぇ、冗談よぉ。ロキちゃんほど敬虔な信者もいないもの。成功率をチョットでも上げたい気持ち、わかるわぁ。」
「……では、後は任せます。」
「ええ、任されたわぁ。」
ロキはそのまま踵を返し、開けっ放しになっていた扉の外側まで歩いていった。
そして最後に、顔をわずかに室内に向けた。
「……生き延びろ、アドノス。それしか、お前に道はない。」
そう小さく呟くと、乱暴に扉を閉めた。
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