第93話 雨中の災い⑤

 私と、エトと、マイア。

 今このパーティーに足りていないのは、瞬間攻撃力――攻撃の『重さ』だ。

 理由は単純にスゥがいないからだけど、実は仮にいたとしても、高所への攻撃は難しい。


 もっとも、空中にいて、遠距離攻撃が効かない相手なんて、対応できるパーティーの方が稀だと思うし……ロルフにも、そんな時は逃げるようにと口酸っぱく言われている。


 でも、逃げられない時だって、あるかもしれないから。

 そんな時のために、考えてはいた。


 スゥの攻撃が届かない場所に、最大火力をぶつける――少しだけ、無茶な方法を。


「……わかった。それまで、時間を稼げばいいんだね。」


 作戦を聞いたエトは、緊張した面持ちでこくりと頷くと、周囲を素早く移動し、敵の視線を攪乱し始めた。

 それでいて、時折跳んでくる糸の玉を、一つ残らず叩き落していく。


 リーシャは深呼吸して、杖を真正面に構えた。


「――マイア、お願い。」


 その背から覆いかぶさるようにして、左腕に左手を、右腕に右手を、マイアが重ねる。


「行きますよ。リーシャ。」

「……っ」


 触れたマイアの手から、魔力が流れ込んでくる。

 魔力転移マナムーヴ……一部の治癒術師が使える、魔力を他者に分け与える術だ。


 本来は低魔力症の応急処置に使うものらしいけど、この方法を使えば、一時的に自分の魔力量を超えた魔法を撃つことができる。


「やっぱ、結構、キツイわね……っ」

「我慢……してください。この状況だと、調整が、難しいので……!」


 とはいえ、魔力は流せば使えるという単純なものじゃない。

 自分が使おうと思っている魔力量より、多くても少なくてもダメなのだ。


 量が合わない分は、感覚としては筋肉痛に近いような、体への負荷として現れる。

 高出力の負荷なんて自分の魔力でも辛いわけで、他人の魔力が混ざっていればなおさらだ。


 でも、今は泣き言なんて言ってられない。


 あの蜘蛛を、倒すために。

 シスターを――助けるために。


「マイア! 加減は無し、全力でお願い!」

「……はいっ!」


 体の痛みと引き換えに、凄まじい量の魔力が、体中を駆け巡る。

 それに呼応するように、杖の先端が、青白く発光し始める。


 その異常に気付いたのか、大蜘蛛のいくつも目が付いた顔が、ぐりんとこちらを向いた。


「っ、リーシャちゃん!」


 エトが声で警告する。


 そう、怖いわよね。

 さっきのシスターの魔法を見てるんだもの。


 だから、こっちに向くのは……予想通り!


「エト……っ、来て!!」

「――うんっ!」


 エトは素早くリーシャの前に着地すると、剣を突きの構えにして、腰を深く落とした。

 魔物はそれを追うように、足場の糸を渡り、一直線にこちらに向かってくる。


 私とマイア、エト、そして魔物。それが、一直線上に並んだタイミング。

 これを、待っていた。


「吹き放て―― 『ウィンドブラスト』!!」


 リーシャがそう叫ぶと、杖の先端の光は霧のように弾け、杖を中心に渦巻く竜巻となって、エトを宙に巻き上げた。


「せやああああ――っ!!」


 剣を構えたエトの体は、その風に吹き飛ばされる形で、大蜘蛛の体に衝突した。

 ギイイイイ、と悲鳴めいた音が響く。


 ――が、その切っ先はまだ、辛うじて表面の硬い殻に受け止められていた。

 足場の糸がたわんで、いくらかの衝撃を逃がしてしまっているのだ。


「……っ、リーシャちゃんッ!!」

「わかってるッ!!」 


 握っている腕に、その先の杖に、更なる魔力を込める。

 風が更に荒々しく勢いを増す。竜巻の一部がエトの頬をかすり、血が滲むも、エトは突きの姿勢を崩さない。


「く……、うあああああっ!!」


 体中の、全ての魔力を杖に注ぎ込む。

 至る所が軋むように痛むが、構いはしない。


 ――守る。絶対に――!!


 パキン、と軽い破裂音と共に、エトの大剣の先端が、蜘蛛の甲殻に突き刺さった。



 見ている? シスター。


 あなたみたいに、凄い魔法は使えない。

 あなたみたいに、凄い魔力は出せない。


 でも――

 凄い仲間なら、いるんだから。


「エト……やっちゃえ……っ」


 力を使い果たし、マイアに支えられながら、リーシャは呟くようにそういった。

 周囲の風がほどけるように消える中、エトは叫んだ。


「『ライトニング』――ッッ!!」


 煌めく雷光が、巨大な魔物を内側から貫いた。

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